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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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3.誰かのカタチ。





「誰……?」


 気のせいだったのかな。確かに、あの子の声が聞こえた。それも、はっきりと。なのに──。名前が分からない。確か……。どうしてだろう。上手く想い出せない。

 私は立ったまま辺りをキョロキョロと見渡した。


「誰も……いないか」


 暗闇が漂う畳敷きのお座敷に──。私一人。

 その部屋の四隅には蝋燭の炎の明かりが灯る。まるで四角く囲う結界か何かに想えた。畳の目がボンヤリと浮かぶ。自分の足や白い靴下……制服のスカートの端が、何となく視えた。シンとした空気が響き渡る。音は何も聞こえなかった。


 ──現実世界から突然、神社のご祈禱の最中に私はこの部屋にやって来た。意識を飛ばされた。


 視線を上げると、蝋燭の明かりが壁や敷居を伝って……艶のある廊下の床を照らしていた。その先には、何となくだけど、このお屋敷の玄関がある気がした。

 だけど、さっきの声……。


「行か……なきゃ」


 けど──。そう思った私は、あることに気づいた。靴が無い。靴下のまま。スクールバッグも。……そうだった。私はご祈禱の時に靴を脱いだまま、ここに来て。鞄も置いて来たままだった。

 それでも、廊下へ出てみた。床に一瞬、光が走った様に見えた。それから、驚いて顔を上げると──。


「え?」

 

 見覚えのある玄関。下駄箱。壁飾りに金色のドアノブ。芳香剤の匂い……。

 さっきまで大きなお屋敷の広い畳敷きのお部屋に居たのに。

 そこは。私の目の前に広がるのは……いつもの見慣れた玄関と廊下。茶色の扉には四角いガラス製の小窓があって。そこから光が差し込んでいる。朝日だろうか。

 ……私の靴が、揃えられてあった。


「鞄も……」


 私は、ゆっくりと近づいてから、ふと……。下駄箱の上の置き時計を目にした。


「七時。ちょうど……。これって、確か」


 ──既視感。まるで、同じ時間を繰り返している様な。錯覚なのかな。でも……。あれ? 上手く想い出せない……。


「今から……何処に? 行くんだろう」


 そうだ。私が今ここに居る理由。何処かから、やって来た。何かをする為に。さっきまでは憶えていたのに。暗闇の畳部屋を出て、何故か今居る廊下から玄関先を見つめていると……記憶が霞の様に消えていく。

 私は制服を着ているし、鞄も玄関に置いてある。靴も揃えられていて。こんなことって……。


結奈ユナ──?〟


 まただ。また、誰かの……男の子の声が聞こえた。私を呼ぶ声。誰かは知らないけれど、胸が締めつけられる。


「誰なの?」


 そう言って、辺りを見渡してみても返事が無い。しばらく、考えてみたけれども分からない。いつもの見慣れた家の中だけど、シンとしていて静かだった。誰も居ない。

 立ち止まっていた私は、ようやく玄関に向かって歩くことが出来た。


「行けば分かる……かも知れない」


 靴を履きながら、そう呟いた。行けば分かるだなんて、考えてみても分からなかったから。とにかく外に出てみないことには始まらない気がした。









 玄関のドアノブを回すと、朝日の眩しい光が目に飛び込んだ。


「……うわっ」


 カーポートの屋根の下に停められた私の自転車。銀色の。自転車の籠に鞄を入れてから、解いていた髪をもう一度括りなおした。鍵を差し込む。カチャリ……と、音が聞こえた。


「……良し」


 とにかく学校だ。学校へ行けば誰かが居る。何か分かるかもしれない。高校は夏休みだけど、吹奏楽部の練習は自主練習を含めて、いつも誰かは居る。自習室も開いてるから、課題をやっている子たちも居るだろうし。

 そうだ……。吹奏楽部の練習に、夏休みの課題。それにしては早い時間。さっき見た玄関の置き時計は、朝の七時ちょうど。なんで、こんなに早い時間帯に居るのかな……。私。けど……。

 

(──家に戻るよりも、やっぱり自転車……)


 私は自転車のスタンドを上げると、考え無しに自転車を押して。スーッと二三歩、いつも通り地面を蹴ってからサドルに跨がった。

 夏の風が心地良い。青空。朝の光が私を眩しく照らす。今日も快晴──。

 けれど。どうしてなのか。胸が締めつけられる不安。自転車を漕ぐ度に感じる。学校に行く方向は間違えていないはずなのに。そっちじゃないって気がした。どうしてなのかな……。


 川沿いの土手を真っ直ぐに進む。キラキラと光る水面が眩しい。こんなにも爽やかなのに。風を感じるのに。

 しばらくすると、行き止まりになってて。土手を左に降りる坂道に差し掛かる。車道と合流する。信号は赤になっていて、片足をアスファルトにつけて待った。

 ほんの一分間くらいだったと思う。車道を真っ直ぐ進めば、高校に行けるのに。信号が青に変わっても、自転車のペダルを踏めなかった。

 ……夏の心地良い風が渡る。横断歩道の先には、村の集落に続く小道がポッカリと穴を開けて待って居るように想えた。……どう言うことだろう? 気にしたことさえ無かったのに。その村の小道の入り口に立つ、道祖神の石碑が目に留まった。


「あれが……。国語の本に載ってたっけ。初めて見た」


 自転車に跨がったままボンヤリと、その石碑を見つめていた。一つ括りにした自分の髪を少し触った。信号が赤になって車の流れが止まる。

 

