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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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7/22

7.語りかける明日。





「ハァハァ! ……で、で、出た! 出たの! 出たのよっ?!」

「で、出たっ? な、何? 幽霊か何かの話? ま、まぁ、少し落ち着けよ」

「凄く汗かいてるよ、結奈ユナ? ……大丈夫?」

「……話。聞かせてくれないか」


 赤いレンガの様なタイルが敷き詰められた市民会館前の広場。

 夕日が、ほとんど沈みかけていて。辺りは暗く、皆の姿が外灯の明かりに照らされている。


 自転車に跨がったままの私は、息を切らせながら、ペットボトル片手に。お婆ちゃんが、まだ生きていて……家に居たことを話そうとしていた。

 夜風が私と皆との間に吹き抜ける。

 さっき、ペットボトルの清涼飲料水を私にくれたきょうくんが、驚いた顔をしている。りんが、心配そうな顔をして私を見つめた。むすぶって子は、相変わらず……落ち着いた表情をしていて。その子の前髪が風に揺れている。


「じ、実は、お婆ちゃんが、お婆ちゃんが……」

「……倒れたのか?」

「救急搬送? 入院?」


 そこから先を言おうとして……。ゴクリと唾を飲み込んだ。

 けれど、響くんも鈴も信じてくれない気がした。結って子、以外は──。


「……生きていた?」


 ──その時。

 結って子から、意外な返事が返って来た。

 ほとんど沈みかけの夕日を見ていた結って子が、静かに私に目を向けた。

 ……道路の信号が青から赤に変わる。車の流れが止まる。近くの駅から沢山の人たちが横断歩道を渡る。外灯に照らされたその光景を見ていると、私たちだけが止まっている様に想えた。


「……そうなのか? なら、良かったんじゃないのか? 結奈、そんなに慌てなくても……」

「な、何……。心配したよ? 結奈から、お婆ちゃんのことって、あんまり聞いたことないから……」


 響くんと鈴が、何処か動揺しながらも辻褄を合わせるような口ぶりで話す。まるで、お婆ちゃんが最初から〝生きていた〟様に。

 私は、「……うん」と、黙ったまま……何も言えずに俯くしかなかった。


「で、大丈夫なのか? 結奈のお婆さん? 病院に行かなくても?」

「家の人には、連絡した? もし、何なら、私たちが……」

「い、いや。良いよ。大丈夫だから。お婆ちゃん、元気そうだったから……」


 お婆ちゃんが〝生きている〟ことになっていて。その前提で話す響くんと鈴には、何を言っても伝わらない気がした。

 私は俯いた顔を少し上げた。結って子を見たけど、相変わらず黙っていたままだった。

 車道の信号が、赤から青に変わった。また、車の列が走り出した。横断歩道では、渡れなかった疎らな人影が、静かに信号が青に変わるのを待っていた。


「おっと……。そろそろか? 五分前」

「だね。合唱サークルの練習。始まっちゃうね?」


 外灯に照らされた市民会館前の広場。

 響くんに鈴が駆け寄って歩き出す。……話を聞いて欲しかった。信じる信じないは別として。

 黙ったまま俯いた私の隣に、結って子が並んだ。


「……大丈夫?」

「え? いや……。うん」


 私は結って子に曖昧な返事をして。響くんと鈴の並んで歩く後ろ姿を見ていた。これから、合唱サークルの練習だなんて。……歌える心境じゃなかった。このまま、帰りたかった。今日は、練習中止なら良いのにって想った。









「え? 練習中止っ?!」

「よ、曜日、間違えたの?」


 市民会館の中にある文化教室。いつも合唱サークルが活動しているその部屋では、別の人たちがお稽古事をする為に貸し切っていた。


 慌てた響くんが、入り口の受付のお姉さんと何かを話している。隣に居る鈴が、響くんと顔を見合わせて驚いていた。


「……まさか、今日が練習日じゃなかったなんてな」

「まぁ、仕方ないよ。他の人たちも来て無いみたいだしさ?」

「……そうだな。気合い入れて来たのにな」


 俯いた響くんの背中を、ポンポン……と叩く鈴。鈴の茶色いお下げ髪が揺れる。

 窓の外は、すっかり夜になって真っ暗に。けれども、玄関ホールは蛍光灯の明かりが眩しくて広々としていた。

 空調が効いていて涼しく──。剣道をしている人たちの掛け声や、竹刀のぶつかり合う激しい音が聞こえた。

 竹刀の激しい音が鳴り止んだ後──。ほんの少しの静寂。

 少し間を空けてから、私の隣に居た結って子が、口を開いた。


「……帰る?」

「うん。……そうだね」


 けれど──。帰りたくなかった。不安だった。皆と一緒に居たかった。俯いていた私の視界に、頼りない自分の足と長い前髪が揺れて見えた。

 せめて、結って子には、私の話を聞いて欲しかったけれど。

 

