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結と結奈の黄泉帰り。~初恋のカケラ石~  作者: すみ いちろ


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10/22

10.予期しない出来事。







「ごめん。結奈ユナ……今から会える?」

「え?」


 夜……。携帯から聴こえる声。街路樹の影。スーパーの駐車場の片隅。車のヘッドライトの明かりが走り抜ける。近くの小学校の歩道橋にある外灯だけが私を照らしていて。時折、バイクの音が響く。

 しばらくの沈黙──。心の中で電話の声の主が誰か確かめた。


「……近くに来てるの?」


 どうしてだろう。不意に、そんな言葉が不安混じりに口をついた。

 

「あぁ……。話したいことがあるんだ」


 停めた自転車のサドルに手を置いて、遠目にスーパーの出入り口の明かりを目にした。行き交う人たちは、誰も私を気に留める様子は無かった。


むすぶくん……だよね?」

「あぁ……」

「話したいことって……何?」

「……」


 りんに言われたのもあって。変に言葉が詰まる。私が結くんのこと好きだったとか、そんな記憶なんて無いのに。

 意識してないはずなのに、結くんが今から何を言おうとしているのか……そう言うのもあって。

 だけど、無言。

 ……背中の髪が夜の風に揺れる。言葉を待った。携帯電話に当てている耳もとが熱く感じられた。もう片方の手で背中の髪を、ぎゅっと胸の前で握り締める。風がもう一度吹いて、半袖の服の脇の下を通り抜けた。


「今、鈴の家から帰る途中なんだけど」

「……そうなんだ」


 それだけ? 曖昧な返事。

 私は携帯を持ったまま暗くなった空を見上げた。それはまるで、スーパーの駐車場の夜空に浮かぶ月のように、ボンヤリとしていて。何かを期待した言葉は、薄い雲が覆い隠す様にハッキリとしなかった。

 俯くと──、黒いアスファルトの上に私の足の二本の影が伸びる。振り返ると、外灯の白い明かりが眩しく光っていた。近くには私以外、誰も居なかった。


「……私、帰るね」

「桜ヶ丘公園で待ってる」

「え?」


 桜ヶ丘公園──。私の家の近くにある小高い丘の小さな公園。隣接された公民館では、文化教室や秋にはお祭りの太鼓の練習が催されていた。

 そんなことは記憶の中に残っているのに。結くんのことは思い出せない。けれども、今、どうして結くんが私に電話を掛けているのか。

 疑問を残したまま夜風が吹き渡った。街路樹の影に葉っぱの音がざわめく。風の音を聞いて耳もとを少し掻き上げた。電話からは何も聞こえなかった。


 ──プツリ……。

 途絶えた通話の音だけが聞こえた。一方的だった。切られた後の静けさに立ち尽くすしかなかった。携帯電話を耳元から離すと、車やバイクが走る音が聞こえた。すっかり暗くなった空を見上げると、雲間からはっきりとした月の輪郭が見えていた。今日は満月だった。


「結くんは……何を私に伝えたかったのかな」


 よく分からないまま、携帯電話を見つめて首をかしげる。一人呟いてから、サドルにまたがった。鈴に言われたことが頭の中を駆け巡る。それから、自転車を走らせて桜ヶ丘公園に向かうことにした。

 私が結くんを好きだったこと、結くんとは仲が良かったこと。それって……。

 自転車のペダルを踏む度、そんなことを想っていた。

 ……私の隣を無言で黙ったまま夜風が通り抜けた。









「どうして……。ドキドキする」


 ──自転車を走らせてペダルを漕ぐ度、息を切らせていた。言いようのない緊張感と夏の夜の蒸し暑さもあって、汗が流れる。その代わり、自転車で風を切る度、ほんの少しの涼しさを感じた。いつもの見慣れた風景が暗がりに紛れて、後ろへと流れて行く。歩道を歩いて居る人は少なかった。時折、車が私の自転車の直ぐ傍を通り抜けた。


