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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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5/22

5.知らない世界。








 ──学校。正門を自転車でくぐる。校舎の壁の大きな時計の針は、九時ちょうどを指していた。いつもの教室の匂い。渡り廊下の窓から朝の光が差し込む。四階の視聴覚室は、吹奏楽部に限らず夏休み中は生徒なら誰が使用しても良いことになっている。朝だけど、何人かの生徒とすれ違う。

 私は、いつもの光景にホッとした。けど……。ただ、違うのは──。隣に歩く〝むすぶ〟って子も、この学校の生徒で。いつも、一人で登校する私は違和感を覚えた。

 

 ……廊下の先から、何処か見覚えのある誰かが近づいて来る。見慣れているはずの、いつもと変わらないはずなのに、私は戸惑いを感じた。


「おっはよー! 結奈ユナ! 今日も朝からむすぶくんと仲良いよね?」

「わわわ……。お、おはよう。りん

「どうしたの? 幽霊にでも会った顔して。え? もしかして、私の後ろに?!」

「憑いてないよ。おはよう、鈴」

「流石、結くん! その爽やかなオーラに浄化されちゃうよね! おはよ!」

「あはは……。鈴は、いつも通りだね」

「どう言うこと? 結奈は調子悪い?」

「い、いや。そう言う訳じゃ……」

「鈴。結奈は、ちょっとしたカルチャーショック受けてるだけだから……」

「んー? 謎発言? 結くんは、いつにも増して不可思議だねぇ……。私って、朝からそんなに衝撃的?」


 長い栗色の髪の毛を二つ括りにした、お下げ髪の眼鏡っ子。りんだ。住んでる家の方角が違ってて、いつも学校で出会う。同じ吹奏楽部……のはずだったんだけど。


「あ! そうそう! ソプラノのパート、練習して来た? いよいよ、練習も大詰めだよねっ!」

「え? ソプラノ? 確かに、フルートはソプラノと言えばソプラノだけど……」

「フルート? 何? 気持ちは分かるけどさ。ウチらは生粋のコーラス部じゃん? しっかりしてよ! ソプラノリーダー!!」

「えぇっ?! そ、ソプラノリーダーっ?! ……お、おかしいな」


 鈴がポンポンと、私の制服の肩を叩く。

 私は目を白黒させて、結って子の方を振り向いた。結って子が、苦笑いをしながら、前髪を掻き上げる仕草をして……私を見た。


「ハハ……。吹奏楽部は元々人数少なかったし。復帰した元顧問のお婆ちゃん先生が、コーラス部ならって……」

「そうそう! 楽器の指導は大変だからって一旦、解散したよね? で、有志募ってコーラス部立ち上げたのが結くんと、結奈だよ?」

「え? そうなの? 確か、お婆ちゃん先生って入院したっきり……」


 私は、それ以上は言えずに黙り込んだ。……そう。確か、顧問のお婆ちゃん先生の瑞穂みずほ先生は、病気で入院されて、そのまま……。その後は、今野先生が代わりに顧問をされて。

 衝撃だった。耳を疑った。私が記憶を無くしたせいなのかな。お婆ちゃん先生は、退院してから復職されて。今も生きていることになっていた。それに、私と隣に居る結って子がコーラス部を立ち上げたって。どう言うことなのかな……。

 

 鈴が眼鏡に触れてから私の顔を覗き込んだ。隣に居る結って子は黙ったまま俯いている。前髪が顔を隠していて、鼻先と閉じた口もとだけが見えた。


「もう、どうしたのよ? 朝から変だよ、結奈?」

「え、うん……。記憶喪失かな」

「まだ、目が覚めてない? 朝、早いからねー。まぁ、私も家で一人で居るより、学校に来たら誰かに会えるかなーって、来ちゃう訳だけど?」

「う、うん。……そうだね。けど、コーラス部立ち上げたのって」

「あ、あぁ。それ、結奈がきっかけで。面倒な手続きは、俺が全部引き受けたから」


 何だか、変だ。身に覚えのないことや、あり得なかった出来事が起きてる。私が知っている記憶とは、随分と違うことになっていた。

 目の前の廊下はいつも通り、真っ直ぐ伸びていて。早朝から換気のために開けられた窓からは、野球部やサッカー部の掛け声が聞こえる。夏休み中でも変わらない。それは、いつもと同じ朝の風景……のはずだった。









〝本日は夏期講習のため、文化部は地下多目的ホールを使用して下さい〟


 赤い文字。

 私と鈴。結って子と──。視聴覚室の扉の貼り紙を見て驚く。そう言えば、今日から夏期講習で。自習はもともと自分のクラスで勉強しても良かったし。吹奏楽部の練習は、視聴覚室でなくても校舎裏とかでも良かったから。特に差し支えはなかった訳だけど。