(今は夏休みだし、別に急いで高校に行かなくても)

 

 ──直感。私の足が自転車のペダルに触れた。ハンドルをそのまま左に切ると、モヤモヤとしていた不安が胸騒ぎに変わった。

 私は道祖神の石碑を通り抜けて、村の中へと続く下り坂の小道をブレーキを掛けながら、ゆっくりと降りた。

 村の中の古い家並みには見覚えがあった。庭に水やりをしているお年寄りや、犬の散歩をしている人たちとすれ違う。何気に会釈された私は、すれ違う度に自転車を漕いだまま会釈した。









 ──青空。田んぼが広がる一本道。風を感じる。

 その先に、踏切が見えた。遮断機の降りる音が聞こえた。


(──カン……カン、カン……カン)


 田舎の単線の線路に、たった二両だけの赤い列車。山の麓からやって来て走り抜ける。変わらない何処か懐かしい風景。胸騒ぎしてたのが、ドキドキとした心臓の鼓動に変わる。ゴクリ……と唾を呑み込んだ。田んぼの緑の穂が風に揺れる。その光景を見ながら、自転車の籠に入れていた鞄のファスナーを開けた。喉が渇いた。水筒が入っていた。そのまま手に取ってから、口飲みした。


〝……本当に、来たんだ──〟


 何処からともなく吹いた風にのって、また……。誰かの声が聞こえた。自転車に乗ったまま。地面に片足をつけたまま水筒に口をつけて青空を仰ぐ。


 一瞬、水筒の水が喉に引っ掛かって。私は咳き込んだ。


「ゴホッゴホッ! え? えっ?! ……誰、なの?」


 音が鳴り止んで遮断機が上がる。段差のある線路を自転車に乗ったまま渡った。

 私が居る一本道の小道の先には養鶏場があって。その、ずっと奥にはお宮さん──神社がある。そんなことを考えながら、自転車のペダルを勢い良く踏み込んだ。そこから先には、誰とも出会わなかった。薄暗い鶏舎の中で、ザワザワとした鶏たちの鳴き声が、コケッコケッと……後ろに通り過ぎていく。

 山の奥へと続く細い小道。その長い、少し緩い上り坂に息切れする。森の木々が道の両端に鬱蒼と生い茂っていて、朝の光を遮っている。暗い小道が続く。


「ハァッ! ハァッ! 本当に、本当に……来たんだ、私!」


 いつか見た森の風景。その小道。誰ともすれ違うことのない一本道……。どうしてかな──。心の中で叫び声が止まらなかった。胸の鼓動が止まらなかった。時々、鳥たちの鳴き声が響き渡る。それに、夏休みの森は、蝉の鳴き声がしてて。ずっと……鳴り止まなかった。


(──ミーン、ミン、ミン、ミン……)


 気がつけば、森の小道を自転車で走り抜けていた。風が吹いて森の木の葉が揺れる。


(──ザザザザ……ザザザザ……)


 だけど、どうしてなのかな……。辿り着いた先。漕いでいた自転車のペダルが止まる。夏の風が森の中を吹き渡る。生い茂った木々の影に、いつも気味の悪さを感じていた。……そんな気がする。


「──小さい頃。誰かと一緒に、手を繋いでいた様な……」


 胸に引っ掛かっていた何かが……。いつかの誰かが、私を呼び覚ます様に身体を動かす。風も光も……何処か懐かしく感じた、その風景に。

 自転車から降りた私は、籠から鞄を取り出して肩に掛けた。森の澄んだ空気を吸い込む。私は木漏れ日が差し込むその光景に、誘われるままに歩いた。

 

 ──大きな石の鳥居が、森の木々よりも高く天にそびえ立っている。

 

 石ころと土の剥き出しの地面を歩く度、ザッザッと、私の足音が鳴る。けれど、私の他に自転車がもう一台。誰のか知らない自転車が、鳥居の直ぐ傍に停められているのを、ふと目にした。


「ここは……」

 

 ──見覚えがある神社の境内が、鬱蒼と生い茂る森の木々に囲まれていて。……目の前に広がる神社の石段の両端には、狛犬が二体。まるで、日の光が差し込む方を向いて並んでいる。誰も居ない……はずだった。

 私がまばたきをした瞬間──。

 眩しく光る神社の石段に、腰掛ける様に佇む黒い影を見た。石段の上には、誰も居ない。注連縄しめなわや、お賽銭箱をひっそりと目にした。


「誰なの……」

 

 最初は、夏の蜃気楼か何かかと思った。夏の暑さのせいか、空気が揺らめく。やがて、まるで川の水面が揺蕩たゆたう様にして……。何もないはずの空気の中を、小さな光がパチパチと弾けた。

 ──黒かった影に輪郭が浮かんだ。それは……。まるで、人の形をしていた。驚くよりも、ただただ見つめているしかなかった。

 私が、もう一度、瞬きをした時──。そこには、見たことの無い誰かが居た。私と同じ高校生みたいだった。名前なんて知らなかった。


「久しぶり。結奈ユナ? ……本当に、来たんだ」

「え、え? 誰……でしょうか?」

「憶えて無い……か」


 私より背の高い高校生の男の子。ツーブロックにした前髪が風に揺れる。何処か懐かしい、その優しい瞳が私をジッと見つめていた。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何だかノスタルジックな雰囲気が良いですね。 ツーブロックの少年はもしかして……? [一言] 続き楽しみにしてます。
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