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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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6.迷い人。






〝おはようございます!〟


 瑞穂みずほ先生が、私たちが居る多目的ホールに姿を現した瞬間──。

 皆の声が響き渡った。

 私は呆気に取られていて。まだ声が出なかった。


「あら。どうかしたのかしら。森本さん? 幽霊にでも会った様な顔をして」

「え? え、いえ……。おはようございます。瑞穂先生」

「朝から良い声ね。森本さん。グッド! けど、貴方こそ幽霊みたいよ? 心ここにあらずかしら?」


 赤のハイヒールに煌びやかな服装。別人みたいだ。細い金縁の眼鏡と優しい眼差しは、前と変わらないけど。お数珠の様なネックレスにブレスレット、指環も沢山……。こんなに派手な先生だったかな。瑞穂先生って。それに、細身スリムだったのが……丸々と太って。


 換気扇が音を立てて回る。その真下の壁にある空調エアコンのパネルに、瑞穂先生が触れた。天井に設置されたエアコンから風が吹き出して、一瞬。暑さを感じていた肌に、ヒンヤリとした冷たさを感じた。

 先生が鞄を足もとに置く。

 先生は背もたれのあるピアノの椅子に「よいしょ……」と、重そうに腰掛けた。皆が、それとなく集まって先生とピアノを囲む。私は遅れて後から皆と並んだ。


「部長さん? ミーティングは?」

「はい。えっ……と。今日は課題曲と自由曲。それぞれ通しで歌ってみて、足りない部分を重点的にやって行こうと思います。皆、四人だけど、他校の人数に負けない様にっ!」


 四人? どうやら、私たちコーラス部は。たった四人だけみたいだった。

 私の隣に並んでいたりんが、クスクスと笑いをこらえている。


きょうくんて。人数のこと、絶対張り切っていつも言うよね?」


 鈴が隣に居る私に聞こえるくらいの小声で。ボソッと呟いた。

 いや。今の私にとっては、かなりのプレッシャーだった。歌なんて歌ってないのに。声なんて出るのかな──って。

 よく分からない内に学校に来ることになって。吹奏楽部の練習のはずが、合唱コーラスの練習になって。顧問の瑞穂先生は、太っているけど生きてるし。何がなんだか……。一体、どうなって。


 すると──。瑞穂先生が、ピアノの椅子からスッ……と立ち上がって。私を見つめながら話始めた。


「……そうねぇ。今日は、何だか森本さんが気になるわ? ソプラノのパート。重点的に練習しましょう」


 ──愕然とした。私の制服の内側で、冷や汗が零れ落ちる。嘘……。泣きたくなった。それとなく皆の歌声に紛れていれば、誤魔化せるかと思っていたのに。

 私は、固まったまま下を向いて俯いた。多目的ホールの床が、天井の照明を反射している。ドキドキとした鼓動が私の身体を揺らす。立っているだけで精一杯。

 震える指先をキュッと片方の手で握りしめた。手も指も冷たかった。


 けれど、鈴とは違う方向から……その時。誰かの声が、心にストンと落ちる様に、耳もとに響いた。


「大丈夫。結奈ユナなら歌えるから」

「え?」


 声の方向。振り向いた。私の隣──。

 そこには、真っ直ぐにピアノを見つめるむすぶって子が居るだけだった。半袖の白のカッターシャツが、空調エアコンの風に揺れている。前髪も。

 結って子が、ぎゅっと拳を握り締めて立って居た。









「では。いつもの発声練習から始めましょうか? さぁ、皆さん。想いを歌声に響かせて! それと。森本さんは、輪唱ね。皆が発声してから追い掛ける様に歌ってちょうだい」


 私一人だけの輪唱。不安になる。音を外したら、どうしよう……。声が出せなかったら。

 瑞穂先生が──パン!と手を叩いてから、ピアノの旋律を軽やかに奏でる。響くんとは違った落ち着きのある深い音色。吹奏楽部の時の練習を想い出す。……私は自分の声が出せるのかな。けど。