「あちゃー。ま、その方が良いよね? 三年生は受験でピリピリしてるしさ?」

「そうだね。勉強の邪魔しちゃ悪いし。地下の多目的ホールなら……」

「ちょ、ちょっと。い、今から多目的ホールで歌の練習……するの?」

「え? 当たり前じゃん? その為に結奈も来たんじゃないの?」

「い、いや。練習は、練習でも。ふ、フルートの……」

「もう、寝坊助さんだねぇ。まだ、早起きで頭ボーッとしてる? 私の美声。聞かせちゃうよ?」

「まぁまぁ。こんなところじゃ何だし。鈴も結奈も、多目的ホール……行こうか?」

「賛成っ! 早く行こっ!」

「あ、あの。私……。楽譜とか。持って無いよ……」

「え?」

「……今日は、朝早く起きて忘れたんだよね? そう言うこともあるから。楽譜なら俺のや、鈴のを見れば良いし」


 何だか、鈴が……。怪訝そうな顔って言うのかな。私の顔を覗き込んでから、眼鏡に触れた。結って子が、私と鈴の間を取り成す様にして視聴覚室の扉の前から離れた。鈴が不思議そうな顔して、まだ私のことを見てる。

 私は、立ったまま俯いて。自分の一つ括りにした背中の髪の毛を胸の前で触った。


「……どうしたの。何かあった? 話。聞こっか?」


 鈴が優しい顔をしてから、私の頭を撫でた。少し泣きそうになる。


「結くんと。何かあった?」

「い、いや。そうじゃなくって……」


 恋話って言うか。恋愛系の話は、鈴って好きだったよな……って思う。それよりも。私の置かれた現状は深刻で。それに、結って子とは、さっき会ったばかりだし。

 少し泣きそうになってたのが、鈴の言葉で喉元を過ぎる。けれど、何かを忘れていることを忘れた訳じゃない。今、鈴には聞いて欲しかったけれど話せるかどうか……気持ちが重かった。それに、こんなんじゃ、鈴の言う歌の──コーラス部の練習なんて。


「んー。ミーティング? 朝の部活前の。とりあえず、ここじゃ何だし? 多目的ホール……行こ?」

「えっ? あ、うん……」


 鈴が、私の手をギュッと握りしめて。結って子の後を追い掛けた。私もつられてニ三歩。躓きそうになった上靴が、廊下に擦れてキュッと鳴る。窓から吹き込んだ夏の風に、鈴と私の髪が勢い良く靡いた。結って子は、夏ズボンのポケットに両手を入れたまま……俯いて階段を降りようとしていた。









「おっ! 来た来た! 遅かったな!」

「流石、部長! 年長者は朝早いよねー!」

「誰が年長者だよ。良い加減にしろよ、鈴? 俺は四月生まれなだけ!」

 

 ガラガラ……と。多目的ホールの扉を結って子が開けると。潔い短髪に刈り上げた男の子が居た。見覚えのあるその子が、多目的ホールに設置されたピアノを触っている。同じ吹奏楽部だったきょうくんだ。


「響……。早いね。朝から気合い入ってる?」

「当たり前だろ、むすぶ? 夏休み明けたら、文化祭だぜ? それに、合唱コンクールの予選も始まるからな」


 華麗な指さばきで、響くんが片手でピアノを弾き鳴らす。あれ? 響くんって、ピアノ……弾けたっけ?


「あー! 私、歌う歌う! 響くん弾いて?」

「お! 鈴、気合い入ってんな! 良いよ。お婆ちゃん先生……瑞穂先生が来るまで俺が弾くよ。結奈は?」

「え? 私? いや……えっと。ミーティング! そう。ミーティング……の後で、良い……かな?」

「結は?」

「俺も……。発声練習してからで良いよ。そんな、鈴や響みたいに、いきなり歌えないから」

「なら、二人で行くか、鈴」

「うん!」


 いきなり──。まだ、多目的ホールに来たばかりなのに。私たちより早く来ていた響くんが、ピアノを素早く掻き鳴らす。これが、文化祭やコンクールで歌う課題曲なのかな。前奏を聞いている内に、夏空を想わせる様な……胸が締めつけられる様な気持ちになった。


(──こんなに弾けたんだ響くん……)


 何の躊躇いも無く、間を開けることも無く。初めから決められていた様に、響くんの指先から奏でられた音が、この部屋中に鳴り響く。ちょっと驚いたかな。私は、目を丸くして響くんを見つめて……ピアノの音に聴き入った。

 ……普段の潔い感じもあってか、何だか響くんが素敵に想えた。それに、心なしか。ピアノを弾く響くんの隣に居る鈴が、ウットリしている様に想えた。……そうだ。鈴って、響くんのこと──。


