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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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18/22

18.出発の朝。



 ──一週間後。

 今日も、まだ学校は夏休み。けれど、結くんと会えなくなってから、随分と時間が過ぎ去った様に感じられた。

 スクールバッグを自転車の籠に入れて、サドルにまたがって、ペダルを踏んで──。朝からアスファルトに照りつける太陽の光に飛び込む。いつもと変わらない日常だけど、世界は確実に鮮やかに輝いている様に見えた。……私の記憶の中の結くんも、決して色褪せることは無かった。


「……鼎神社。行かなきゃ。きっと、結くんが待ってる」


 自転車のペダルを踏む度、焦燥感や自信の無さが襲う。けれど──。この世界と同じ様に夏の暑さや吹き付ける風の勢いを、結くんと居た世界でも感じて居たことを想い出した。五年前にこの世界から消えた結くんは、確かに私と居たんだって。

 あれから、結くんの夢を見ることは無かった。目覚める度、不安に想った。本当は、結くんなんて居なくて……私の空想だったんじゃないかって。そう、想いたくはなかった。


「……今度は一人じゃない。響くんも鈴も来てくれるはずだから」


 自転車を漕ぎながら、自分に言い聞かせた。蒸し暑い空気を風に感じて、汗が制服の中で背中を伝い流れ落ちる。

 鼎神社に行って、鈴や響くんと一緒に結くんと会えるとか……確証は無いけれど。巫女で神主の葉月さんが、私に来る様に言ってたんだから、何かが起こるはず。いや、結くんをこの世界に呼び戻すんだ──。そう、強く信じて……。

 路地裏の細い角を曲がると、参道の登り坂の先に神社の白い大きな鳥居が見えた。樹々が深く生い茂って居て、最初に此処に来た時よりも、随分と神秘的に感じられた。


「きっと、会える……はず。結くんに……」

 

 ゴクリと息を飲み込んで、私は自転車から降りた。

 鳥居を見上げると、その先には朝の光が差し込む鼎神社の境内が見えた。私は、そっとお辞儀をしてから自転車を手で押しながら鳥居をくぐった。

 朝の清々しい空気を吸い込んで──。ご神木の枝葉の隙間から、太陽の眩しい光が目に飛び込んだ。風が吹くのを感じて、ザワザワと樹の枝と葉っぱが揺れた。鈴や響くんとの待ち合わせは、現地集合になっていたけれど、まだ二人の姿は見当たらなかった。


「そろそろなんだけどな……。まだかな?」


 私は手首を返して腕時計を見つめた。午前八時ちょうどだった。私は、あっちの世界でも直ぐ時間が見られる様に、今朝は腕時計をつけて来た。連絡用の携帯電話も、いつも通り忘れなかった。

 静かな朝の鼎神社の境内──。小鳥たちのチチチ……とさえずる声や、蝉の鳴き声だけが響く。

 すると、鳥居の向こうから、聞き覚えのある二人の賑やかな声が聞こえて来た。


「響くん、しっかり! 鼎神社は、目の前だよっ!」

「重い……。ハァハァ。こんなに荷物が必要なのか?!」

「えー? 緊急災害時用の道具に備蓄の食糧に……」

「いや、鈴の荷物もだよ……。そんなに、あっちの世界って」

「もー! 何があるか分からないでしょ!? それに、結奈とか、ほら……結くんって子の分も」

「はいはい。まぁ、そうだよな。けど、しかし、自分の荷物くらいはだな……」

「えー! 私たちの家から鼎神社って凄く遠かったし。それに、朝からこの登り坂だよ? 女の子には無理だよ……」

「あぁ、そうだな。これくらいで参ってたら、男としてどうかって想うよな?」

「流石っ! 響くん!」

「痛いって! ……叩くなよ」


 声がする方向を見つめて居ると──。鳥居の下にある石段の脇道から、二人が自転車を押しながら姿を現した。特に響くんは大荷物を背負って居て……。響くんの自転車の籠には、修学旅行で使う重そうな鞄が入れられ、後輪の荷物台には、それより更に大きな鞄が括り付けられて居た。


