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4.知らない誰かに。






「随分と大きくなったんだね。見違えた。……無理もないか」

「え? あの……。あなたは、幽霊さん? ……でしょうか?」

「何? どう言うこと? 何かの間違いじゃ……」

「いえ。何だか、そんな気がして。さっきまで誰も居なかったのに。黒い影がパチパチッて光って。突然、現れて」

「そんな訳……。ずっと、石段に座って待ってたんだけど」

「え?」


 そんなはずが無かった。確かに、さっきまで誰も居なかった。

 

 森に囲まれた神社の……境内の真上だけ、ポッカリと穴が開いた様に青空が見える。夏の風が、制服の内側にまで吹き込んだ。私の身体に汗が伝う。

 目の前に居る男の子は、何処からどう見ても高校生だった。白いカッターシャツのボタンが外され、暑さのせいで、かなり汗を掻いている。そんな風に想えた。


「幽霊じゃ……ない?」

「君こそ、幽霊じゃなくて?」

「私は、幽霊じゃないよ?」

「俺も人間……なんだけど」


 朝だけど、ジリジリと夏の太陽の熱さが肌に突き刺さる。日焼け止めは……塗ってない気がした。だけど、家の玄関を出るまでのことが想い出せない。いつの間にか、忘れている。え? いつの──、〝マニカ〟?


「そう言う君は、本当に〝結奈ユナ〟なの?」

「え? ……森本モリモト結奈ユナ

「そっか……。本当なんだ」

「本当って、……どう言うこと? 君は?」


 神社の境内の土の上。私と、この子の影が、くっきりと……くっつく様に並ぶ。話す度に動くその影に、幽霊じゃないんだってことが分かる。けど……。

 どうしてだろう。なんでなのかな。まるで、私が、ここに来ることが分かっていたみたいに。それに、名前まで……。一体、……誰なの?


「本当に、憶えてないの?」

「からかってるの? じゃあ、君は、誰?」


 だんだんと、夏の暑さもあってか……。名前も知らない誰かに、憶えてないのとか言われて。幽霊とか、怖いのとか、どうでも良くなった。本当のことが知りたかった。自分の記憶が欠けているのが、不安だった。


「〝──むすぶ〟小学生くらいまで、君と良く遊んでたんだけど」

「え? むすぶ? ごめん、名前……」

「忘れてたの?」

「……そうじゃなくって。苗字……」

「〝──〟だけど?」


 聴き取れなかった。この子の苗字。二回も尋ねたのに。正確に言うと、苗字の部分だけ音が霞んで消えた様に聞こえた。だけど、もう一度聞くのが怖くて。想い出せない記憶とか、知らない事実とか……。現実が消えて無くなる様で、怖かった。……この子と遊んでいた記憶なんて、まるで無かった。それに、名前も。

 

 ──私が俯いていると、水の音が聞こえた。

 顔を上げると直ぐ傍の屋根の下で、お清めの水が龍の口から流れていた。柄杓ひしゃくが並べられている。ちょうど、その奥には自動販売機があった。屋根付きの日陰で、長椅子ベンチもあって。鞄の中には水筒もあったけれど……。


「……座る?」

「うん……」


 私の視線に気付いたのかな。むすぶって子が、屋根付きの自動販売機の方を振り向いて。私も、そこに座った。どうしてなのかな……。胸がドキドキしていた。違う。この子が知らない誰かだから。きっと……そうだ。──不安。色々と、この子から聞き出さなきゃ……。


