秘密の関係
マリア・パルトロー侯爵令嬢とイーサン・ドシアン公爵子息の両親は、同じ学院で同じ時間を過ごした友人であり親密な関係だった。
親密というのはその言葉の通りで、少し複雑。
学院に入ってから親しくなった四人は、互いの婚約者よりも友人の婚約者に心を惹かれてしまったのだ。
つまりマリアの父デヴィッドとイーサンの母マーガレット、マリアの母アナベルとイーサンの父アンドルーというふうに。
四人は学生のあいだだけ婚約者を交換して、秘密の恋を楽しんだ。もちろん、公にそんなことはできないから、常に四人は一緒に行動して、密かにその禁じられた関係を育んでいたのだ。
そして、秘密の恋は恋人たちを夢中にさせた。
知られてはいけない関係だからこそ燃え上がるし、互いに秘密を共有しているから、それなりにうまく隠すことができていた。
一線は絶対に越えてはいけないからこそ、その手前で必死に欲望を抑え込み、それがますます互いを熱く求め合ってしまう。そんな恋だった。
でもそれは学生のあいだだけの話。卒業をしたら、正式なパートナーと結婚をして、幸せな家庭を築く。それは四人が決めたルール。だから、四人で決めたルールに従って、卒業と同時に秘密の恋に終止符を打ち、四人は親の決めた婚約者と結婚をした。
マリアの父デヴィッドと母アナベル、イーサンの父アンドルーと母マーガレットという本来の婚約者同士で。
それなのに、マリアの母アナベルは、イーサンの父アンドルーを忘れることができなかった。ただの友人に戻るというルールを破って、アンドルーに会いに行き、アンドルーを困らせマーガレットを困らせた。
アナベルの夫でマリアの父であるデヴィッドはそんなアナベルにアンドルーを諦めるように説得をしたが、三年もたったころにはすっかり諦めてしまった。
デヴィッドが説得すればするほど、アナベルはそれを拒否しアンドルーを求めたからだ。
そんなアナベルが態度を変え始めたのは、マーガレットが妊娠をしてから。
少しずつ大きくなっていくマーガレットの腹をなでながら、マーガレットに優しく微笑むアンドルー。アナベルはその優しい瞳を自分に向けてほしくて必死だった。だから、アナベルも子供を欲しがった。
デヴィッドは、アナベルが考えていることをわかっていながらも、自分たちにも子供が必要だし、子供ができればアナベルも変わってくれるかもしれないという思いから、求められるまま子作りに励んだ。
そして、イーサンが生まれてから二年後、マリアが生まれたのだ。
イーサンが生まれたとき、アナベルが女の子を産んだら、二人を結婚させたいと言いだしたのはアナベル。アンドルーとマーガレットは慎重になったものの、互いの家柄は釣りあいが取れているし、気心の知れた関係だったから、子供たちが結婚をしてもうまくやっていけるだろうと思いその話を了承した。
しかし、現実は想像のようにうまくはいかないもの。
特にアナベルは、マリアを産んでから感情の起伏が激しくなり情緒不安定になっていった。というのも、マーガレットが産んだイーサンは、その父であるアンドルーに似て、金髪に黄緑色の瞳をした美しい容姿なのに、自分が産んだマリアは、夫のデヴィッドに似て、赤毛に茶色の瞳だったからだ。それに、マリアのその気の強そうなしっかりした眉も、アナベルは気に入らなかった。
マリアがアナベルに似てゴールドブラウンの髪色に、黄色の瞳だったら、アナベルとアンドルーのようにお似合いの二人となって、自分たちができなかった幸せな結婚をして、自分たちがなすことのできなかった美しい子供を作り、幸せな家庭を作ることができたのに。
それなのに、マリアは自分の容姿には似ていないし赤い髪は品がない。気が強そうで可愛げもない。そう思うと、マリアが可愛いとは思えないし、マーガレットが妬ましい。夫は目障りだし、アンドルーは自分を捨てた裏切り者に思えてしまう。
だから、マリアに優しく接することはできない。産んでから一度もマリアを抱いたことはないし、頭をなでたこともない。
それに、イーサンと婚約をさせたが、まったくうれしくもなかった。
マリアとイーサンでは自分とアンドルーのような理想の恋人にはなれないではないか。それでは自分たちが叶えることができなかった幸せな結婚など、できないではないか。
アナベルは、次第にマリアを嫌うようになった。
それから十数年たったが、マリアは花もほころぶ、とは言い難いレディへと成長していった。
