邪魔をされたパーティー
クリンフォッド侯爵邸に馬車が到着し、少しずつ人が集まり始めたパーティー会場。
しかし、もうすぐパーティーが始まる時間だと言うのに、集まっている人数が少なすぎる。招待状は二カ月も前に送っていて、多くの人から参加をすると返信を貰っていたのに、都合が悪くなりパーティーに参加できないと、数日前からお詫びの手紙が何通も届いていた。そして、いまだに顔を見せない招待客の数は、お詫びの手紙の数より多い。
「どういうこと?」
パーティー会場につながる廊下から外を見ているミリアーナの顔がゆがみ、扇でパチンと手の平を叩いた。
ミリアーナの開くパーティーで、このようなことは今まで一度もなかった。
「スチュワート伯爵は?」
「まだいらっしゃっていません」
侍女長が少し顔を青くして答えた。
「イーサンとハンナ嬢は?」
聞くまでもないが。
「まだのようです」
ミリアーナはついに手に持っていた扇を床に投げつけた。
「まさか、このまま来ないつもりじゃないでしょうね」
しかし、ガッシュリードとハンナが来ないなんてことは考えられない。いったいどうなっているのか?
ガッシュリードは最近新しい鉱山を買ったとかで忙しいらしく、まったく顔を見ていない。
ハンナは一時期体調を崩したが、最近はお茶会やボランティアなどに積極的に参加し、とても忙しく過ごしていると聞いた。それに、淑女としての教養を身に着けるべくドシアン公爵家に通い、マーガレットとも親交を深めているとか。
それなら問題はないはずなのに、この嫌な胸騒ぎはなんなのか。
「奥様」
廊下を早足で歩いてくる侍女。
「ドシアン公爵夫妻とそのご子息がいらっしゃいました」
ようやくか。
ミリアーナは思わずホッと息を吐いた。
「まったく。ヒヤヒヤさせないでほしいわ。それで、ハンナ嬢とスチュワート伯爵も一緒なの?」
「い、いえ。一緒にいらっしゃるのは、シャノン・ブロムラント公爵令嬢です」
ブロムラント公爵令嬢?
ミリアーナは慌てて会場の入り口に向かった。そこにいたのは、アンドルー、マーガレット。イーサン、ブルース、キングストンの三兄弟。そしてシャノン・ブロムラント公爵令嬢。
「イーサン!」
駆けよって来るなり、ミリアーナがイーサンを睨みつけた。
「ご無沙汰しています」
イーサンがそう挨拶をすると、ミリアーナは目を吊りあげて声を荒らげる。
「いったいどういうこと?お義姉様、ハンナ嬢はどうしたの?お兄様?」
「まぁ、ミリアーナ。そんな大きい声を出すなんて。シャノン嬢が吃驚してしまうわ」
マーガレットは可愛らしい笑顔で、シャノンの肩を抱いた。その様子を見てミリアーナがキッとマーガレットを睨みつける。
「なぜ、ブロムラント嬢が?」
「ああ、そうだわ。紹介が遅れたわね。ドシアン公爵家の未来を担う二人よ」
「は?」
「ドシアン公爵家の後継者のブルース。そして、その婚約者のシャノン嬢よ。さ、二人共、叔母様にご挨拶なさい」
マーガレットがニコリと笑うとブルースとシャノンは二人揃って挨拶をした。
「ご無沙汰をしております、叔母様」
「初めまして。シャノン・ブロムラントと申します」
ミリアーナは手を震わせ大きな声で喚く。
「そんなことより、どういうつもり?ハンナ嬢はどうしたの?」
「ハンナ嬢?どうして彼女が?」
マーガレットは、いったい何の話をしているのかわからないわ、と言って首を傾げた。
「とぼけないで。彼女はイーサンの婚約者よ。あなただって、そういうつもりでハンナ嬢と仲良くしていたんでしょ!」
ミリアーナがそう言うとマーガレットがプッと小さく吹きだした。
「どうして、そんなことを言うの?確かにハンナ嬢とはとても仲良くさせてもらっているけど、イーサンの婚約者だからではないわよ。それに、彼女は来年にはボリストン王国のワイズナー侯爵子息と正式に婚約をする予定なのよ。イーサンと婚約なんてするはずがないでしょ?」
「……は?」
「あら、知らなかった?彼女はとても勉強熱心ね」