 それよりも。何だか、顧問の瑞穂先生が今ここに居て。再びピアノを奏でているその姿に。私は少し嬉しくなって。

 ほんの少し。泣きそうになる。

 涙が出る前に、私は瞼を抑えた。ピアノの音と皆の発声練習の歌声が、多目的ホールいっぱいに響いた。


(──大丈夫。歌える……)


 そう想った時。手から力が抜けて。私の身体が一本の筒の様になった。

 立っては居たけれど。私は自分の身体が、いつも吹いている楽器フルートになった様な感じがした。

 

 ……ピアノの旋律と皆の歌声が響き渡った後。


 私の身体の中心が震える様にして──声が、まるで夏空の雲の彼方を超える様に出るのを感じた。


(出た──)

 

 ──私の声。

 それが、鳥の翼を持つ天使の様な……。そんな眩しい光が身体から出ている。嘘みたいな幻想的な、その瞬間。

 先生と皆の視線が降り注ぐ。私の方に集まる。それから──。

 まるで、初めから〝そうなっていた〟様に。歌声が、天使の輪を描いた様に響き渡る。この空間と、私の声……。驚いた。


 発声練習が終わる。ピアノの音と皆と私の歌声が、余韻を残して静かに。響き終えてから消えた。

 少し、息が切れた。嘘みたいなほど声が出た。


「グレート! 素晴らしいわっ! 森本さん! それに、皆もっ!! いつにも増して。どうしちゃったのかしら? 私の杞憂だったかしら?」

「わ! やっぱ、心配ないじゃん! 鈴、結奈に妬けちゃうっ!」

「え、えぇっ?」

「流石はウチのエースだな? 本番も頼りにしてるからな! 結奈っ!」

「う、うん……」

「想えば出る。そう言う場所なんだ。ここは……」

「え?」


 皆が皆を。それに私も。立ち上がって、拍手して。お互いを讃え合う。どう言うこと……なのかな。

 まだ、発声練習が始まったばかりなのに。先生でさえ、興奮気味で。何だか、凄い熱気を感じた。それは、まるで……空高く上昇し続ける熱気球の様で。何処か、不安になる。それに──。

 ……結って子の言葉。ずっと、引っ掛かって仕方がなかった。神社でも学校でもそうだったけど……。何か、しきりに言っている様な気がする。それは、まるで、私に何かを気づかせる様に。


 ──何だか。何もかもが、上手く行き過ぎて。おかしな感じがした。いつか上昇し過ぎた熱気球はしぼんで……落下するんじゃないかって。不安になった。まるで、それは……夢でも見ている様な気がした。フワフワと、足もとが落ち着かなかった。









「ただいま──」


 いつもの家の玄関に響く私の声。靴を脱ぐ。スクールバッグが、ドサッと音を立てて床に落ちる。

 玄関の置き時計が、ピッタリ十三時ちょうどに針を合わせている。秒針がコチコチと音を鳴らす。


(──誰も居ない……)


 けど、いつもと同じ静かな夏の昼下がり。お父さんは仕事だし、お母さんはパート。私は、誰も居ないいつもの自分の家に居ることに安心した。

 合唱コーラスの練習は、お昼十二時までで。瑞穂先生の用事に合わせて解散になった。けど、慣れない練習や色んなことが重なり過ぎて。私は、もう朝からクタクタだった。


「シャワー浴びよ……」


 夏の暑さのせいで、制服の内側は汗でベトベト。喉はカラカラ。けど、想えば〝出る〟って、私は怖くて。スクールバッグを開けたくなかった。また、買ってもいないペットボトルや紙パックのイチゴオレが出て来たら、どうしようって想うから。


「魔法って。怖いよね……」


 私は、自分の身に起きたよく分からないことを〝魔法〟って、呼ぶことにした。制服を脱いでから、そんなことを考えながらスカートのホックを外す。洗面台の鏡をマジマジと見つめる。頼りない、いつもの私の顔が映る。


