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恋とは

 リベナに久しぶりの客が来た。マーロンだ。王都の一等地に店を構える、生活雑貨を扱う店で働きはじめてから、忙しくてリベナに顔を出すことも難しくなってしまった。


「おお、坊ちゃん。お久しぶりですな」

「おじさん、元気ですか?」

「ええ、お陰様で。坊ちゃんもお元気そうで」

「ははは、そろそろ坊ちゃんはやめてよ」


 二十歳を越えても坊ちゃんと言われるのは、さすがに恥ずかしい。


「隣国に買付に行ったときに、本を探してみたんだ」


 マーロンは今でもこうして本を買っては届けてくれる。今の仕事も主な内容は買い付けだが、これまでと違うのは王国内だけでなく、外国にまで足を延ばしているところ。

 お陰で少しではあるが、リベナに外国語の本が並んでいる。


「仕事は順調そうですね」


 エリオットはニコニコして礼を言い、買値と同じ金額の金を渡し、本を受け取った。以前、買値に上乗せして金を渡そうとしたら、マーロンが断ったからだ。すでに自分は従業員ではなく、本を買うのはマーロンが勝手にしていることだから、という理由で。


 仕事はエリオットが言ったとおり順調だ。

 古書の買い付けをしていたからか、マーロンはいろいろな所に行くことに抵抗はないし、外国に行くようになってからは、苦労も多いがやりがいを感じている。言葉の勉強も一生懸命しているし、先の買い付けで新しいスパイスを仕入れたところ、予想以上に人気が出たため、近いうちにもう一度買い付けに行くことになりそうだ。


「順調だよ、仕事は」


 マリアのそばにいたいと思って探した仕事だった。

 最初、店先での売り子と商品管理をするという仕事内容で雇われたが、マーロンの持つ他領に関する知識と経験に感心した店主が、買い付けの仕事をしてみるか?と聞いてきた。最初は断った話だったが、外国にも買い付けに行くなんて聞くと、マーロンの好奇心が激しく揺さぶられた。そして、その魅力的な話にうなずいてしまったマーロン。


 結果として、仕事にはやりがいを感じている。が、残念なことに、これまで以上に王都を離れる時間が長くなってしまった。マーロンが必死に働いた結果ではあるが、店主はますますマーロンを気に入り、新しい商品を自分の判断で買うことまで許可された。そして、初めて購入したスパイスが大当たりをしたのだ。それに気をよくした店主が、これまで少ししか扱っていなかった異国の食料品を、これを機にもっと増やしていこうと言いだし、マーロンはその責任者になった。当然、これまで以上に外国への買い付けに行く機会が多くなるだろう。


 お陰で、忙しくて毎日が充実している。それと同時に諦めも。


 新しい仕事に就いたばかりのころは足繁くリベナに通っていたが、買い付けに行くようになると、月に一度顔を出せればマシになった。そして、マリアがベンジャミンに絡まれたとき、マーロンは遠く異国にいて、帰ってきたときにはすべてが解決していたし、マリアとイーサンの距離がグッと近くなっていた。


 いったい自分は何をしているのかという情けない思いが、リベナへ向かう足の重石となって、なかなかここまで来ることができなかった。


「失恋、なのかな」

「……諦めるのですか?」


 マーロンの気持ちを知らないエリオットではない。だからといって全力で応援もできない。結局、当事者の気持ちに寄りそえば、余計な口出しをせず見守る以外にできることなんてあまりないのだ。


「……僕さ、今の仕事場のお嬢さんとの結婚の話があるんだ」

「……そうですか」

「今の仕事も好きだし、ありがたい話だなと思って」

「……」


 店主の娘と結婚をするということは、婿入りをして仕事を継ぐということ。婚約者が決まっていないマーロンにとってはもったいないくらいの良縁。


 だけど。


「……」


 マーロンにはその縁を蹴ってまでマリアを追いかける勇気がない。結婚を断れば、仕事を続けることができなくなるかもしれない。もし続けることができても色々と弊害が出てくるだろう。


「それに、お嬢さんはとてもいい人で、僕より年上なんだけど優しい人なんだ」

「そうですか」


 すこしだけぽっちゃりとしていて、優しい笑顔を向けてくれて、マーロンと話をするときわずかに頬が赤くなる。控えめで気遣いができて、彼女を見ているとなんとなく安心する。「父のお眼鏡に適う人がなかなかいなくて」と、過保護な店主に困ったような笑顔を向ける。そんな女性だ。


 マーロンは、少し寂しそうな顔をして微笑んだ。


「……今日はもう帰るよ」

「マリアちゃんには会っていかないのですか?」


 エリオットは少しだけ目を見開いてマーロンに聞いた。


「ちょっと、今はマリアに会いたくないんだ」

「……」

「本当は、今日もビクビクしながら来たんだよ。……情けないけど」


 意気地のない自分はイーサンと張り合う勇気もない。マリアに想いを告げて拒絶をされるのも怖い。マリアに振られたら店主の娘、という打算的な考え方もしたくはない。


「また来るよ。そのときはマリアの顔を見て話ができるようになっていると思う」

「……お待ちしていますよ」


 マーロンはニコッと笑って店を後にした。


「恋とは、……厄介なものですな」


 エリオットは店を出ていくときの頼りないそれぞれの背中を思い出して、それから新聞を開いた。






読んでくださりありがとうございます。

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