「……なにを?」
「侯爵家に嫁いでも恥ずかしくないように色々と教えてほしいって、私のところに教えを乞いに来たのよ。ふふふ。私、ハンナ嬢のことをとても気に入ってしまったの。頑張る女の子って素敵よね」
「何を言っているの?」」
「ハンナ嬢は、ワイズナー侯爵子息と親睦を深めるために、ボリストン王国に向かったわ。今日旅立ったのではなかったかしら?ねぇ、アンドルー?」
マーガレットが振りかえってアンドルーを見ると、アンドルーが大きくうなずいた。
「ああ、そう聞いているよ」
「お兄様?」
アンドルーはミリアーナを見て大きな溜息をついた。
「いったいお前は何を騒いでいるのだ?だいたい今日のパーティーでイーサンの婚約を発表するとはどういうことだ。ハンナ嬢とイーサンは友人関係にはあるが婚約者ではないぞ。勝手なことをするな」
「アンドルー、いいのよ。ミリアーナはイーサンのことを心配してくれたのよ。ね、そうでしょ?」
マーガレットは微笑んでいるが、その目は笑っていない。
「それにしても、……盛大にって言うわりには」
会場の中をチラッと見たマーガレットがクスリと笑う。
「全然人が集まっていないようだけど」
ミリアーナはハッとしたように、マーガレットを見た。
「……まさか、今日のパーティー、あなたが?」
手を回した?招待客がパーティーに参加しないように?マーガレットが?お兄様が?
「何のことかしら?……でも」
ミリアーナを見るマーガレットの目はとても冷たくて、ミリアーナの背筋にゾッとする何かが触れた気がした。
「せっかく開いてくれたパーティーだけど、事実と違うことを発表されるのは迷惑ね」
「……」
「アンドルー」
マーガレットがそう言うとアンドルーがマーガレットの手を取った。
「ミリアーナ。すまないが我々は帰らせてもらうよ」
アンドルーとマーガレットが踵を返すと、イーサンたちもそれに倣った。
「ば、ばらしてもいいの?言うわよ、あなたたちの秘密!」
自分に背を向けたドシアン公爵家の人々に向かってミリアーナが大きな声を上げた。
その声に足を止めて振りかえったマーガレットはニコッと笑う。アンドルーは大きな溜息。
「好きにしなさい。皆様、きっと若気の至りと笑ってくださるわ」
そう言ってドシアン公爵家の人々はその場を後にした。
「……許さない、絶対に許さない!」
しかし、その後ミリアーナがパーティーの参加者に吹聴して回った四人の『ふしだらな関係』は、参加者たちの乾いた笑いに埋もれ、誰かの口に上ることもなかった。
だいたい、ドシアン公爵夫妻が不仲であるとは聞いたことがないし、そんな噂を信じるほうが難しい。
それに、たとえ過去にミリアーナの言う『ふしだらな関係』というのがあったとして、それを口にすれば自分たちがその先どうなるかなんて言わなくてもわかる。下手なことを言って自分に飛び火するより、学生時代の失敗など誰にでもあることと笑って口を噤み、首を突っ込まずに静観しているほう賢明なのだ。
そして、ミリアーナが開いたパーティーに上位貴族が参加することはなく、それどころか下位貴族の中にも参加しない者がいて、それが社交界の話題となった。盛大に行うと言っていたパーティーに、招待客が半分も参加しなかったのだから、『今一番旬の面白い話』と嗤いのネタにされるのは当然だろう。
その後、ミリアーナのもとにはパーティーやお茶会の招待状が届かなくなった。
それはつまり、社交界を締め出されたということ。その影響は当然のようにクリンフォッド侯爵家にまで及んだ。
クリンフォッド侯爵家を危うい立場に追い込んだミリアーナは、それから半年もしない内に離縁された。実家に帰ることもできず、家を追いだされた自分を助けてくれる友人もいないミリアーナは、持ち出した宝石を売った金と離縁の際に渡された手切れ金で小さな家を買い、独り慎ましく生きていくことになる。
読んでくださりありがとうございます。