「髪、切ろっかな」


 長くなった自分の髪を触っていると、少し勿体ない気がして来た。暑いけど……今じゃない様な。そんな感じ。

 流石に水は冷たいだろうから、少し給湯パネルのボタンを押して。温度を下げた。

 浴室に入って蛇口を捻ると、勢い良くシャワーの水が飛び出た。外が暑いせいか、水のままでも良い気がした。


「あー。色んなことがあったな。疲れたよ……」


 私はシャワーを自分の身体に当てて。午前中に起きた出来事を、何となく振り返っていた。

 響くんに、鈴。それに、結って子は──昼からも遊ぶみたいなことを言っていた。元気だな……。アルバイトは休みだからって。それから、三人は地元の合唱サークルにも所属してて。何故か、私まで一緒にサークル活動をしていることになっていた。


「参ったよね。……眠りたい」


 私はヘトヘトになっていて。今日は、そのサークルには行かないって断った。

 ……石鹸の泡が、私の身体を伝って流れ落ちる。

 地元の合唱サークルは、夜の十九時から二十一時までの二時間だけだって、響くんが言ってたけど。

 バスタオルを取って、身体を拭く。少しゴワつきがあったけれど、いつもの家の匂いが染みついている。私は自分の身体を拭きながら少し匂いを嗅いで安心した。









 ティーシャツに部屋着ルームウェア。近くのコンビニくらいなら、外にも出られる格好。私は、部屋の冷房を一番低い温度に設定して。抱き枕を抱きしめながら、ベッドに沈み込む様に眠っていた。


「ん。んー。今、何時なの……?」


 ゴロンと寝返りを打って、枕元に置いてあるデジタル時計を手にした。


「十八時ちょうど。ふわぁ……。四時間近く寝てたんだ」


 部屋の冷房はよく効いていて。私は、タオルケットをしっかりかぶって寝ていたみたいで。抱き枕は、いつの間にかベッドから床に落ちて転がっていた。


「お昼ご飯食べたけど。お腹空いたな……。お母さん、そろそろ帰って来るかな」


 私は、裸足にスリッパを履いて。鏡台の前に座って髪を解かした。十八時だったけど、外はまだ明るくて。カーテン越しに光が射し込む。

 けど。ん? 髪を解かす必要なんて無い。合唱サークルに行くのは断ったし。


「……何だか、不思議だったな。瑞穂先生、元気だったし。知らない〝むすぶ〟って子が居るし。おかしいな……。まるで、違う世界に来たみたい」

 

 けど──。別に困る様なことは特に無かった。いや、〝魔法〟とかって急に可笑しなことになるのは困るけど。

 鏡台は、三面鏡になっていて。私が鏡を覗き込むと、何処までも鏡に映された私の顔が続く。

 合わせ鏡──。それは、幾つもの存在する世界。けれども、その鏡の向こう側には入れなくて。

 私が、目元の黒子ホクロを気にしていると。閉め切った部屋の扉から、コンコンと叩く音が聞こえた。


「お母さんかな? ……はーい。開けて良いよ」


 カーテン越しの外の陽射しが落ちて。少し暗くなった私の部屋。引き戸の扉が開く音が、ガラガラと響く。それから──。

 突然、響いたその声に。違和感を覚えてゾクリとした。聞き覚えはあったけど……その、あり得ない声に私は驚いた。


「結奈? お夕飯の支度。出来たわよ?」

「お、お……。お婆ちゃん?!」


 開けられた扉と暗い廊下に浮かぶ、その姿──。心臓が止まりそうだった。いや、確かに私の目の前に……居る。


「あら? どうしたの、結奈? 幽霊にでも会った顔をして」

「あ、あ……。いや、あの。お盆? ……じゃないよね?」

「何? 何かの冗談? 最近、暑いからねぇ。大丈夫? 結奈は熱中症なのかしら? 立てる?」


 私は、生まれて初めて腰を抜かした。まだ、高校生なのに。部屋の床に、へたり込んだまま生きてるお婆ちゃんを見つめたまま……私は動けなかった。

 心配そうに見つめるお婆ちゃんの顔は──何処か懐かしくて。けど、怖かった。瑞穂先生の時は皆が居たから、どうにか耐えられたけど。これは、もう……。


 お婆ちゃんの手が、私の手に触れた。お婆ちゃんの手の温もりを感じた。あんまり、触ってもらった記憶とか無いけれど。確かに。……生きているんだって想った。お婆ちゃんが。


