表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

2.不思議な家。






「キャーッ! いやーっ!!」


 誰の家なのかは知らないけれど。大きなお屋敷。夜中でも窓ガラスに明かりが灯っている。その家の屋根が、目の前に迫る。叫んでも、ジタバタと手や足を動かしてみても事態は一向に変わらない。けど……。

 冷静になってみると、シャボン玉に包まれていたせいなのか、ゆっくりと空を飛ぶ様に落ちていた。案外、どうにかなるのかも知れない。


(このまま、上手く行けば……)


 まるで、風船が屋根に触れる様にして。思いのほか、ゆっくりと私は着地することが出来た。なのに──。


「わっ!!?」


 私の足が誰かの家の屋根に触れた途端。落とし穴にでもはまる様にして、屋根から家の中へとすり抜けた。あり得ない。


「ちょっと! えっ?!」


 ──落ちた時の衝撃は無かった。私を包んでいたシャボン玉も、いつの間にか弾けて消えていた。それよりも。気がつくと私は、畳の感触に触れていた。けれども、薄暗くて。蝋燭の明かりなのか、ボンヤリとした部屋の様子しか見えなかった。でも、良い匂いがした。……あの、ご祈禱の時の様な。灯されているのは、アロマキャンドル?

 私は状況が呑み込めないまま、寝転んでいた状態から身体を起こして辺りを見渡した。静けさが漂う。ここは……何処?


「マニカから聞いてはいたが? 其方そなたが、結奈ユナか?」

「わ! ひぇっ!? は、はい。そうですが……」


 何処からともなく響いた声に、ゾワリと冷や汗を掻いた。言われるがままに返事をした。恐る恐る振り返った……。そこには。


「み、巫女っ!? 巫女? え? 巫女さん? 白と朱色の着物……」

「慌てるな。何も怖くはない。私の名は、摩尼伽マニカだ。マニカに頼まれてな。本体は、この時代には無い。陰陽師の真繋マヅナの霊術を用いた分身の様なものだ。この屋敷は、この時代と世界の……其方そなたの拠点となる」

「え? マニカ? マニカとマニカ?! 陰陽師っ?!! 一体、何がなんだか……。って言うか家? 拠点?!」

「少し落ち着け。其方は生きておろう? まずは、そうだな。ゆっくりと話をする前に。何か飲むか?」

「飲み物って、ことですか? えと……。え? お金は」

「要らぬ。何が飲みたいか、言え」

「えと……。じゃあ、紅茶、で……」

「紅茶? 聞いたことが無いが? この時代の飲みものか?」

「え? いや、あの、その……」

「あぁ。そう言えば、その様な飲みもの。マニカの未来の記憶にあったの。まぁ、良い。では、其方が思い浮かべるが良い。……想うがままに現れよう」

「は、はぁ……」


 何がなんだか分からない。目の前の女の人は……幽霊じゃないにしろ、一体、何時代の人なんだろう。けれども、際立つくらいに美しい人で。話し言葉が古過ぎるんだけど、ここに来る前に出会ったマニカって人によく似てて。この世のものとは思えない雰囲気に、圧倒された。

 それに、想うがままに現れるって……。どう言うこと? ここは、夢の中の世界か何か?


「んと……。えいっ! わ! で、出た……」

「そう言うことだ。まぁ、飲め」

「いただき……ます」


 自分で出しておいて、〝いただきます〟を言うのも変だけど。とにかく、出た。思い浮かべたとおり。上品なティーカップとお皿に、紅茶の香りと湯気が立ち込めている。

 けれども、摩尼伽マニカさんの言う〝そう言うこと〟が、どうもこの世界の常識な気がした。現実世界じゃない? 夢の中? 実感が湧かない。


「そうだな。ここは、私の思い浮かべた世界……とでも言っておこうか。が、しかし。其方も先ほどの様に自由に使える。差し詰め、其方と私とが意識を接続して共有した世界だ。この屋敷はな。ゆえに、他の者たちは我々の許可なくして入られぬ」

「え? やっぱり、ここって現実じゃ……」

「近しい世界とでも言っておこうか。現実に似た世界だが、もとの世界同様に他の者たちも生きておる」

「生きて……? じゃあ、ここは? 一体、この場所は何処なんですか?」

「思い浮かべたであろう? ここに来る前。マニカに言われて。でなければ、来られぬはず」

「はぁ……。そうなんですね」


 幻想的な雰囲気だった。見たこともないお屋敷だった。まるで、ネットか何かで見た座敷童子が出る古い旅館──みたいだった。いや。私の目の前の摩尼伽マニカさんにこそ、座敷童子に負けず劣らずの不思議な雰囲気が漂っている。まぁ、葉月ハヅキさんや、マニカさんと同じ巫女装束を着てるから巫女さんなのは間違いない……。