 響くんや鈴は、やっぱり、この世界の住人で。私とは温度差みたいなのを感じた。

 そのせいか……。結って子には傍に居て欲しかった。感情抜きにして。……怖かったから。この世界のことが。

 

 受付のお姉さんと話し終えた響くんと鈴が、私と結って子に話し掛けた。

 

「結、結奈! 練習日、間違えてたみたいでさ? 今日は無いって」

「……おかしいよね? 確か、こないだは、あるってことになってた気がするんだけど?」


 響くんも鈴も腕組みしたまま。お互いを見つめ合って。不思議そうな顔をして首を捻っている……。


(──〝魔法〟……?)


 不意に頭に浮かんで出て来た言葉に、ハッとした。いや。まさか。私が、練習中止を願ったせい? そんなはずが……。

 私より背の高い結って子の顔を見上げる。

 私の視線に気づいた結って子が、何かを見透かした様にポツリと呟いた。


「……何処か、行く?」

「え?」


 期待していた言葉だったのかも知れない。このまま、家に帰っても不安だったから。また、家に帰っても、思いがけないことになっていたら……って想ってたから。

 そう想っていると。スタスタと響くんと鈴に歩み寄った結って子が、何かを二人に話始めた。


「響。何処かで話……しないか?」

「おぉっ……。結。まぁ、このまま帰るのも何だし。ファミレスか公園?」

「何々? 話って? まぁ、夏だしさ。公園で良くない? 懐事情が厳しくってさ」

「なら、高架下近くの公園だな。晩飯まだだけど」

「まぁ、そんなに遅くならないでしょ。行こっ!」


 高架下の公園──。近くには地方ローカル線の小さな駅があって。その下にはコンビニがあった。

 皆でコンビニに寄って、パンとかアイス……それに飲み物を買って。その少し離れた場所にある公園に着いた。

 寂しげな外灯が、フェンス越しに。ブランコや砂場……滑り台を照らしていた。









「もし。……死んだ人が生き返っていたとしたら。どう想う?」

「えっ?! な、何だよ。結、藪から棒に……」

「ど、どうかしちゃったの? 結くん。アイス、落としそうになったじゃん?!」

「……」


 鈴と私は。公園の赤いブランコに腰掛けて、隣り合って座っていた。

 響くんは、砂場に足先をつけて滑り台に座っていた。

 結って子が、立ったまま……皆の真ん中で。私が話したかったことを代弁する様に話始めた。

 ……公園に静かに外灯が灯る。


「……そうじゃなくても。皆は知らない真実を、自分だけが知っている……とか?」

「何の話だよ? 結。昨日のドラマ? タイムリープものの?」

「推理サスペンスとか? 主人公ヒロインが記憶喪失に陥るって奴?」


 やっぱりだ。結って子が響くんと鈴に話しても伝わらない。けど、〝自分だけが〟って部分を私──つまり、〝結奈だけが〟って置き換えないと、伝わらない。でも、今は、いきなりそう言い換えても無理。多分、伝わらない。