 そう想いながら、俯いて足を揃えた。制服のスカートが風に揺れる。ふと、両手の指を組んでみると──。紙パックのイチゴオレと炭酸のペットボトルが手もとに出て来た。


「え?」

「……何? えっ?!」


 二人、顔を見合わせた。夏の風が吹き渡る。喉元を伝う汗に、ゴクリと唾を呑み込んだ。私の髪が揺れて、この子の前髪も揺れた。


「嘘……。お金。入れてないよね?」

「あー! これ? さっき、買ったの! ここに来る途中……」

「二人分?」

「あ、ちょうど、炭酸とイチゴオレが飲みたかったかな……って」


 可笑しなことになってる。願えば、出る? あれ? 誰かに何かを言われていた様な……気がする。けど、現実じゃ、こんなことって……。


「……魔法?」

「まさか。そんな訳……」


 忘れてたり。無くしてたり──。記憶の代償? ……みたいな。信じられなかった。なんとか、誤魔化して……この子に炭酸のペットボトルをあげた。よく冷えていた。その子が、「……ありがとう」って言った。


「待ってたって、どう言うこと?」


 私は、話題を変えたいのもあって。ずっと胸の奥に引っ掛かっていたことをストレートに、その子に聞いてみた。その子の目が、真っ直ぐに私を見つめる。屋根の下は日陰で、さっきより涼しかった。長椅子ベンチは思ったよりヒンヤリとしていた。


 ほんの少しの間、その子が私を見ていたかと思うと……。少し目を俯かせて、何かを隠す様に話し始めた。


「ごめん。本当のことは、全部言えないんだけど。……これ」

「紙?」

「口封じのまじない。言えない代わりに、紙なら見せても良いからって」

「口封じのまじない? 何かが書かれて……ある?」


 おみくじの様に小さく折って畳まれた紙を、その子から手渡されて。……クシャクシャと広げてみる。そこには──。不思議な文字と言葉が書かれてあった。


「……何て読むのかな。〝離れて尚、所縁ゆかりあり。小さきかなえやしろに来たる待ち人〟? 〝名は結奈ユナ〟」

「こっちも……」

「えっと……? 〝三度みたび昇りし日の出より、数えて辰二つ刻に出会いそうろう〟」


 白い紙に、朱色の墨で筆書きされていた。……古い文体に難しそうな古語。……誰が書いたんだろう。


「これは?」

「……言えない。けど、紙に書いてある通りだよ。辰二つ刻は、朝の七時半から八時の間」

「三度昇りし日の出?」

「今日。三日後ってこと」

「ここは?」

かなえ神社らしいよ。ここも。小さいけどね」

「私?」

「……結奈ユナだね」


 かなえ神社──。何処か聞き覚えのあった、その名前に……。私は目を開いて屋根の向こうの青空を見つめた。また、夏の風が吹いて、私の手もとに置かれてあった紙が飛びそうになった。


「おっと……!」


 その〝むすぶ〟って子が、屋根の下の長椅子ベンチの上で咄嗟にその紙を抑えた。飛ばない様に。私とその子の座っていた間には少し距離があった。そこには、その子にあげた炭酸のペットボトルと私の紙パックのイチゴオレが置かれてあった。ゴソゴソと、その子が紙を黒の夏ズボンのポケットに仕舞うと、少しはにかんでから私を見つめた。その子の前髪が揺れた。


「これ、飲んで良い?」

「うん……」


 カリッと、ペットボトルのキャップを開ける音がした。炭酸の弾ける音がする。ペットボトルから炭酸水が零れない様に、その子は直ぐさまペットボトルを口に咥えた。……ゴクッゴクッと、勢い良く飲む音。その子が、二三口飲むたびに聞こえた。だいぶ、喉が渇いてたのかな……。

 私は何処か、その夏らしい……音やその子の仕草を見て。青空に浮かぶ雲を見つめた。それから、私も紙パックのイチゴオレにストローを突き刺した。


結奈ユナが消えた時、びっくりしたよ……」

「え? 私が?」


 その、知らない〝むすぶ〟って子の言葉に驚く。私は、ここに居るのに? なんで──。


 手に持っていた紙パックのイチゴオレが、口に咥えたストローと一緒に落ちそうになる。吸いかけたイチゴオレが少し、夏服とリボンに掛かった。


 私は、この子の言葉が信じられなかった。もしかして、誘拐とか? 連れ去り? 何かの事件に知らない内に巻き込まれているんじゃ……。記憶を消されて?

