マーロンは興奮する
マーロンが店にやって来たのは、マリアが昼食を取るために家に帰って、ジョアンナ特製のホットチーズサンドを食べて、リベナに戻ってきたあと。交代でエリオットが昼食をとるために出かけていて、マリアはいつもエリオットが座っている椅子に座って、ほとんど客の来ない店内を見回して、それからお気に入りの本を開いたとき、店のドアが開いた。
「マーロン!」
「やぁ、マリア。久しぶり」
マーロンがリベナに来るのは一カ月半ぶり。
伸びたまま手入れをしていない茶色の髪を風になびかせて店内に入ってきたマーロンは、少し日に焼けて逞しくなったように見える。
そして買い付けた古書が入っている大きな革袋を、ドスンとマリアの前の机の上に置いた。
「おじさんは?」
「食事をしにいったわ。多分ソルトさんのお店にいると思うけど」
エリオットはだいたい近くの食堂で食事を取る。
「そうか」
マーロンはそう言って、革袋の中から本を出そうとしてから手を止めた。
「ああ、そうそう」
何かを思い出したようにマーロンがポケットに手を突っ込んで、小さな袋を取りだした。
「はい」
マーロンがその袋を差しだすと、「なあに?」と聞きながらマリアが受けとった。
「お土産だよ」
マリアが袋の中を見ると、キラキラと輝くガラスで作られた花のモチーフが先端に付いたヘアピン。
「まぁ、とても可愛いわね。……でも、ごめんなさい。こんなに可愛いピンは私には似合わないわ」
少し困ったように笑うマリアは、ヘアピンを袋に戻した。
「……これさ、ヘアピンだけど、本に挟んで栞に使うのはどうかと思ったんだ」
「栞?」
「ああ。ピンの部分が細いし。……どうかな?」
「……」
眉尻を下げて、探るような顔をして聞くマーロン。少し考えていたマリアだが、納得したのかわずかに笑った。
「うん、いいと思う」
「なら、貰ってくれる?」
「本当に貰っていいの?」
「もちろんだよ。マリアに買ってきたんだから」
「それなら、ありがたく頂くわ」
そう言ってマリアは袋をうれしそうに握りしめた。
「そういえば、いい本は見つかった?」
「ああ、今回初めて北のメナード領まで行ったんだけど、これがすごくてさ」
閉鎖的な地域だとは聞いていたが、別世界かと思わせるほど時代が錯誤していた。
国の最北にある領地で、南側が山に塞がれているため、一年を通して寒く、人々があまり外に出ないのが理由らしいが、五十年は遅れているのではないかと思うほどだった。
そんな場所で、マーロンが気に入るような本が見つかるのだろうかと心配になったが、その心配は領地に一つしかない古書店に入った瞬間に消えていった。
数代前の領主が所蔵していた本が、一部売りに出されたとかで、店内の奥に山積みにされた古書が、ダイヤモンドのようにキラキラと輝きマーロンを出迎えてくれたのだ。
「信じられない気持ちだったよ。ベルギスの黄昏の続編があったんだ!アレは、最初の持ち主が亡くなったときの遺品整理で処分されたものだったから、もう続編は見つからないと思っていたのに、一目見て飛びついたんだ」
そう言いながら、バッグの中に手を突っ込み、お目当てのベルギスの黄昏の続編を取りだして、マリアに渡した。
表紙はボロボロ、字は擦り切れていて、角は潰れているし、小口の部分も茶色くなっていて破けている箇所もある。しかしマーロンは、うれしそうに本を見つめる。
「それに、マーダーズ全集もあった。……本当に素晴らしい場所だった。僕はもう一度行くよ。イヤ、もう住んでもいいかもしれない」
興奮冷めやらないマーロンは、今度はバッグから厚めの本を三冊出した。マーダーズ全集だ。
古くからこの国に伝承されている神話で、口承されてきたお話を文字にした最初の本と言われているらしい。しかし、所在が不明のまま長い時間が経ち、誰もがその存在を諦めていたのだ。
作者は不明とされているが、一部ではとある神殿の神官が書いたとか、罪を犯した罪人が、死を目の前にしてその才能を開花させて書いた、というようなことも言われていて、真相は定かではないが話題性はある。
「これは、最優先で写本してほしい。僕が買うから。僕が一番に買うから」
マーロンは、絶対にほかの人に一番に売らないでくれと念を押す。
「私に言っても仕方ないわ。ちゃんとおじさんに言って」
マリアは興奮するマーロンを見てクスリと笑い、ほかの本の状態を確認をする。
どれもあまりいい状態ではないが、マーロンが選んだとあって面白そうな本ばかり。
「楽しみだわ」
マリアの顔が綻んだ。
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