「もうすぐ、桜ヶ丘公園……」


 途中、グラウンドの照明が煌々と灯るスポーツ広場があった。広いし別に、ここでも良かったのにって想う。……どうしてだろう。私の家の直ぐ近くの公園で待ってるって……。

 左へと道沿いにカーブを曲がると、暗い山のふもとに公民館がポツリ……桜ヶ丘公園の外灯に照らされているのが見えた。辺りは、すっかり暗闇に包まれていて──それから小さな坂道を登ると公園の入り口に辿り着いた。


 ──公園の外灯の明かりを背負う人影が見える。暗がりの中、それが誰なのか直ぐに分かった。私は自転車から降りて、ゆっくりと近づいた。


「結……くん?」

「結奈。急に呼び出して、ごめん」


 ……告白とか? まさかって、鈴の言葉を想い出す。他の理由を考えてみても思い浮かばなかった。私は気持ちに整理のつかないまま、公園の外灯を背にした結くんに話し掛けた。いつもより背が高く感じられて、結くんは涼し気な顔をしていた。


「話って?」

「いつまで、ここに居られるの? 結奈……って」

「いつまでって、どう言うこと?」


 ──告白……じゃ無い。それは予想外の言葉だった。

 結くんの頭の真上で満月が煌々と光っていた。ホッと、ひと安心していたはずが……まだ胸が高鳴って居てドキドキする。私は少し俯いてから、胸の辺りで髪の毛を触った。一体、結くんて──。

 

 顔を上げると、結くんが真顔で私を見つめている。今にも私に告白しそうな何かを感じるけれど……。結くんの目が、何か光みたいなのを宿して居る様に感じられて。まるで、お月様に見つめられているみたいに、私はボーッとしてしまった。


「いつか、結奈が……。また、消えてしまうんじゃないかって」

「消える? 私が?」


 唐突な言葉──。けど、それは、あの時も……。結くんと初めて会った時の不思議な出来事を、私は不意に想い出した。

 少しの沈黙。公園が山の麓にあるせいか、虫の鳴き声がよく聴こえる。夜でも、まだ蒸し暑くて。時折、夜風が結くんと私の間を吹き抜けて……。その度、私は髪を触っては小さな街の明かりの灯る夜景を見ていた。


「前にも言っただろ? かなえ神社で結奈に会うまでの五年間。結奈は、消えて……」

「え? 鈴は私やきょうくんと結くんも、ずっと一緒に学校とかで会ってたって」

「そうだね……。けど、それは本物じゃ無い」

「本物じゃ無い? 今日だって、鈴に会って。話して……」

「この世界じゃ、そうなんだ。それが、本当になる」

「え、いや……。ちょっと、待ってよ。どう言うこと? 思考が追い付かないよ……」


 私の言葉の後……結くんは、黙って悲しげに俯いていた。ポケットに手を突っ込んだかと思うと、くるりと私に背を向けて。さっきの私みたいに、この公園から見える夜景を見ながら……ポツリと呟いた。


「ここじゃ、俺。……一人なんだよ」

「え? 言ってる意味が、よく分からないよ……」


 さっきからの私の問い掛けを無視するみたいにして、結くんが話を続けた。どうして、正解を教えてくれないのか。本当のことを話してくれないのか。……私には分からなかった。

 私は俯いたまま、一歩も動けなかった。結くんの隣に並んで夜景を見ることも出来なかった。

 ただ、告白とか勘違いした私の胸の高鳴りは、もっと大きな真実に直面した様にドキドキとしていた。鳴り止まなかった。胸の鼓動が……早く告げて欲しいと、訴え掛けて居るみたいだった。


「ねぇ、本当のことを教えてよ……」

「だから、俺。結奈が、こっちに来てくれて嬉しかった」


 不意に振り向いた結くんの笑顔──。キラキラと小さく光る街の宝石箱の様な夜景を背にして。

 ずるいって言うか、それは……結くんと知り合ってから初めて見た笑顔で。もしかしたら、結くんが言う様に一人なら……ずっと、曇ったままだったのかも知れない。結くんの心の中は。

