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悪漢退治

 店のドアが開いた。


「あ」

「よ、迎えに来たぞ」


 スノウが顔をのぞかせた。


「スノウ兄さん」

「待たせたか?」

「いいえ。おじさんと話をしていたから」


 マリアはそう言ってエリオットのカップにお茶を足し、自分の使ったカップを片づけた。


「それではおじさん。また明日」

「ああ、今日はゆっくり休んで」


 マリアとスノウは手を振って店を後にした。


「それにしても、なぜ迎えに来たの?」


 リベナから家までは五分と近い。しかもこんなに明るいのに、なぜわざわざ迎えに来るのか理解ができないのだ。


「……実は、少し前からマリアの周りをウロウロしている奴がいるんだ」

「え?」


 絵の納品期日が迫り、時間に追われていて帰りが遅くなるマリアを、毎日誰かが迎えに行っていたのだが、ときどき刺すような視線を感じることがある、とクラウディーが言いだし、ほかの三人もそれにうなずいた。

 特にマリアと一緒に歩いているときに強くその視線を感じると。


 それからは、かなり用心をして歩くようにしているし、マリアを一人で歩かせないようにランチを持参させている。


「そうなの」


 少し顔を青くしたマリアがギュッと手を握った。


「心配するな。実は、今日は兄さんたちも離れたところにいるんだ」

「え?」

「もし今日も犯人がいるなら、絶対に捕まえる」

「危ないわよ」

「大丈夫だ。こっちは三人だぞ」


 スノウは胸を張った。四兄弟は全員体が大きく、腕っぷしも立つ。これまで、悪漢たちを何度となく倒してきた強者だ。それなのに。


 建物と建物の間の道から聞こえるうめき声に慌てて駆けつけると、うつ伏せになって腕を背に回し、押さえつけられているサニーと、腹を抑えて苦しそうにしているレイン、大の字に寝転がっているクラウディーがいる。そして、サニーの腕を押さえつけていたのはイーサンだった。


「イーサン?」

「あ、マリア……」

「何をしているの?すぐに兄さんを放して!」


 マリアの言葉にイーサンは慌ててその手を離し、サニーから離れた。

 サニーに駆けよって「大丈夫?」と声をかけるマリア。


「すまない、マリア。突然声をかけられて驚いてしまって」


 オロオロとしながら項垂れるイーサンを横目に、倒れている兄弟たちを一人一人確認する。


「骨は折れていないみたい」

「そんなことしないよ、少し抵抗しただけだし、……マリアの知りあいだし」


 その言葉を聞いてピンときたマリア。


「私の周りをウロウロしていたのは、イーサン?」

「……」

「イーサン?」

「ウロウロしていたというか、見守っていたというか……」


 イーサンが口ごもらせながら答える。


「マリア、とにかく家に帰ろう」


 スノウはそう言って、大の字になって倒れていたクラウディーの腕を自分の肩に乗せた。サニーは一人で歩けるようだ。


「あんたも、兄貴を運ぶのを手伝ってくれ」


 スノウはイーサンに言った。


「あ、ああ。わかった」


 そう言うと腹を押さえているレインを立たせて腕を自分の肩に乗せた。


「クソッ、俺らが簡単にやられるなんて」


 レインは悔しそうにイーサンを睨む。イーサンは「すまない」と繰りかえした。


 家に帰ると、マリアの帰りを待っていたジョアンナが、びっくりして兄弟たちに駆けよった。子供のころからあちこちで喧嘩を繰りかえしてきた兄弟だから、ケガをして帰ってくるくらい珍しいことではなかったが、まさか人様に喧嘩を吹っかけたうえに、三人そろってやられて帰ってきたものだから驚いた。


「はぁ、やっぱり騎士様はお強いのですね」


 兄弟の手当てをしながら、感心したような声を出すジョアンナ。

 イーサンはその言葉にますます恐縮した。騎士のクセに一般人に拳を振るったのだから、騎士の風上にも置けないと言われても仕方がないのだ。

 イーサンは親に怒られている子供のようにオドオドしながら、何もできずに立ちつくしていた。

 ジョアンナはその顔を以前にも見たことがある。パルトロー侯爵邸で使用人として働いていたころ。もう八年以上前の話だ。


「……」


 ジョアンナとイーサンは、パルトロー侯爵家で顔を合わせたことはあるが、イーサンは覚えていない。彼の態度でそれがわかる。


 反対にジョアンナは、いつもマリアをジッと見つめていた幼いイーサンを何度も見ていたし、ずいぶんと逞しくなって、と思わず懐かしんでしまうくらいには、イーサンとマリアの幸せを願っていた。


 だからこそ、噂で聞くイーサンの行動には胸を痛めていた。


 イーサンが屋敷に遊びにくるときは、マリアに合わせるように自分が読む本を持ってきて、本を開いたまま読みもせずマリアを見つめていた。マリアの描いた絵をうれしそうに握りしめて、帰りの馬車に乗りこんだイーサンの後ろ姿をいまだに覚えている。


 だからこそ、あの想いはどこにいってしまったのかと、イーサンに説教をしたい気持ちだった。

 その気持ちは、今でもそれは変わらない。


「申し訳ない。ご子息たちにケガをさせてしまって」

「いいんですよ。大したケガじゃないし、この子たちの勘違いだったんですから」


 マリアをつけ狙う変態野郎とまで言ってしまって、こちらこそ申し訳ありませんでした、と謝るジョアンナ。貴族に対して、しかも公爵家の嫡男に対して敵意を向けるなど、本来ならその場で命を落としたとしても文句も言えない立場だ。


「私が、バカなことをしていたのですから謝らないでください」


 困った顔をしたイーサン。ジョアンナは、ニコニコしてそれからマリアを見た。


「何やら、マリア様に御用のようですね」

「イヤ、そういうわけでは」


 今日は非番だからのんびりしようと思っていたのに、気がついたらリベナまで来ていた。

 店の前には見たことのある家紋の馬車が停まっていて、しばらくすると店の中から布に包まれたものが運び出され、馬車に積まれていく。それを見ていたら、見たことのある男が店から出てきて、馬車に乗り込んで去って行った。そしてその馬車を見送るマリア。


 つまりほぼ一部始終を見守っていた。見守っていたという言葉が正しいのか甚だ疑問だが、イーサンはそのつもりでずっと物陰からマリアを見ていた。


「あんた、そりゃ犯罪だよ。いつまでも別れた恋人を忘れられない粘着男だ」


 サニーがそう言って豪快に笑う。


「こら!あんた貴族の坊ちゃんになんてこと言ってんの!」


 ジョアンナがガーゼを貼ったサニーの腕をバチッと叩いた。


「イテッ!なにすんだよ」

「不敬だよ。こちらはドシアン公爵家のご子息だよ、マリア様の元婚約者の」

「知っているよ。でも粘着男の変態野郎だ。俺らはマリアのオヤジ殿から、マリアを守るよう頼まれてんだから」

「だからって言いたい放題言っていいわけじゃないだろう?変態野郎だとか、別れたとか、粘着男とか、本当のことだとしても、言ったらだめだよ、元婚約者だとか」


 ジョアンナの言葉がイーサンをこれでもかと抉る。


「イーサン」


 マリアがイーサンに声をかけた。


「え?」

「今日は、これから何か用事があるの?」

「いや、今日は非番だから」

「それなら一緒にお茶でも飲まない?」

「え、いいのかい?」

「ええ、久しぶりだもの。少し話をしましょうよ」


 イーサンには言いたいことがある。





読んでくださりありがとうございます。

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