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公爵夫人と侯爵夫人

 クリンフォッド侯爵邸の美しい庭園の奥に建てられているガゼボ。六本の柱にアリッサムの花を模した鋳物のフェンスは白く、その周りに咲くメドーセージが美しい。

 そして花を愛でながらティータイムを楽しむ二人の夫人。

 ティータイムを楽しんでいる、とは言い難いヒヤリとした空気ではあるが。


「お久しぶりですね、お義姉様」


 ミリアーナにお義姉様と呼ばれたマーガレットは、ニコッと笑って「そうね」と返した。


 二人は義姉妹関係にあるが親密ではない。それに元を辿れば、ミリアーナは公爵令嬢でマーガレットは伯爵令嬢。たとえ今はマーガレットが公爵夫人で、ミリアーナが侯爵夫人だとしても、その血筋で言えば、間違いなくミリアーナのほうが上。そういう意味でミリアーナとマーガレットの立場は不変なのだ。だから、たとえ相手が公爵夫人といえども、ミリアーナはマーガレットを呼びだす。それがミリアーナの考え方。


 アンドルーはそんな妹に腹を立てているが、マーガレットは何も言わない。


「それで、今日はどのような用事で?」


 マーガレットが切りだした。世間話がしたいわけでもあるまい。


「お義姉様にお願いがあるのです」

「まぁ、何かしら?」

「今度、我が屋敷でパーティーを開く予定なのですが、そこでイーサンとハンナ・スチュワート伯爵令嬢との婚約を発表していただきたいの」

「……」


 驚いた。いきなり、本題に入ってきた上に、人の息子を勝手に婚約させようとしているとは。


「いきなり何を言いだすの?」

「お義姉様だってご存知でしょ?イーサンとハンナ嬢がいい仲だということは」

「知らないわよ、そんなこと」

「べつにとぼける必要はないわ。あんなに世間を賑わしておいて。二人きりで何度もデートだってしているじゃない」


 マーガレットが小さく溜息をついた。確かに、根も歯もない……とは言い難い話で新聞を賑わせたが、だからといって、家同士で話もしていないのに、結婚を前提のお付き合いなどあるはずがない。


「誰から聞いたのかは知らないけど、勘違いよ。だいたい、イーサンは結婚をする気もないのに、どうしてそんな話になるの?それに、もし、結婚をするとしても今じゃないし、相手はそのスチュワート伯爵令嬢?その方ではないわ」

「いいえ、イーサンはハンナ嬢と結婚をするわ」


 ミリアーナは自信たっぷりに言った。


「だから、勝手に……」

「ねぇ、お義姉様。私、知っているのよ」


 扇で口元を隠したミリアーナは、目を三日月の形にしてクスリと嗤う。


「え?」

「お兄様とお義姉様、パルトロー侯爵とアナベル。あなたたちが学生時代にどんな過ちを犯したか」


 マーガレットがビクンと肩を震わせた。


「なんのこと……?」

「とぼけちゃって。婚約者がいる身で友人の婚約者と恋人同士になるなんて、本当に信じられないわ。ねぇ、お義姉様。そんなことが世間に知られたら大変なのではなくて?」


 ミリアーナの言葉を聞いて、マーガレットが顔を青くした。


「ミリアーナ、あなた、なんでそのことを……」

「心配しないで。このことを知っているのは私だけよ。でも、お義姉様次第では、もっと知っている人が増えるかもしれないわ」

「ミリアーナ」


 マーガレットがミリアーナを睨みつけた。


「やだわ。そんな怖い顔をしないでちょうだい。それに私は難しいことをお願いしているわけではないのよ。イーサンだって結婚をしないといけない年だし、ハンナ嬢はとても可愛らしくて文句のない令嬢よ。いったい何が問題なの?」

「ドシアン公爵家の問題に、他家のあなたが首を突っ込んでいることが問題なのよ」


 ミリアーナは扇をパチンと畳んだ。


「私だってドシアン公爵家の人間よ」

「いいえ、あなたはクリンフォッド侯爵家の人間。ドシアン公爵家のことに口出しできる立場ではないの」

「ふざけないで。伯爵家の人間のクセに!」

「……」


 マーガレットは大きな溜息をついた。またそれか。

 マーガレットが何を言っても、ミリアーナは「伯爵家の人間のクセに」と言って聞く耳を持たない。これまでずっとそうだったのだから、今回も同じだ。


「とにかく、イーサンはハンナ嬢と結婚をしてもらいます。でなければ、あなたたちの醜聞が、世間に知られることになるわ」

「……」


 うつむいたマーガレットを見てミリアーナはフンと嗤い、マーガレットの前に封筒を置いた。


「これは?」

「パーティーの招待状よ。盛大に行う予定だから、イーサンにはハンナ嬢をエスコートしてくるように言っておいてちょうだい」


 顔を上げたマーガレットがミリアーナを見つめた。その顔は穏やかで、いつものマーガレットだ。


「用事はそれだけ?」

「そうよ」

「そう。それなら帰るわ」

「そうしてちょうだい」


 マーガレットは封筒を持って立ちあがると、ミリアーナを見て溜息をついた。


「何よ?」

「ミリアーナ。あなた、そろそろ自分の立場を理解したほうがいいわ」

「はぁ?」


 マーガレットはそれだけ言うと踵を返した。


「何よ、偉そうに。結局自分は私に歯向かうこともできないクセに!」


 ミリアーナはその場をあとにするマーガレットの背中を睨みつけた。




 馬車に揺られながら大きな溜息をついたマーガレット。


「まさか、ミリアーナに知られていたなんて」


 知られてしまったものは仕方がないが、まさか他家の婚姻に首を突っ込んでくるとは。いくらなんでも度がすぎる。


「まだ自分は公爵家の人間だと思っているのだから、困ったものね」


 プライドの高いミリアーナは、王国の女性の中で一番地位の高い女性として君臨したかった。つまり王太子妃となり王妃となるのが彼女の願いだったのだ。しかしその願いはかなわず、侯爵家に嫁ぐこととなり、ミリアーナのプライドはズタズタになった。そのせいもあって、自分が公爵家の人間で、王族の血を引いていることをことさら主張したがる。


「子どもを相手にしている気分だわ」


 それも、面倒な駄々っ子。


「本当に困ったものね」


 マーガレットは窓の外に目をやって、「イーサンの顔が見たくなったわ」と呟いた。







読んでくださりありがとうございます。

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