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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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17/22

17.地下の多目的教室。







「おい、どうしたんだ?! 結奈、具合が悪いのか? 何かあったか? 笑ったり、泣いたりして……」

 

 響くんの声が聴こえる──。

 視聴覚室の扉の前で、どうしようもなく感情が溢れて……涙が止まらなくて。

 夏休み中の他の生徒たちも、朝から部活とかで集まって来て居るのが分かった。ザワザワと、響くんや鈴と私の後ろで、「なんか、ヤバい?」「朝から喧嘩?」とか、そんな話し声が聴こえた。


「結奈、ちょっと、こっち……。ほら、響くんも」

「え? あ、あぁ……」

「……」


 泣き過ぎて、視界が見えない。俯くと、廊下の色が白く涙でボヤけて居た。

 鈴に手を取られて廊下と階段を歩く。鈴の手が温かかった。その間、ずっと鈴に背中をさすられて居た。鈴の「大丈夫だから」とか「ちゃんと話して?」とか「何があったか、教えて欲しい」って、言葉が聴こえる度、泣きながら私は「うん……」と言ってうなずいた。


 ──地下。多目的教室。ご祈祷の間に見て居た、結くんと居た場所。そう言えば、あっちの世界では三年生の夏期講習で、視聴覚室は使用不可だった。こっちでも同じだったのかな……。

 

 私は、蒸し暑さとコンクリートの独特の匂いを感じて、鈴が私と響くんを地下にある多目的教室に連れて来て居たのが分かった。

 教室の片隅──。

 ガラガラと、片付けられて居た机や椅子を動かす音が聴こえた。響くんが、「これで良いか?」って言って、鈴が「それで良いから。座って」って言った。

 換気扇が、ゴーッと回る音を立てて居て。響くんが空調の電源を入れたのか、冷房の涼しい風が私の額と前髪に吹き付けた。


「結奈、大丈夫?」


 それから、鈴の声と私の背中を擦るその手に導かれる様にして──。私は椅子に座った。俯いたままスクールバッグを足元に置く。あっちの世界に居た時は、清涼飲料水がペットポトルごと鞄から出て来たりしたっけ……なんて思った。みんなの分と、結くんの分も合わせて。あ、吹奏楽部の元顧問の瑞穂先生の分もか。……あっちじゃ生きて居たのに。


「ねぇ……。結くんって、誰?」


 その時──。鈴が言った。

 残酷な言葉だった。部員の子たちが疎らに集まって来て居た、地下の多目的教室──その辺り一帯に響き渡った気がした。私は、その言葉を聴いた瞬間──、声が出なかった。ただ、ただ、目を見開いて……多目的教室の床の木目に沿って、視線を泳がせて居るだけだった。

 

 時間を追うに従って、続々と他の吹奏楽部の部員の子たちも集まって来て居るのが分かった。ザワザワと騒がしい。

 背中に何度か幾つかの視線を感じて居たけれど、その内に各々の楽器のパート練習を始めたみたいだった。雑音と管楽器を吹く音に、あっちの世界じゃない寂しさを感じた。


「な、なぁ……結奈。理由は、ともかくだな」


 響くんが言った言葉に嫌な予感がした。顔を上げられない。涙が零れないように、ぎゅっと目を閉じているしか無かった。その時、ふっと、手に触れた温かみを感じた。鈴だった。鈴が私の手の上に、そっと手を重ねて居たのを目にした。


「結奈……夢でも見てたのか?」


 聴きたくなかった。響くんが放った、その言葉を。私は、また目を閉じて無言で首を横に振った。


「響くんっ!?」

「いや、鈴。悪い。別に結奈を傷つけようとか、そう言う……。いや、悪かったか。でも……」


 ゴーッと換気扇が回る多目的教室には、蒸し暑いだけで窓が無かった。

 空調が効き始めていたけれど、息が詰まりそうな、その教室の片隅で──。顔を上げると、響くんはスラッとした背中を私に見せて、髪を掻き上げながら振り返り様にこう言った。


「結? だったっけ? あぁ……。そう言えば、夢? 名前とか憶えて無いんだけど。最近、学校って言うか部活の……。誰かの夢見るけど? 不思議なんだよな。誰かは知らないけど、良い奴でさ? 俺の親友……みたいなさ?」