 どうしても、ここに来る前のことが想い出せない。どうしてなのかな……。だから、尚更。消えない不安が拭えなかった。

 けど、〝何かを知っている〟のは──この子だけ。直感だけど、この世界における〝何か〟は、目の前の〝むすぶ〟って子が一番良く知っている気がした。

 

 私は、その──〝私が消えた時〟のことを、その子に思い切って尋ねることにした。私が立ち上がると、ガタッと長椅子ベンチから音が響いた。緊張してたのか、夏の暑さのせいか、手汗が凄かった。胸のドキドキが収まらない……。風でスカートが揺れて、少し手で抑えた。


「あ、あのっ! わ、私が消えた時って……」


 声が震えた。上手く言えない。瞳が震えて泣きそうになる。私は、私は……。一体、何処から。どうやって、ここに──。

 長椅子ベンチに座ったままのこの子と、私との間に……夏の風が吹き渡った。暑さは気にならなかった。朝の神社の境内には、誰も居なかった。お清めの水が流れる音が聞こえる。相変わらず、蝉の鳴き声だけが響き渡っていた。

 屋根付きの長椅子ベンチに座ったままのその子が、足を組み換えてから青空を見つめた。飲みかけのペットボトルを私の隣に置いて。静かに話し始めた。


「……小学校。六年生の時だったかな。結奈ユナと……この神社に来てて。六年生なのに、隠れんぼとかしてて」

「そ、それで……?」

「あの日。ある事件が起きて。──鼎神社。ここより、もっと大きな。『星夜祭り』って知ってる? あの時、沢山の人が神隠しに遭ったって。でも、ほとんどの人が誰も憶えてなくて」

「関係が……あるの?」

「うん。ここの神社の御神体の石。鼎神社の御神体の欠片かけらみたいで。とっても小さな石なんだけど」

「見たの?」

結奈ユナと一緒に」

「嘘……」


 嘘か本当か。知らない事実だった。でも……。見ただけで、そんなことあるのかな。神隠し? 星夜祭りって?

 むすぶって子が、また。青空を眺めながら静かに口を開いた。何かを話すのかと思ったら、ペットボトルに口をつけた。勢い良く、二三口。その子の喉元を炭酸水が通る音が聞こえた。私は少し俯いて、もう一度……長椅子ベンチに腰掛けてから、紙パックのイチゴオレを飲んだ。とても、喉の渇く話だった。


「……誰も憶えて居ないんだ。結奈ユナのこと。でも……」

「でも?」

「そうだ。学校へ行ってみようか? せっかくだし」

「え? 学校っ?! ……誰も知らないんじゃ」

「大丈夫だよ。〝そう言うことになっている〟から……」

「そう言うことに? なって……いる?」


 確か、この後は……。学校へ行くことになっていた様な。気がする? え? いや。たまたま、私は村の入り口の道祖神の石碑を見ただけ。それで、お宮さん──この神社に来て。そうなのかな?

 ……そうだ。いつもなら、吹奏楽部の練習とか課題をする為の自習室は、いつもと同じ時間には学校は開いていて。


 腕時計を見ると、八時半ちょうどだった。結構、時間が経っていた。長椅子から立ったむすぶって子が背伸びをしている。私もスクールバッグを肩に掛けて立った。暑い空気の中を夏の風が吹き抜けた。その子の髪と、私の制服と……一つ括りにした背中の髪も揺れた。

 これから、何が始まるのか不安だった。

 この世界における私のこと──。隣に立って居るむすぶって子以外、誰かが私を憶えているのかどうか……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] >「……誰も憶えて居ないんだ。結奈ユナのこと。でも……」 人を探しているはずの主人公さんが、何故かここでは主人公さんが逆に行方不明者扱いされているんですね。 それに、主人公さんは何故かと…
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