「……ハァハァ。おっ? 結奈! 遅れて、すまん。鈴が、どうしてもってな。この大荷物……」

「響くん、人のせいにする気? 昨日、何が要るか話し合った結果だよ? あ、結奈! おはようっ! いよいよだね?」


 響くんは自転車を押しながら、既に汗だくになって居た。制服のカッターシャツの首もとに、汗が伝い光って居る。鈴も制服姿だったけど、割と涼し気な様子でケロッとした顔で立って居た。

 








「おーい!」


 誰かの声──。何処かで聞いた様な……。

 木々の生い茂る森の木漏れ日の奥。鼎神社の境内の方から、人の声が響いた。

 私も鈴も響くんも自転車を押しながら、声のする方向へと振り向いた。

 遠目に見えたのは、拝殿の直ぐ下の石段の傍で、手を振る四人の人影──。巫女装束を着た女の人が二人と、神主の格好をした男の人が一人。それと……。ティーシャツにジーンズ姿の見慣れない大学生くらいの男の人が居た。


「葉月さーん! それから、えーっと……」


 私も手を振ってみたけれど、葉月さん以外は初対面に近くって。知らない人も居るし。いや、何処かで……。

 巫女衣装を着た葉月さんは、肩に掛かる髪の毛を風に揺らして静かに佇んで居る。その隣で、声を上げて手を振って居たのは──。


「マニカさん? ……きっと、そうだ。マニカさーん! 結奈です! おはようございます!」


 結くんの居る世界に連れて行ってくれた人で、時間と意識の境界駅で駅員さんの姿をして居た人だ。今日は葉月さんと同じ巫女衣装を着ては居たけれど、もう一人──大人びた雰囲気で同じ名前の摩尼伽って人は居なかった。

 相変わらずの綺麗な長い黒髪と大きな瞳で。巫女装束の白い着物には、胸の辺りにまで髪の毛が掛かるほどだった。

 

「結奈? 鼎神社の人と知り合い?」

「仲良いの?」


 響くんと鈴が自転車を押しながら、顔を見合わせてから私へと尋ねた。


「いやいや。そう言う訳じゃなくって。ちょっと、お世話になってたから……」

 

 いや。とってもお世話になってたんだって、本当は言いたかったんだけれど。二人には、鼎神社にまで行って私が結くんを探そうとして居たことを、改めて認識されるのが恥ずかしかった。私は苦笑いしながら、参道の枝葉や石ころの凸凹道を、足元を見つめながら歩いて居た。

 ……それは、良いとして。

 葉月さんの隣に居る神主姿の男の人は、きっと旦那さんだ。名前は──。ご祈祷の時に聴いた気がしたけれども、忘れた。

 だけど、マニカさんの隣に居るジーンズ姿の大学生くらいの男の人には、会ったことが無かった。









「あ、初めまして。上坂ツナグと、言います」


 社務所の前を自転車を押しながら通り越して──。

 葉月さんやマニカさん四人と、鈴と響くんと私は合流することになった。

 開口一番。直ぐに挨拶をして来たのは、ティーシャツにジーンズ姿の爽やかな格好をした大学生くらいの男の人だった。

 私と鈴と響くんは気後れして、自転車を支えながら会釈をした。


「響です。今日は、よろしくお願いします……」

「あ、鈴です。結奈とは同じクラスメートで……」

「は、初めまして。結奈と言います。あ、あの、結くんを──」


 語尾が消え入りそうなほどの小声になってしまって……。ちゃんと言えなかった。

 それから、三人とも苗字じゃなくって、いつも呼び合って居る下の名前で自己紹介をしてしまった。

 自転車のハンドルをギュッと握る手が、夏の熱さと汗と緊張とで……何とも言えない違和感を感じた。それから、その目の前の〝上坂ツナグ〟って人のことを、頭から足元まで──私はマジマジと見つめてしまった。何故か、視線を外すことが出来なかった。