 だからなのかな……。鈴や響くんとは違って結くんが、いつも一歩引いた感じだったのは。

 

 私なんかが一体、結くんにとっては、どれ程の意味を持つのかな。……不思議だった。


「……こっちに来てくれてって。私は、ずっと此処に居るんじゃないの?」


 私は一歩、結くんに近づいて尋ねてみた。風が吹く度、結くんが私に何かを答えてくれそうな気がした。

 胸に手を当ててみると、まだ心臓の音が高鳴っているのが分かった。何かが分かりそうな……そんな気がしていた。けれども、心なしか結くんの姿が儚げに薄く見えたのは何故だろう。気のせいなのかな……。


「……そうじゃないよ。結奈は、この世界の住人じゃない。それから……俺も」

「そうなの? この世界の住人って」

「色々と探しあぐねて……五年間。ようやく辿り着いたんだ」

「何処に?」

「鼎神社。もう一つの。あの場所よりも大きな」

「近いの?」

「割と、直ぐ近く。ちょっと、離れてるけど。自転車で行ける距離。それから──」


 何かを話そうとした結くんが、今度は私へと一歩──。近づいて……目の前で、手のひらを広げて見せた。


「……薄くない? 長く此処に居るせいかな。……だんだん、此処の世界の住人になって行く気がして」


 よく見ると──。それは、暗がりのせいなのか、透けてはいない様にも見えたけれど。近くに設置された外灯の明かりが届いていない様にも思えて。

 だけど、同じ場所に居るのに。私の手のひらの肌色よりも、ずっと鈍くて……くすんで見えた。


「ごめん。……ちょっとだけ、触れるよ?」

 

 私は、そう言って。恐る恐る……ほんの少し。軽くだけど、人差し指で……結くんの手のひらに触れてみた。


「大丈夫……みたい」

「……今はね」


 何だか、思ったよりも温かみを感じて。柔らかかった。……結くんの手のひら。

 思ってたよりも、何だかドキドキした。けれど、今は、そんな場合じゃなかった。


「どうすれば、良いの? どうすれば……結くんは、助かる?」

「分からないよ。でも、唯一つ。鼎神社の人が言うには……」

「鼎神社の人? 巫女さん?」


 巫女さん──。自分で言ったその言葉に何かを感じた。……どうしてだろう。記憶の扉を開ける鍵の様な。けれど、そこまで出かかってはいても、それ以上は何も思い出せなかった。もしかしたら、結くんには時間が無いのかも知れないのに。

 私は、結くんの手のひらに触れたまま顔を見つめて──何度か、まばたきをした。

 ゆっくりと息を吐いた結くんが、私の目をじっと見つめてから……謎めいたことを話し始めた。


「ここは、意識とか思念とか想いとか……。魂が一時的に集う場所なのかも知れない。それゆえ、えにしの強い者でなければ、此処に残された者を現世うつしよに連れ帰れないのかも知れない。だから──」

「……だから?」


 そう言いかけた結くんが俯いて。何処か恥ずかしげに口をつぐんだ。

 再び顔を上げた結くんが、何かを躊躇うように──言葉を詰まらせていた。

 それから、その何かを決意した結くんが、口にした言葉に私は戸惑いを隠せなかった。とても、結くんの後ろで輝く満月が眩しかった。


「え、えにしを深める必要がある……って。巫女さんが……」

「……そ、そうなんだ……」

「だから……。明日、一緒にこの街を出る列車に乗ってみて欲しい」

「れ、列車?」

「あぁ、この世界のことが、結奈にも少しは分かると思うから……」


 






 



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― 新着の感想 ―
[良い点] >公園の外灯の明かりを背負う人影が見える。 この部分の表現が良いですね。好きです。 [一言] これからふたりに何が起こるのかどうなっていくのか──気になります。 次回も楽しみにしてます(…
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