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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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13/22

13.合わさる世界。










 〝──過去行き──〟

 

 私は空を見上げながら……。さっき、駅員さんの言った言葉を想い出していた。

 何処までも青くて青くて、私なんてちっぽけに思えるほど。そんな空が大きな入道雲を抱え込む様にして、広がっている。白くて白くて、大きな。

 けれども、過去も未来も……空は変わらない。きっと、これからの行き先も。そして、今も──。


「結奈、列車……」

「え?」


 結くんに言われてから気がついた。列車はホームに停車していて。ちょうど、私たちの居る目の前で扉を開けて待っていた。


「……行こうか」

「うん」


 列車の扉は見た目通り、しっかりとした金属の固さを保っていた。さっきまでの、ぐにゃぐにゃした感じがしない。

 ほんの少し、そんなことを考えて居ると。いつもなら先を歩く結くんが、私の隣で立ち止まっていた。


「結奈、どうかした?」

「え? いや、なんか、さっきまでのグニャグニャ感が無いなって……」

「意識の問題……かも知れない」

「そうなの?」

「想いが世界を形作る。俺は結奈に世界の本当を見せたかった。けど、今は別の目的──行き先が明確だ」

「そう言うものなの?」

「たぶん。きっと。この世界じゃ……けど」

「けど?」


 私が少し帽子に触れてから顔を上げると──。結くんの横顔が、視線を落としながら俯く様にして口を開いた。


「これから行く世界は、そうじゃないのかも知れない。元の世界の様な」

「そう……なの?」

「五年前。その世界は──」


 ──結くんが、そう言いかけた一瞬。私がまばたきをしていた、ほんの少し。

 それは、結くんが私の間近に立っていたからか……。直ぐ傍に居たからか──、右手の甲に結くんの手が少し触れた様な気がした。


〝──間もなく、扉が閉まります。ご注意ください──〟


 駅構内に、アナウンスが流れた。駆け込む人たちが、車内へと乗り込み消えて行く。……過去行きの列車。車内には疎らな人影が見えた。

 

「結奈。扉、閉まるから」

「え? あ、うん……」


(──リリリリリリリ……)


 発車を知らせるベルが鳴る。急がないといけない。

 けど、どうしてなのかな。今は──、結くんに触れられない手を意識する。別に何とも無かったのに……。僅かに触れた数秒前の手に意識する。けれど……。

 発車のベルに急かされて、繋いだり触れたりした手のことよりも、足早に列車の車内に駆け込んだ。結くんも私も。

 直ぐ後ろで、扉の閉まる音と一緒に駅員さんの笛の音が鳴り響いた。


(──ピィィィィィッ!!)

 

 それから──。空いていた四人掛けの座席に、結くんと向かい合わせになって座った。どうしてなのかな。座れる座席は、他にも空いていたのに……。





 


 


「最初は夢かと想った。ずっと彷徨っていたんだ。元の身体に辿り着くまで随分と時間が掛かった。あの時の俺の体は……鼎神社の境内に倒れていたんだ」


 発車してから、しばらく──。

 線路レールの上を走る列車の振動を感じながら俯いていると、結くんの声が聞こえた。

 顔を上げると何処か寂し気な眼差しで、結くんが窓の外を眺めていた。

 五年前の話だろうか。私も窓から差し込む光を見つめながら、結くんの話を聞くことにした。


「……五年前の話?」


「あぁ。みんな、幽霊なんじゃないかって思ってた。この街を出ると、みんな居なくなるから。一緒に行っても戻って来た時には、〝そう言うことになってた〟って記憶だけがあって。みんなも、そう。だから……」