「似てる……かな?」


 その人が、首をかしげてその言葉を口にした瞬間──。私は、ハッとして、恥ずかしくなって俯いてしまった。


「結奈ちゃん。実は、この人……結くんと血の繋がったお兄さんなの」

「え?」


 葉月さんが俯いた私の目の前で、しゃがみ込んで──。私にヒソヒソと耳打ちをした。驚いた私は、直ぐ様、顔を上げて──。もう一度、頭の先から足元まで……ツナグさんの容姿を確認した。


「似てる……」


 呆気に取られた私は、ただただ呆然として。気が付くと、心の声が漏れて居た。目の前に居るツナグさんのその姿を、私は立ったまま自転車から手を離せずに──見て居ることしか出来なかった。


「一応、兄……だから。僕もマニカや葉月から、弟の話を聴かされた時は、驚いたよ……」

「……そう、なんですか」

「あぁ。想い出せたんだ。僕には弟が居たんだって。結って名前も」

「そ、それじゃあ……」


 私の固まっていた様に感じられて居た足元が、一歩。前に出て──、自分の革靴ローファーが地面の土と砂利を踏む音が聴こえた。


「葉月、ツナグくん。驚いたよね? まさか、ツナグくんが、結くんのお兄さんだったなんて……」

「そう。だから、マニカ……。一週間掛けて離島からアンタたちを呼んだからね。今日は、よろしく」

「おい、なんか素っ気ないな葉月……。お、俺も今日は神主としてだな。初のご祈祷をだな……」

「空也。分かってる。私たちは、マニカとツナグ──結奈ちゃんのサポート役。それに、今回は結くんを探しに、私も空也も〝あっち〟に行くんだからね」

「あ、あぁ……」

「ありがとう、空也、葉月。……よろしく頼むよ。今回は僕もマニカも皆と一緒に──」


 それから、ひと仕切り。葉月さん、マニカさん、空也さん、ツナグさんの四人は、久々に同窓会ででも会った時の様な雰囲気で話をしてなごんで居た。

 神社の境内に生い茂ったご神木の枝葉が、ザワザワと風に音を立てて揺れて居る……。

 その後で、私や鈴と響くんに自己紹介がされた。私たち三人は、ずっと呆気に取られて居て……。いつ、ご祈祷が始められるんだろうかって、様子を伺って居た。


「なんか結奈ちゃんたちって、可愛いし、懐かしいよね? 高校生の時の私たちを見て居るみたいで」

「マニカ。時間無い。ほら、アンタの鼎さん扱う力が重要なんだからね?」


 巫女衣装を着た葉月さんとマニカさんが、話をしながら朱色の袴を引き摺る様にして、拝殿へと登る階段を上がって居た。その後に神主の空也さんと、黒の皮靴を丁寧に揃えて居たツナグさんが後に続いた。

 私と鈴と響くんも、その辺りに適当に自転車を停めて、それぞれの荷物を肩に掛けてから後に続くことにした。


「ね、ねぇ、結奈? 私たちって、本当に〝あっち〟?──夢の中で見た世界に行くんだよね?」

「う、うん……」

「大丈夫……なのか?」

「たぶん……」


 私たちも、脱いだ靴を揃えて──。拝殿へと登る木の階段に足をのせた。

 ギギッ……と軋む。その音が聴こえた後、不安そうな二人の声に私は俯いて答えるしかなかった。

 結くんに、また会えるのかどうか。会えたとしても、結くんが生きて居て無事なのかどうか……。


 ふと、階段から振り返った夏空は、青くて──。

 一瞬、降って来た天気雨の、その雨粒が……風と一緒に私の鼻先にピッと、くっついた。

 












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― 新着の感想 ―
あ~やっぱ、結君とツナグ君は兄弟だったんですね~。 だんだんに、前作と繋がりがましてきましたね~。 まさかこの作品を動かしてくださるとは! なんかもう、エタっちゃうかな~と言う雰囲気だったので、なん…
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