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虐遇対策機関の匿名生  作者: ぺんぺん
2/3

田辺2

「じゃあ田辺君、次読んでくれる?」


国語教師兼、高校二年である田辺のクラスの主任である弓川が田辺を指名する。


「は、はい、えっと……」


 田辺は教科書を手に取り、席から立つと音読を始める。


「人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又は……」


「っはは……」


 田辺が音読する最中、クラスの後席から小さな笑い声が聞こえる。

 その声は西岡のものだった。


「っこら、西岡君。

 田辺君が真面目に読んでるんだから笑っちゃダメでしょ」


「すみません、反省します」


 田辺は読み終わると、着席をする。


「ありがとう、田辺君。

 いま田辺君が読んでくれた文はね、人権侵害についての一文なの。

 要するに人の尊厳を侵害しちゃいけない。

 もしそんな不当な目に遭っている人がいたらみんなで助け合おうっていう……あっと」


 弓川が解説する途中で、授業終了のチャイムが鳴る。


「この続きはまた今度、お昼休み楽しんでね」





 俺の名前は田辺 信太郎。

 私立凛堂学園の昼休みにアンパンをかじっている高校二年生だ。


 クラスでは田辺を除く、仲のよいグループが和気藹々と昼休みを楽しんでいた。

 そんな中、田辺は自席で一人食事をする。


 入学してからこの二年間、田辺と食事をする者はいない。

 二年という長い歳月は、それが当たり前の日常となり、田辺を気に留める者は誰一人としていなかった。

 