〝──夏空は何処までも遥か、翔けて行くよ。まだ知らない君の遠い海の向こう。僕らの背中には見えない翼があるんだ。あの果てしない雲の青空よりも高く遠くへ。どこまでも……どこまでも……〟


 ──音。二人の歌声。それが、この部屋の空気を渡る様にして隅々にまで響き合う。心地良いハーモニー。

 響くんは、〝テノール〟って言うより〝バス〟かな。見た目の爽やかなイメージより、低くて渋い……力強い声。私の足もとにまで響く様な。声量もあって大きい。

 鈴は〝アルト〟。可愛らしいけど、芯がしっかりとしていて。まるで、シャボン玉が部屋の中を弾む様にして響き渡る。


(二人とも──。こんなに上手いんだ……)


 呆気に取られていた私は、ただ黙って二人を見つめて居るしかなかった。

 奏でられるピアノの音と、二人の歌声に聴き入っていると。ふと、隣に誰かの気配を感じた。……結って子が、夏ズボンに手を入れたまま私の傍に並んだ。


「上手いよね。二人とも。正直……」

「私。どうしたら……。声、出ないよ」

「想えば出るんじゃない?」

「え?」

「〝そう言う風になっている〟から……」

「え? また……? それって、どう言う……」


 想えば、出る? そう言う風になっている? 神社の時からむすぶくんて、そんなことばっかり……。え? 今、むすぶくんって?

 私は心の中で呟いた自分の言葉に驚いて──。自分より背の高い結って子の顔を見上げた。結って子は、ポケットから手を出して、腕組みして鈴と響くんの歌い終わった様子を見つめていた。やがて、手を解いて結って子がパチパチと拍手を鳴らした。鈴と響くんに向けて。


「ハハ……。朝から凄いね。響、そんなに俺……」

「当然だろ? 朝起きてから家出る前には、喉と声……作ってるからな」

「やっぱ、響くんのピアノと歌声。最高だねっ!」


 歌い終わった鈴と響くんとの間に、むすぶ……くん。何か、三人の空気の中に入れない私が居た。


「あー。早速、喉渇いたな……」

「私も! 給湯室の薬罐やかんで、清涼飲料水……早速、作っちゃう? いつもの飲料水の粉。あるよ?」

「お! 良いね!」

「飛ばしすぎだよ。朝から。……鈴も響も」


 確かに……。喉は渇いてた。緊張しているのかな。三人の空気に入れないから? ……歌う自信が無いからなのかな。

 私は、俯いたまま……。まだ、スクールバッグを肩に掛けたままだった。皆は、いつも通りなのか、その辺の床に気軽に鞄が置かれていた。


「え?」


 その時──。私の鞄の中からモコモコと。何処からか湧き出た様な重みを、肩に感じた。


「嘘──」


 私は、鞄のファスナーをサッと開けた。すると……。自動販売機で良く買う、清涼飲料水の入ったペットボトルが、ちょうど四本。目に留まった。また、飲み物が神社の時みたいに出て来たことに──私は、サッと血の気が引いて固まった。


「どうした? 結奈?」

「え? い、いや。響くん。あ、あの。これ……」

「お? タイムリー過ぎないか? どうした、結奈? これ、良いの?」

「気が利くよね、結奈は! 後で、お金払うからね!」

「い、いや、良いよ……。別に……」

「やっぱり、魔法? さっきも神社で……」

「魔法なんかじゃ……ないよ」

「神社? むすぶ。もしかして、結奈と……」

「……なんでもない」


 気まずい空気……。余計に、私。拗らせちゃったかな。何だか、よく分からない。こんなはずじゃ、なかったのに。

 それでも。三人とも喉が渇いていたのかな。蓋を開けて、ペットボトルに口をつけてからは、皆が思い思いに……それぞれが静かに飲んでいた。窓の無い地下の多目的ホールは、蒸し暑くて。換気扇の音だけが響いていた。


 ──誰かの足音が響く。私も皆も、入り口の扉の方へ振り向いた。身体から吹き出る汗を制服の内側で感じた。ガラガラ……と、扉の開く音がシンとしたこの部屋に響き渡った。


「あら。皆さん、お揃いね? お早う御座います……。四人の若い男女。良いわ……。朝から青春よね。あら? 何か飲んでいるの? 先生にも頂けないかしら? 地下の多目的ホールって、暑いわねぇ……」


 お婆ちゃん先生──。……瑞穂みずほ先生だ。痩せてたのに。……とっても太っていた。貴婦人マダムって感じがした。足がついていた。幽霊じゃなかった。本当に──生きてたんだ。まばたきが止まらなかった。


 

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] ここは結奈さんにとって、現実の世界なのか異世界なのか…… 謎が深まるばかりですね。
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