 私は思わず、ガタッと音を立てて──。鈴が座らせてくれた椅子から、飛び上がって席を立った。涙が止まって、響くんの後ろ姿を食い入る様にして見て居た。


「あっ! そ、それって!? 響くん?!」


 鈴が思わず響くんに駆け寄って……。その背中に触れた。一瞬、他の吹奏楽部の子たちのパート練習の音色が止まった。

 鈴が椅子から立ち上がった音と一緒に──。私は椅子から立ち上がったまま、鈴が響くんの制服の肩に手を触れたのを見つめて居た。声を弾ませて話す鈴の姿が、そのまま私の目に焼き付いた。


「あ、それっ! 私も最近、よく見る夢に似てるっ! 結奈と恋敵なんだよね?」


 鈴の言葉に驚いた。 

 恋敵──って。そんなことを言って、良いのかな……。私は両の手を握り締めたまま、鈴が立って響くんに向かって話す──その言葉に、目を白黒させて居た。胸の高鳴りが止まらなかった。


「えっ? えぇっ?! 恋敵っ?! 何だそりゃ?!」


 響くんが、鈴に振り返った瞬間──。朱色の髪を揺らして、思わず鈴に仰け反る響くんの姿に……。私は、込み上げて来る涙よりも、嬉しさを感じた。


「ぷっ! アハハッ!!」

「……結奈? 結奈が、笑って……居る?」

「いや、だって……」


 だいたい、いつも冷静で。まともなことを言う響くんが、そんなに取り乱して居る姿が、私には新鮮で返って可笑しかった。

 さっきまでは泣いて居たのに──。私も私で、どうして、こんなに可笑しいんだろうって、涙が止まらなかった。

 その時──。私も響くんも顔を見合わせて。ダンッ!って、机の上に手を置いた鈴の顔を見た。ちょっとだけ、苦笑いして居た鈴のその表情に、何かごめん……って、想った。


「響くん? 何か? やましい? あ、結奈は元気になって良かったんだからね?」

「アハハ……。あ、ありがと、鈴」

「えっ?! い、いや。やましいって、何が? 鈴には別に、やましいことなんか何も……」

「夢だから? 響くん?」

「は、ハァ?! 何も、して無いし。い、いや、夢の中の話だろ? だったら、その辺りをハッキリと擦り合わせて行かなきゃだしな……」


 ──偶然、だろうか? それとも、奇跡? こんなことって。

 いや。何かが変わり始めて居るのかもって期待して、学校に来て……。

 とにかく、夢の中でも何でも。響くんと鈴が、結くんや私との出来事を憶えて居てくれたことが嬉しくて──。やっぱり、涙が溢れて止まらなかった。


「う、うぅっ……。憶えて居てくれたんだ。響くんも、鈴も……結くんのこと」

「ゆ、結奈?! お、落ち着いて。……椅子、座るか?」

「うん、うん……。結奈にとっては、その結くんって子が大事なんだよね? 私も響くんも、夢で見た気がするんだけど……。私は、結奈の力になりたいからさ」

「あぁ。俺もだ。結奈」

「ありがとう……。響くん、鈴」


 窓の無い地下の多目的教室の、蛍光灯の白い光が眩しい。

 私は泣き過ぎて、腫れ上がった瞼をハンカチで押さえて──もう一度、椅子に座った。

 吹奏楽部の子たちの楽器を吹く音色が、蒸し暑い朝の教室に響き渡って居た。それから、現顧問の今野先生が来て本格的に練習が始まった。瑞穂先生は、来なかった。









 ──誰も居ない多目的教室。

 吹奏楽部の練習は、お昼過ぎまで続いたけど、先生も他の子たちも皆帰った。残って居たのは、私と鈴と響くんだけ。何か、このまま帰るのも何だし。近くのコンビニで適当に飲み物とお昼ご飯を買って来て、三人でそのまま……結くんや夢の中の話の続きをした。