 ……みんなで助け合おう、か。


 田辺はアンパンを食べながら弓川の授業を思い出す。

 人権を侵害する、学園で言えば「いじめ」にあたるだろうか。


 西岡という生徒からパシられたり、暴力を受けている現状を考えると、田辺は「いじめ」を受けている。

 だが、それを止めようとする者はいない。


 それもそうだろう。

 どこの学園でも「いじめ」はある、わざわざ声を上げて正義感を振りまくようなことはしない。

 次の対象は自分になるかもしれないのだから。


「田辺君」


 田辺は後ろから声をかけられる。


「……に、西岡君……」


「昨日頼んでおいたもの、買ってきてくれた?」


「……む、無理だよ。

 家にそんなお金ないし、あんな高価なもの……」


「……ふーん」


 西岡はニヤつくように呟く。


「そっか、それは残念」


「……ご、ごめん……」


「いや、気にしなでくれ。

 そのかわり、今日の放課後買い物に付き合ってくれる?」


「……」


「嫌かな?」


「わ、わかった……」


「よかった。

 俺これから茜と食事だから、また放課後」


 西岡はそう言うと、クラスから出ていく。

 西岡がクラスを出ていくと、クラス内が騒ついた。


「田辺の奴、西岡君にまた絡まれてるよ」


「ばかっ、西岡君に聞こえるよ」


「やべっ」


 その中でも、比較的近くに座っている男女の会話がヒソヒソと聞こえる。


「でもまぁ……こう言っちゃなんだけど、俺が田辺じゃなくてよかったよ。

 もし俺が西岡君のターゲットになったら、学校これねーもん……」


「そういう意味で言うと、田辺ってタフだよね。 学校だけは毎日きてるし」


「確かに……そういえば、夜桜さんって西岡君と付き合ってるんだよな?」


「そうそう、やっぱイケメンと美少女はくっつくって感じ?」


「いいなぁ、夜桜さんまじかわいいもんなぁ……。 西岡君が羨ましいよ」


「私も西岡君と付き合いたいわぁ。

 あの爽やかさにちょっとだけ、俺俺系が混じってるのがいいのよねぇ……」


「いや、顔で選んでるだけだろ」


「それはあんたもでしょーが」


「っはは、ちげぇねぇ」


 クラス内であちこちで会話が交わされる中、田辺は最後のアンパンを口に放り込む。


 ……顔で選んでるか。田辺はいじめの対象になりやすい容姿という事になるだろうか。


「おい、田辺」


「え?」


 同じクラスの男子生徒から、また声をかけられる。


「弓川先生が今から職員室まで来てくれっだってさ、それだけ」


「わ、わかった」


 男子生徒そう伝えると、田辺と関わりたくないという反応のように、その場から離れて自席に向かう。

 余程の事がない限り、田辺に話しかけたがる者はいない。


 今日はよく人に話しかけられる……何ヶ月ぶりだろうか。

 ……しかし弓川先生、俺に何の用だ。


 田辺は席から立つと、職員室へと向かう。





「田辺君、来てくれたのね」


 弓川は訪れた田辺に声をかける。

 食事を終えてまもないのか、弓川の席の上には手作り弁当が片付けてあった。


「えっと……僕に何か用ですか?」


「そうね……何から話したらいいか……」


 うーんと困ったような顔を浮かべる。

 弓川先生は凛堂学園に赴任してから、まだ三ヶ月程の若手美人先生だ。

 愛想がよく、スタイルも顔もよく、さらに未婚とのことで、先生からも生徒からも男から人気を誇る。


「その……最近困ってる事とかない?」


「困ってることですか?」


「うん、例えば交友関係とか……」


「交友関係、ですか……」


 田辺はそう呟きながら、呼ばれた理由をなんとなく理解する。


 弓川先生の耳にも、西岡が自分に暴力を振っているという噂が入ったのだろう。

 それに、弓川先生はまだ学園にきてから日が浅い。

 この学園が契約しているのを知らないのかもしれなかった。


「特には……ないと思います……」


「……そう? それならいいんだけど……」


「あまり話すの得意な方じゃないから……それに、そもそも友達が少ないし……」


「……そっか、でも、最初は何事も勇気だよ。

 苦手かもしれないけど、友達っていつか必ず将来の財産になるから、勇気を持ってちょっとづつ友達作っていこう!

 先生でよければ何でもするからさ!」


「……は、はい、ありがとうございます。

 あの、ごめんなさい。そろそろ教室に戻ってもいいですか?

 次の授業が……」


「あ、うん!わざわざ来てくれてありがとう」


「それでは……」


「っあ、田辺君!」


 弓川は教室に戻ろうとする田辺を呼び止める。


「はい?」


「本当に困ってることがあったら、いつでも相談してね。

 先生は田辺君の味方だから」


「……はい、ありがとうございます、先生。

 でも、本当に困ってることなんてないですよ」



◇ 学園の裏庭



「おらぁぁアンパン!!

 ブタみてぇにブクブク太りやがって!!」


「出荷してほしいの!? ねぇ出荷してほしぃの??」


「おぐぅぅ!!」


 俺の名前は田辺 信太郎。

 私立凛堂学園に通う放課後に蹴られている高校二年生だ。


「本当に蹴りやすいなてめぇはよぉ!!」

 将来はワールドカップに出場するかぁ!?

 ボールとしてよぉ!!」


「シュートとドリブルどっちされたい!?!?」


「あぶぅあああぁあぁぁ!!」


 昨日と同様、田辺は刈り上げと茶髪の男子生徒にゲシゲシと蹴られる。


「田辺君ってさぁ、そんな体型なのにお金ないなんて嘘ついてるよね?

 そんなに太ってたら、毎日美味しい物食べさせてもらってるんでしょ」


 西岡は蹴られまくる田辺を見ながら尋ねる。


「ほ、本当にないんだ……この体型は生まれつきで……」


「っはは、生まれつきその体型なの?

 両親恨んじゃうねぇ、それ」


「…………っ」


「ダンマリきめてるんじゃねーぞシュゥゥゥート!!」


「あがうぁぁぁ!!」


 田辺は刈り上げにお腹を蹴り上げられ、悲鳴をあげる。


「茜さんもどう? コイツ蹴るの気持ちいっすよ。

 なんかやわらかさの奥底に硬いものがあって、蹴る感覚が最高なんです」


 スマートフォンを弄ってつまらなそうにしている茜に、刈り上げの男子生徒は尋ねる。


「なにそれ、意味わかんない……。

 私はいいわよ、蹴ったってなんにもなんないし」


 田辺には目もくれず、茜は携帯を操作しながらシレっと答える。


「あれっ? もしかして茜、このブタに同情してる?」


「っは? 興味がないだけっていっての。

 1ミリも同情なんかしてないわよ」


「っはは、茜っぽいね、ところでさ」


 西岡はそう言うと、話を切り替える。


「皆に合わせたい人達がいるんだけど、この後時間とってもらっていい?」


「合わせたい人達……? 誰よそれ」


「っほら、俺大学のボクシングサークルでボクシング習ってるだろ?

 その人達に彼女を見せろって煩いから、携帯で茜の画像みせたんだよ。

 そしたらどうしても茜に会ってみたいって断れなくてさ」


「はぁ!?」


「うわっ、やっぱり茜さんモテモテっすね!!」


「そりゃそうだ、西岡君と一緒でモデルにも誘われた事あるんだから」


「ちょっと、何勝手に決めてんのよ!!

 私全然許可してないんだけど!?」


「あーかーねー、頼むよ、今度何か買ってあげるからさ。

 お世話になってる先輩なんだよ」


「……ったく、今回だけにしてよね」


「さんきゅ〜茜、それとさ」


 西岡は地面に這いつくばる、田辺に視線を向ける。


「田辺も連れてきてくれる?」


「っえ? アンパンをっすか?」


「っほら、ボクシングサークルだからさ。

 先輩達にも貸してあげようと思って」


「ぎゃはは〜!! アンパン南無さん!!

 アンコ飛び出ちゃうかもね!!」

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