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二人の距離

「マリア」

「イーサン。ごめんなさい。私に派手なドレスは似合わないわ」

「マリア、全然派手じゃないよ。君にすごく似合っていた。本当だよ」

「無理をしなくていいのよ。私には似合わないって知っているの」


 マリアが幼いころ、アナベルはマリアに「そんな似合わないドレスなんて着て、みっともない」と言った。

 そのときに着ていたのは、父デヴィッドがプレゼントしてくれた、ピンクの可愛らしいフワフワしたドレス。

 リボンがふんだんに使われていて、ベルトの部分に銀糸で花の刺繍がされていて、光が当たるとキラキラと光る、お姫様が着るような素敵なドレス。

 今までそんな素敵なドレスを着たことがなかったから、デヴィッドに、「特別なパーティーで着るのだよ」と言われていたけど、侍女にお願いをして着させてもらった。


 まるでお姫様みたい!


 ドレスを着たマリアは、うれしくなってその姿のまま部屋を出た。

 もし、今のマリアの姿を見たら、アナベルが褒めてくれるかもしれない。いつも、地味で可愛くないと言っていたけど、今のマリアはお姫様みたいだし、ドレスもよく似合っていると侍女も褒めてくれた。だからアナベルも褒めてくれると思ったのだ。


 だが、マリアを見たアナベルは、冷めた目をして大きな溜息をつき、「みっともない」と言った。

 マリアはそれから可愛らしいドレスには見向きもしなくなった。


 そして、「あなたのために用意をしたのよ」と言ってアナベルから渡されたドレスは、茶色や、葉の色に近い緑、黒に近い藍色といった、とても幼い少女が着ることなどないような色のドレス。

 それでも、初めてアナベルが自分に似合うドレスをプレゼントしてくれたことがマリアはうれしかった。それに、そのドレスを着ると「あなたにはその色が似合っているわ」とアナベルに褒められた。それからは、ずっとアナベルに褒められた色のドレスを着ている。