 けれど。……ちょっと惜しいかなって想う。記憶喪失って言葉を口にした鈴に。


 ジジジ……と。小さな虫たちが外灯の明かりに引き寄せられる様にして集まる。

 私たち四人以外には誰も居ない公園。時折、電車の音が高架下のこの静かな公園にゴォッ……と、音を立てて鳴り響く。結って子の話す言葉が聞こえなくなる。


「んー。まぁ、結の話。真剣に聞くなら、ある日突然、自分が死んでいるって事に気がついて……」

「んー。なんかそう言う映画。あったよね? 生きてたと想っていた人が、実は……みたいな?」


 ……当たらずといえども遠からず。

 鈴と響くんの推測は、的を得てはいないけれど、逆……。

 感覚的には似ているけれど。けど──。

 まさか、私が〝生きてはいない〟……ってことは無いはず。皆とも、今ここで会話出来てるし。


 堰を切った様にして、響くんが滑り台から立ち上がった。

 ポケットに手を突っ込んで、しばらく砂場の中を歩いていた。何度も往復する。半袖のカッターシャツにぶら下がるお洒落なネクタイが、響くんが俯いて歩く度に揺れる。

 それから、私の隣に座っていた鈴がブランコから立ち上がって、私の方に振り向いた。鈴のお下げ髪とスカートが、夜風と一緒に靡いていた。


「つまり。何か、今の結奈と関係があるってこと?」

「え?」


 勘の良い鈴が、クイッと眼鏡の真ん中を押しながら、「ふふ……」と、笑みを浮かべていた。

 外灯の明かりにキラリと眼鏡のフレームを光らせた鈴の姿に。私は、「あ……」──と、一瞬。声を上げそうになった。鈴には、早く核心を突いて欲しかった。


「だって。結奈。朝から様子。変だったじゃない?」

「え……。まぁ。そうだったかな」

「そ、そうなのかっ?! 結奈は、記憶喪失に陥っているのか?!」


 鈴の言葉から遅れて。響くんが、ようやく私の核心の半分に触れた。

 鈴の直感ほどの冴えはないけれど、響くんには想像を飛び越える力があるな……って想えた。

 そう……想っていたのに──。


 響くんが突然、ブランコに座っていた私に急に詰め寄った。

 「えっ?!」……ってなった私は、座っていたブランコから落ちそうになった。


「ど、どうしたの……? ち、近いよ。響くん……」

「す、すまん。……結奈。驚き過ぎたのと、心配し過ぎて……」

「もう……。部長。結奈に近づき過ぎだよ?」


 ガタッと落ちそうになったブランコから私は立ち上がる。済まなさそうにした、響くんが……。少し頭を下げて、私へと謝った。お洒落な首もとのネクタイがぶら下がる。……微妙に気まずい。鈴が、ちょっと怒っている様にも見えた。なんか、響くんじゃなくて、私に……。


「結奈。今日は、この辺で良いか? ……皆には、いきなり話しても」


 静かに様子を見守っていた結って子が、また──。ポケットに手を突っ込んだまま、私へと話掛けた。

 今度は逆に──。鈴が、結って子に詰め寄った。


「……今日はって、どう言うこと? 私や響くんには、分からないってこと?!」


 何だか──。話を聞いては欲しかったけれど。核心に触れる度に、皆との仲が拗れる……。そんな気がした。

 結って子が、溜め息を吐いた。詰め寄った鈴に驚きを隠せない響くんが、立ち止まって居た。

 本当に。……どうしてだろう。私の核心に触れる度、皆の心が揺れ動く。まるで、それは──。お互いの心の隙間や距離を生む様な。


 また、高架下の公園に、私たちの頭の上を通過した電車の音が鳴り響いた。


 音が遮られて──。結って子が、鈴に何かを言ったけれど。……聞こえなかった。全部が聴き取れなかった。

 その後……。

 鈴は、結って子に背を向けて俯いた。何処か信じられない気持ちが、鈴の握り締めた拳に見て取れた。何を話したんだろう。……結、くんは。

 私は、この時。もう良いかなって想って。この子のことを〝むすぶくん〟って呼ぶことにした。


 その時だった──。

 そんな私の気持ちとは別に。

 響くんが私へと、もう一度頭を下げていた姿が目に飛び込んだ。何が起きたのか分からなかった。

 これには、振り向いた鈴も結くんも驚いて──。何度目かの電車の轟音が鳴り響く中。外灯に灯された四人だけの公園が、時を止めた様に……誰もが動けなかった。

 通過した電車の後。外灯の光に集まる虫たちが、ジジジ……と音を立てた。


「すまん。結奈。何かあるのなら俺に……話してくれないか? いや。部長としてだ。ほら、『ルネッサンス』の原画展。昔、好きだったろ? 何かを結奈が想い出せるんじゃないかって。それに、有名なソプラノ歌手のコンサート。あるんだけど……。鈴、結も明日一緒にどうだ?」


 そう、響くんが私に言った後。鈴は向こうを向いて黙ってしまった。何か、鈴に悪い気がした。別に、私は行きたい訳じゃなかったけれど。『ルネッサンス』の絵画に興味があったのは確かだった。

 それから──。

 結くんも少し黙ってから、「俺は良いよ……」って答えた。

 私は何故か。響くんと、ルネッサンスの原画展と、ソプラノ歌手のコンサートと。行くことになってしまった。

 しかも、明日。……急だなって想った。

 鈴への罪悪感が止まらなかった。

 

 


 



 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、ギスギスですな。 鈴ちゃんは響くんのことを…ですかね。 これも青春かな…m(_ _)m
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