「おー。そうだ。何か俺、結奈や鈴と夢の中で何処かへ行ったんだよな?」

「あぁ、何? なんかスッキリしなかったんだけど、変な夢? 結奈が私の家に来てて謝って……」

「あ、アハハ……。い、色々と大変だったよね? そ、それより……」

「やっぱり、結奈も同じ夢見てたんだよね?」

「何か、不思議な夢……だったよな? なんで、俺たち三人は同じ夢を見たんだろ? 偶然?」


 どうも、鈴と響くんには結くんのことよりも、三人でゴタゴタして居たことの方が印象が強かったみたいで。結くんのことと言えば、なかなか最初は話題に上らなかった。

 三人とも、コンビニで買って来たオニギリを頬張る。食べながら、響くんや鈴の顔をそれぞれ見つめて居ると──。私には、結くんが居ない現実の方が不思議で……違和感を覚えた。


(──本当なら、結くんもこの教室に居たはずなのに……)


 そう想いながら、清涼飲料水のペットポトルの蓋を開けて、一口飲み込んだ。


「何かさ? その後って結奈や、その結?……って奴も。部活に来なかったよな? えっと、何か声楽コーラス部? 歌、唱ってた様な?」


「そうそう。その結くん……だったっけ? 結奈と一緒に居る割にはパッとしないと言うか? 何か印象が薄いんだよね。けど、何だろ? 結奈も、その子も部活……に来なくって」


「……だよな? 鈴?」


「……やっぱり? 響くんも一緒?」


 私には鮮明でも──。響くんや鈴にとっては、朧気な記憶……。夢だから。仕方がないのかな。

 そう。夢は、その後で終わっている。何故なら、結くんが神社で消えた後に、私が目覚めて学校に来た訳だから。

 それから、響くんは一個目のオニギリをゴクンと飲み込んで。二個目のオニギリを見つめながら、個包装されたフィルムを剥がして──ふっと顔を上げてから私の目を見た。


「なぁ? でも、どうして、そんな夢の中の……結って奴が結奈には大事なんだ?」

「ちょっと、響くん?!」

「いや、けど……。現実に居ない訳だろ? なのに、泣くほどって……」

「ゆ、結奈にとっては、大事な……大事な人だったんだよ! きっと……例え夢の中でも」


 それは、そうだけど──。どうして、鈴にはそう想えたのかな。鈴だって、夢の中の結くんの記憶は朧気なはずなのに……。

 鈴が一個目のオニギリを半分ほど食べ終えて、椅子に座ったまま俯いて居た。私は鈴のその様子を黙って見守って居た。


「私はね……。結奈が、夢の中でその結くんのことで必死になって居る姿が、垣間見えたんだ。俯瞰して見えたみたいに。だから、私も結奈とその子を助けたいって思って……」


 夢の見え方は──。響くんと鈴とでは、少し違って居たみたいだった。

 夢の中で……響くんのことで鈴と揉めた時、誤解を解いて鈴と仲直り出来たからかな。無意識にかも知れないけど、鈴と前より仲良くなれたからなのかな。そんな気がして……。

 手に持って居た食べかけのオニギリから、具材が少し見えて居た。私は、もう一口──ペットポトルに口をつけて、勢い良く口の中の物を飲み込んだ。

 私は、胸に溜めて居た本当のことを響くんと鈴に言おうと思った。


「実は、結くんは……。五年前に私たちの世界から消えた子なんだ」

「え?! ま、マジかよ?!」

「消えた? 結くんて子が? 本当に、そうなんだ。神隠しの噂……。五年前の鼎神社のお祭りの日に──」

「え、噂だろ?」

「うん。けど、不思議な体験をしたって言う人が、結構他にも居るらしくって」

「そうなのかよ……」


 響くんも鈴も私も……オニギリを食べる手が止まった。

 この教室の換気扇の音だけが、ゴーッと響くのが聴こえて居た。

 私は、息を飲み込んでから深呼吸を少しして話を続けた。


「一週間後。大きな方の鼎神社に来る様に……神社の人に言われているの。響くんも鈴も一緒に──」

「あぁ。分かった。俺も行く。結って奴を助けるんだろ?」

「私も行くよ、結奈。助けて、あげなきゃだよね。結くん」

「……うん」








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― 新着の感想 ―
うーん、やっぱ鈴ちゃんと響くんは結くんのことを憶えていない…知らなかったんですね。 でも、ふたりは同じような夢?のようなものを見ている…と。 結くん…本当にこの世界にいた子だとして。月日が経った今、戻…
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