「マリア。君が着ているのは部屋用のドレスだろ?外出するときに着るドレスではない」

「ええ、そうね」

「そのままではカフェに行けないんだ」

「だったら帰るわ」

「……マリア」


 もしかしたら言いだすかもしれないと思って、できるだけ避けようとしていたのに、やはり言われてしまった。


「頼むからそんなことを言わないでくれ」

「イーサン。私のことは気にしなくていいから、ほかの誰かを誘って行ってちょうだい」

「マリア!」


 イーサンの顔が青くなった。


 イーサンにはどうしたらいいのかわからない。

 すると、「あっ!」と声を上げて手を叩いたオーナーが、何やら小さな箱を持ってきた。その中に入っていたのは緑色のチュールを重ねたペティコート。

 腰の部分を結ぶだけで、ドレスの雰囲気を変えることのできる優れもの。これまでにないお洒落なペティコートを作ろうとしているオーナーの渾身の一作だ。


「今お召しのドレスに少し加えるだけですので派手にはなりませんし、外出用になるかと」


 そう言ってオーナーがマリアの腰にペティコートを巻いた。

 すると、華やかさが一気に増して、外に出ても恥ずかしくないドレスに変わった。


「うん、すごく良いよ」


 イーサンはとてもうれしそうに笑う。反対にマリアは困ったような顔をした。


「私には似合わないのに」

「何を言っているんだい。ドレスは君が着ていたものだし、このペティコートだって緑だ。とてもよく似合っているよ」


 そう言うとイーサンはさっさと請求書にサインをして、「また来るよ」とオーナーに声をかけて、マリアの手を引き、店を出た。


「イーサン」

「すごく似合っている。とても……」


 可愛いよ。


「……」


 それ以上、何も言わずにカフェを目指す。馬車で行けばすぐだが、こんなチャンスを逃す気はない。ゆっくりと歩いていくつもりだ。


「明日から、南のカザフ領に演習を兼ねた遠征に行くんだ」

「そう」

「二週間は戻ってこないから」

「うん」

「カザフ領の特産は、特別な花から取れる蜜で作ったシロップなんだ。マリアは甘いのが好きだろう?お土産に買って来るよ」

「……」


 二人の会話はいつも一方通行。でも、イーサンは話しつづける。マリアはときどき相槌を打って、ときどきペティコートに触れて。

 表情のないマリアの顔からその心情は読み取れない。だけど、何度もペティコートに触れてかすかに口角を上げているのを見ると、マリアが喜んでいることがわかる。きっとそれがわかるのはイーサンだけ。


 よかった、嫌がってはいないみたいだ。


 イーサンはこうしてマリアと外を歩いたことはほとんどない。もともと部屋に閉じこもりがちというのもあるが、一番の理由はマリアの母アナベルが、マリアが外に出ることを嫌うからだ。だからマリアもそれを忠実に守ってほとんど屋敷を出ることはない。デートの誘いに応じてくれたこともないに等しい。


 つまりこうしてマリアを外に連れ出せたのは奇跡に近いのだ。


 なぜ、アナベルがマリアを外に出したがらないのか、はっきりした理由はイーサンにはわからない。誰もその理由をイーサンに教えてくれる人はいない。イーサンの両親もデヴィッドも、そしてアナベルも。


 ただ、アナベルのマリアを見る目は、とても自分の娘に向けるものではないというのはわかる。そして、イーサンに向ける目も、自分の娘の婚約者に向けるものではない、と。


 のんびりと三十分ほど歩くと目的のカフェに着いた。ピークを過ぎているため、席はそれなりに空いている。


「席は自分で選んでいいんだ。マリアはどこがいい?」


 イーサンは一応聞いているが、きっとマリアはこう言う。


「どこでもいいわ」

「そう言うと思った。それなら、あそこにしよう」


 そう言ってイーサンが向かった場所は、店の奥のソファー。隣の席と離れていて人目に付き難い。マリアは人の多い場所をあまり好まない。だから、二人掛けのソファーで、隣同士に座る席であることは内緒にしてマリアの手を引いた。


「この店はアールグレイの紅茶がおいしいって評判なんだ」


 マリアがメニューを広げる前にイーサンが言った。


「え?」


 その言葉にマリアの顔がほんの少し輝いた。


「私、アールグレイが好きなの」


 知っているよ。君は甘いものが好きだから、紅茶には砂糖とミルクをたっぷり入れるのに、アールグレイには入れないんだ。君のことならなんでも知っている。でも言わない。なんだか、負けた気分になるからね。


「そうか、ならよかった。それにね、ここのキーライムのケーキは絶品なんだ」

「え?」


 マリアの顔がわずかに緩んだ。


「キーライムのケーキも好き」


 知っている。だから君を連れてきたかった。


「ならアールグレイとキーライムのケーキを二つずつ注文しよう」

「……なんで?」

「え?」

「イーサンはダージリンとミルクケーキでしょ?」

「……」


 どうして知っているんだ。俺はアールグレイの香りが苦手だし、ミルクケーキが好きだって。


「あなたはミルクケーキしか食べないでしょ?それに、アールグレイの香りは強すぎるから苦手だって言っていたじゃない」


 そうか。俺の言葉を覚えていてくれたのか。


 そう思うだけでイーサンの顔は赤くなるし、少し涙が出てくる。思わずマリアから顔を背けてしまった。

 恋煩いよりひどい重度の病だ、とバルトに呆れ顔で言われたがその自覚はある。


 こんなことで泣けてしまうなんて情けない。イヤ、俺、病気だって、バルトに言われていたな。それなら、これは感激病かな?涙腺ゆるゆる病かも。……違うな、これはただの片想いだ。


「うん、ミルクケーキが好きだ。アールグレイの香りはあまり得意じゃない」

「知っているわ」


 マリアが少し笑った気がした。






 

読んでくださりありがとうございます。

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