「お夕飯。冷めちゃうわよ? それとも、病院? 熱。大丈夫かしら?」


 お婆ちゃんが、そう言ってから、私の額に手で触れた。やっぱり、温かい。けれども、私は、まだ事態が呑み込めなくて。ガタガタと震えていた。


「お父さんも、お母さんも。まだ、帰って来てないしねぇ。どうしようかしら?」

「わわわ、い、良いよ。だ、大丈夫だよ。熱、無いし。た、立てるから。あ! 合唱サークル! い、行かなきゃっ!」

「そう? 休んだ方が良くない?」

「あ、お、お婆ちゃん! 先に食べといてよ! 私、帰ってから食べるから!」

「寂しいわねぇ……。結奈が元気なら良いけど。夜遅いから、自転車。気をつけるのよ?」

「……は、はーいっ!」


 私は、脇目も振らずにお婆ちゃんの横を通り過ぎ。勢い良く階段を駆け下りた。何も持たずにサンダル履きのまま自転車に跨がった。……お婆ちゃんは、生きていた。


「ハァ、ハァ! 行かなきゃっ! 合唱サークルっ!! 響くんに、鈴に、〝結〟って子に! 会いに行かなきゃっ!!」


 それでも──。私は、怖くなって。仮にお婆ちゃんが本当に生きていたとして。

 自分の身に起きた朝からの不思議な出来事もあって。

 私は、息を切らせながら、猛スピードで自転車のペダルを漕いだ。

 だんだんと暗くなって行く夜道に外灯が灯る。風を切る様に走らせた自転車からは、昼間とは打って変わって涼しい夜風が服の中まで吹き込んだ。けれども、身体は熱い。汗が吹き出る。本当に暑い。


「どうなって! どうなっているのっ?! 〝魔法〟とか! 〝生き返る〟とかっ!! 分かんないっ!!」


 人目は気にならなかった。それより、時々、自転車のペダルを踏むサンダルが脱げそうになる。……危ない。そう想いながらも、あっという間に。合唱サークルの集合場所の……市民会館が見えて来た。

 響くんと、鈴と。結って子も居た。皆、昼間の制服とは違う。それなりに、お洒落な格好に着替えていた。


「鈴! 響くん! 結……くん!!」


 私の声がかすれる。昼間みたいには、上手く声に出せなかった。

 皆が、市民会館の前の外灯の下に集まっていて。慌てて急いで自転車のペダルを漕ぐ私の方に振り向いた。ブレーキした自転車が音を立てて、皆の前で勢い良く止まる。


「ゆ、結奈?! そんなに慌てて、どうした?!」

「す、凄くない? 結奈? どうしちゃったの? 競輪の選手みたいだよっ?!」

「何かを見た? それとも……。何かに、会った?」

「出た! 結くんの謎発言! ……けど、何それ?」

「まずは、ひと息だな? ほら、朝のペットボトルのお返し。これ、飲めよ?」

「ハァ、ハァ……。あ、ありが……とう」


 響くんが、鞄に入れてあった新品のペットボトルを私に渡した。私は、カリッと蓋を開けて。気にすることもなく、皆の前で飲み干した。皆が、呆気に取られているのが分かる。けど、そんなことは、どうでも良かった。さっきのこと。お婆ちゃんのこと。話さなきゃ……。

 皆と私との間に、夜風が吹き抜ける──。結って子の言葉が、また……気になった。



 

 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですm(_ _)m きっと、今日は続き書くだろうと信じてました(^^) それにしてもほんと、不思議な世界ですね。亡くなったはずの人が生きてるし…
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