「幽霊? 結くんは鼎神社で倒れてたんだよね? ずっと彷徨ってたって、結くんも幽霊だったの? 五年前って小学生だったよね? その時に私は……」


「結奈の姿は無かったよ。一人だった。線路沿いのずっと向こうに……廃墟の様な街がある。それはまるで記憶の果ての様な。線路をつたってやって来たんだ。歩いて……」


 列車に揺られながら結くんの話を聞いて。窓の外を少し見ていると──さっきまでの陽の光が徐々に陰って来て。だんだんと薄曇りの空模様になっていた。

 結くんは、窓辺にもたれ掛かる様にして、頬杖を突いて外を見ている。私は結くんの話に首をかしげた。


「元の身体は鼎神社で倒れていた? 結くんは廃墟の様な街を彷徨っていた? 話が合わないよ。それって、どう言うこと?」

「この世界は、連続して連なっている。時間の様に……合わせ鏡の様に。同じ世界が」

「えっと。……よく分からないかな?」

「つまり、この世界には俺と結奈が居る──同じ街しか存在し無い。それが時間の経過とともに存在しているだけなんだ」

「もう少し、具体的に言うと?」

「街の外に出ると、別の時間軸の同じ街に行くことになる。飛び越えることは出来ない。連なっている」

「え、でも……。同じ街なのに、廃墟の様な街?」

「気持ちの持ち方で見え方が変わる。その時は絶望を感じていたから。この世界は、そう言う場所らしい」


〝──間もなく鼎神社五年前駅に到着致します──〟


 その時。車内に突然、アナウンスが鳴り響いて。私は辺りを見渡した。

 疎らな人影は見えても、誰も席を立とうとはしなかった。

 誰も降りることの無い駅──。

 列車がゆっくりと停車し、扉が開くと。風が車内にまで吹き渡り、青い夏空とともに緑の生い茂る山の樹々が見えた。


「え?」


 驚いたことに。そこは、高校生の結くんと私が初めて出会った鼎神社だった。

 石造りの大きな白い鳥居が、森の樹々の中で空に向かってそびえ立っている。

 風にざわめく木の葉の音以外は、遠くの方で養鶏場の鶏たちの鳴き声が聞こえるだけ。静かだった。

 私が立ち尽くして、後ろを振り返ると──。乗って居たはずの列車は影も形も無く消え去っていた。いつの間にか、鼎神社のある森の中に居て……。土と石ころのある地面をサンダル越しに感じていた。


「む、結くん──?!」


 列車の代わりに……。ふと、足元を見渡すと。

 そこには、動けなくなった結くんが倒れて居た。まるで、熱にうなされた時の様な、苦しそうな荒い息づかい──。


「……ハァハァ」

「しっかり! しっかりして! 結くん!!」

「ハァハァ……。キツいな。流石に、ここは。まさか、こんなにも。うっ……」


 私は、どうしたら良いのか分からなくなって──。咄嗟に、肩に掛けていた赤い鞄に手が触れた時。風が辺りを吹き渡る様にして、冠っていた私の帽子を空高く舞い上げた。


「あっ──」


 その瞬間。何かが私の中を走り抜けた様な感覚がして、私は思わず結くんの背中に覆い被さった。

 目を瞑って居た間、結くんの背中の温もりと呼吸する音と、自分の心臓の音を感じていた。


 ──誰かの声が聴こえた気がした。




「結くん、早く、早く! こっち、こっち!」

「ま、待ってよ! 結奈っ!!」


 ふと、顔を上げると──。

 ──虫籠むしかごと網を手にした半袖姿の少年が、麦わら帽子に白のワンピースを着た少女を追いかけて行く姿が見えた。

 何処か懐かしくて、まるで自分がかつて見ていた様な風景……。何処かで、見た様な……。そんなことって、そんなことって……。

 しばらく目で追っていると。二人の姿は、神社の境内に入った辺りで消えてしまった。


「うっ……。ハァハァ」

「ハァハァ……。大丈夫なのか? 結奈?」

「声。聴こえた。……姿も。もしかして」

「憶えて……ないのか?」

「やっぱり、あれって……」

「……結奈」

「結くんと、私……」


 唐突に襲う、刻まれた記憶──。もしかしてや、まさかって……そんな気持ちが交錯する。

 身に覚えのなかった出来事のはずなのに、あたかも自分が追体験したかの様によみがえっていく。記憶や想い出……。それって、一体、何なんだろう。私は、かつて、ここに──居た……? 