マリアが着るドレスは、どれも冴えない地味な色のもの。年頃の女の子なら、パステルカラーの可愛らしいドレスや、レースや刺繍をあしらった華やかなドレスを好むが、マリアは茶色や灰色の地味なドレスばかり。ペタンコの靴を履いて、髪は一つに結わくだけ。宝飾は身につけずきらびやかさの欠片もない。
マリアを見たほかの貴族たちが、「パルトロー侯爵家は、ドレスや宝飾を買ってあげることもできないほど財政難なのでは?」と噂をするほどだった。実際にはまったくそんなことはないのだが。
「マリア」
「お父様」
「今度のお前の誕生日パーティーは、たくさんの客を招いて盛大に行おう」
休日のある日、自室で本を読んでいたマリアの元にやって来たデヴィッドがそんなことを口にした。
もうすぐ十四歳になるというのに、マリアはお洒落に着飾ることをせず、恋に浮かれることもない。
「来年には社交界にデビューするのに、このままでは友達もできないだろう?」
デヴィッドは、侯爵令嬢らしからぬ地味な格好をするマリアが、周りの影響を受けて少しでも外見を気にしたり、女の子同士で楽しくお喋りをしたりと、その年相応の楽しみ方をしてほしいと思っていた。
だいたい、アナベルはマリアの赤い髪や茶色い瞳を嫌っているが、それはパルトロー侯爵家の色。デヴィッドの父も髪は赤いし、四人いる姉弟のうち二人は髪が赤いし全員瞳は茶色。だからマリアの髪が赤いことは恥ずかしくもないし悪いことでもない。
アナベル自身も、デヴィッドの赤い髪を嫌いだと言ったことは一度もない。それなのに、なぜマリアの赤い髪を嫌うのか?まぁ、アナベルの言いたいことがわからないわけではないが。
要は昔の恋がいまだに忘れられないだけ。
それにマリアは決して醜いわけではない。
すらっとした体型に、肩より下くらいで切りそろえられた艶やかな赤い髪は緩くうねり、真っ白な肌に木苺のような赤い唇。目鼻立ちははっきりとしていて、大きな瞳は薄い茶色で、よく見ればわずかに緑がかった吸いこまれそうなヘーゼルアイ。
年齢より大人びていて、むしろ美しいと言ってもいい。それこそ、年頃の令嬢のように着飾れば、間違いなく人々の視線を集めることになるはずだ。
しかし、アナベルに幼いころから嫌味を言われ続けていれば、自分は醜いのだ、と思いこんでも仕方がない。情けないことに、アナベルがマリアにきつく当たっているとデヴィッドが知ったのは、マリアが六歳になったころだった。
マリアが居間で本を読んでいたところにアナベルが来て、「本当に可愛くもないし、陰湿で気持ちの悪い子。見たくもないわ」と言って睨みつけているアナベルを見たからだ。
最初は耳を疑ったが、マリアが「すみません」と言ってソファーを降り、本を抱えて自室に戻っていったのを見て、これが日常なのだと知った。
しかし、デヴィッドにはそれを止めることはできなかった。
何度かアナベルを注意したが、そのたびにヒステリックに叫んで、泣いて、この結婚は間違いだったと繰りかえした。そして、マリアに八つ当たりをした。「あなたみたいな子が生まれたから、私は不幸になったのよ」と。
好きな人と結ばれることもなく、理想の娘も生まれない。こんな不幸はない。
アナベルの言い分があまりに自分勝手で筋違いだとわかっていても、聞く耳を持ってくれなければ説得をする意味がない。これ以上アナベルの機嫌を損ねて、さらにマリアを傷つけるようなことだけは避けたかった。
それに、アナベルは妊娠をしていた。そのせいで、イライラしてマリアにきつく当たってしまうのかもしれない。もしかしたら、お腹の子供が生まれれば、マリアに対する態度も軟化するかもしれないと思った。
しかし、その考えは能天気すぎた。
二人目の子供が生まれたのはマリアが七歳のとき。
ジュリエンと名付けられた男の子は、ゴールドブラウンの髪に黄色の瞳。
笑顔が太陽のように眩しいジュリエンは、お喋りができるころには人々の視線も笑顔も、母の愛情も独り占めをしていた。
性格は明るくハキハキとしていて、使用人にも優しいジュリエン。アナベルは目に入れても痛くない可愛がりようだ。そしてマリアに対してはさらに冷たくなったが、嫌味を言われる回数は減った。
デヴィッドは、これでよかったのか?と悩むばかりだが、解決策は見つからない。それにアナベルの関心がジュリエンに向かえば、マリアはアナベルから解放されもっと自由に振る舞えるという期待もあった。
それなのに、マリアは相変わらず地味な服を着て、部屋に閉じこもっている。
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