 私は自分で出したティーカップに手を添えて、ズズズ……と紅茶をすすった。大好きなローズヒップティーにしておいて良かった。

 私はかぐわしいローズヒップの匂いを嗅ぎながら、カップを見つめた。


「あの……。今夜は私。って、夜なのかな? もとの世界は朝だったけど……。ここに、泊まっても」

「好きにするが良い。が、当然そうなるな? まぁ、明日から学校とやらに行くが良い」

「が、学校っ?! この世界の? けど、今は夏休みなんじゃ……」

其方そなたがそう想えば、そうなる。結奈ユナは来るべき場所に来ておる。……自分の目で確かめるが良い」

「……確かめる。はい。そうします」

「が、この屋敷より遠く離れるでない。屋敷の中では叶っても、一歩外へ出れば現実と同じ。とは言え、願えば叶う〝魔法〟とやらは其方の想いの強さ次第。屋敷を離れるほどに使いにくくはなるが。それと……」   

「それと?」

「この屋敷より離れ過ぎた場所には行くな。其方の存在が……。結奈ユナが消える」

「え?! き、消えるっ?! せ、正確には、何処まで……ですか?」

「ふむ。列車とやらには乗るな。何処までも連れられて行くからな。この街から出ぬ限りは安全だが」

「列車……」

「まぁ、正確には消えぬ。この世界の者たちから見て、認識しづらくなるとか……そう言ったことだ。もしもの時は、〝マニカ〟と呼べ。私もマニカも其方そなたを見つける。案ずるな」

「は、はぁ……」


 摩尼伽マニカさんが、それだけを言い残すと。何処かへと、スーッと暗闇に溶ける様に消えてしまった。


「え? 摩尼伽マニカ……さん?」


 後には、もともと部屋の四隅に置かれてあった蝋燭の炎が揺れていただけ。辺りを見渡したけれども、摩尼伽さんは居ない。不安にはなっていたけれど、アロマキャンドルみたいな良い匂いに、私はウットリとさせられた。


(──それにしても……)


 どうやら私は、まずは、この大きなお屋敷の出口を探すところから始めないといけないらしい。一人で。

 けれども、摩尼伽さんは〝学校〟って言っていた。んー。編入手続きとか? どうなるのかな。……って、私。転校生っ?! ……そうなるよね。

 だんだんと、気が重くなって来た。転校なんて、したこと無い。すると……。部屋の蝋燭の炎まで、どんどんと小さくなっていった。


「わわわ! やめてっ! 火、消えないでっ!!」


 ボッボッボッ……と。私が薄暗い部屋のお座敷の真ん中で叫ぶと──。再び炎が燃え上がり、畳敷きのお部屋が来た時よりも明るくなった。

 私は、何だかドッと疲れて……その場に座り込んだ。制服のスカートが膨らむ。それから、私以外に誰も居ない部屋でゴロンと寝そべった。一つ括りにしていた髪を解いた。


「はぁ……。どうなるんだろ、私……。学校って言われても。行くとこ無いよ。何処に行けば……。学校、学校、学校──」


 ──ここに来る前に。思い浮かべていたはずなのに。分からない。それもそのはず。

 私は、ゴロンと寝転がって仰向けになった。薄暗い天井の木目を見つめる。天井の木目が、まるで、私をジッと見ている様に見えた。


「……あの子は、何処に居るんだろ」


 五年前──。突然、私の前から居なくなった男の子。幼馴染み。親同士が仲良くて家ぐるみの付き合いで。私も、あの子も……まだ小学生だった。

 

 私は制服の胸のリボンを握りしめた。


 ……そう。何処に行くにも一緒で。こんな風に、初めて手を握って歩いていた日のこと。想い出していた。

 あの日は空が高くて。青空には大きな入道雲が見えた。田んぼの畦道から二人で。何処に行こうかって。線路と踏み切りが見えてた。お宮さんに行こうかって。蝉取りをしようよって。


(優しかったな……。私のこと好きだったのかな……。あの子のキラキラとした目。あの子の歌声も、好きだったな……)


 それから──。お宮さんで、あの子と二人で隠れんぼしたっきり。あの子は、見つからなかった。

 

 私は、あの日のことを想い出しながら、畳の上で寝返りを打った。力無く開いた私の手の先に、蝋燭の炎が揺れる。目が霞んで滲んだ。ボンヤリとした視界の端から、温かい涙が頬を伝う。


(神隠しだ──。なんて、そんなこと……)


 不思議なことに。その子は、〝居ない〟ことになっていた。私以外、誰も覚えていない。あの子の親でさえ。あの子は、最初から居なかった。そう言うことに、なっていた……。


(もしかして……)


 私は、一瞬。何か閃いた気がして飛び起きた。

 その時。部屋の隅にあった蝋燭の明かりが零れて。敷居から廊下の壁を伝い、抜ける様にスッと走った。点々と灯る明かりが線のように繋がる。まるで、出口を指し示す様に。


(意識の果て……? けど、この街から出ては行けないはず。──列車? いや、でも。私は……あの子に会いに。ここに……)


 想い巡らせる内に、不思議な声を聞いた。


〝久しぶり──〟


 あの子の声だ。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >私以外、誰も覚えていない。あの子の親でさえ。 その子の親でさえ覚えていないというのは、何とも不思議で恐ろしいですね。 それなのに、主人公さんだけがその子のことを覚えているというのもまた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