 白い雲は何処かに行き、昼下がりの青かった空に──辺りが急激に黒い雲に覆われて行く。だんだんと冷たく、湿った空気が風になって吹き渡るのを肌で感じていた。

 

「……雨?」

 

 やがて、風が轟々と吹き荒び、森の樹々が枝葉を揺らしてザワザワと音を立てていた。まるで、山に呑み込まれるかと想うほど、周りの景色が陽を閉ざした様に暗くなっていた。


(──ザァァァァァァ)


 降り始めた雨が、バケツをひっくり返した様に容赦なく辺りに降り注ぐ。乾いていた地面には雨水が流れ始め一瞬にして、私と結くんの肌の上に雨粒が流れ落ちた。


「夕立ち……」

「結奈。あそこのバス停留所に屋根とベンチがあるから」

「う、うん。結くん、立てる?」

「あぁ。……どうにか」


 五年前──。ここは、バスの終点で転回場があった。それに停留所も。

 小学六年生だった時の私と結くんが、神社に駆けて行くのを目の当たりにして……眩暈がして気を失いそうになったけれど。

 霞の掛かった頭の中が、だんだんと鮮明になって来ている気がする。

 二人、何とか立ち上がって停留所の屋根の下まで歩いた。

 辺りは風の吹く音と、雨が停留所に吹き込む音だけ聴こえて……。ベンチに座る私たち二人以外には誰も居なかった。


「結くん。大丈夫なの?」

「あぁ。大丈夫。結奈は?」

「うん。大丈夫。それより……」

「見えたんだな。結奈にも。五年前の俺と結奈の姿が」

「……そうみたい」

「雨、凄いな」

「そうだね。ずっと、雨宿り?」

「結奈。けど、今は……」

「……二人を追わなきゃ、でしょ?」

「あぁ。あの時も、こんなに雨が」

「……降ってたんだよね。確か」


 私はベンチに座ったまま、サンダル履きの両足を揺らした。

 失くしていた記憶の中で、少しずつ想い出が甦る。

 私は、今まで結くんのことを忘れていた。結くんの言っていたこの先に待ち受けることまでは、思い出せないけれど。だんだんと、少しずつ少しずつ……。


 気がつくと、私の手が結くんの手に触れていた。


「結くん……」

「結奈?」

「……わ、私。結くんに謝らなきゃ」

「……どうして?」

「私、今まで、結くんのこと、忘れていたの。ごめん……」

「謝る必要なんてないよ」

「けど……」

「もし、そう想うなら、元の世界に帰ってから──結奈の気持ち聞かせてくれないか?」

「私の気持ち?」

「全部、思い出せた訳じゃないんだろ?」

「そりゃ、そうだけどさ……」


 確かに。私は記憶の全てを思い出せた訳じゃない。ほんの少し──、結くんが確かに居たってことだけ。小学六年生のあの時も、今居る鼎神社で……夕立ちの雨が突然降りしきる中、一緒に居たってことだけ。


 そう想うと──。結くんと触れ合った指先を、離したくはなかった。


「結奈。傘、借りようか?」

「え?」

「ほら、ご自由にお使いくださいって。傘、幾つか立て掛けてある」

「あ、本当だ……」


 善意の傘──。村の人が停留所に設置した置き傘。こんなのあったんだって、今更だけど驚いた。

 その中から大きな紳士用の黒い傘を選んで、雨が吹き荒ぶ空に向かって、結くんが静かに傘を開いた。


「行こうか、結奈。結奈も傘──」

「ううん。一つで良い……」


 結くんが、私を選んでくれた理由。想い出の中から、ずっとずっと……今日に至るまで。

 私は、この不思議な世界から、結くんと一緒に元の世界に帰ろうと想う。全部を想い出して──。

 

 結くんの差す傘に、そっと手を触れてみる。雨に濡れた結くんの手は冷たくて……温かかった。








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― 新着の感想 ―
支離滅裂な場面の変わりようが、なんだか夢を見ているような気分になりました。 今 ここにいる結くんは本物の結くん? それとも、ここにいる結奈ちゃんは本物の結奈ちゃん? うーむ、続きが気になりますね~m(…
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