一人で生きていこうと思います
ドシアン公爵家の人々が帰ったあとの応接室。マリアとデヴィッドは二人きりで向かい合って座っている。
「本当に良かったのか?」
「私はずっと婚約を解消したいと言ってきました」
「そうだが」
こんな形になってしまうとは思わなかったが、イーサンはこれでマリアから解放されたし、マリアももう好きにしたい。
「お父様」
「なんだい?」
「私、お願いがあります」
「なんだ、何でも言ってくれ」
「私、この家を出たいのです」
「は?何?」
「私、この家を出たいのです」
マリアは同じ言葉を繰りかえした。
「何を言っているのだ?それは、どういう意味なのだ?」
「私は貴族としての責務を果たすことはできません。これから先、私と結婚をしたいと言ってくださる方は現れないでしょう」
「そんなことはない」
さきほど、アンドルーに向かって、マリアに新たな婚約者など見つからないと言っていたのに、デヴィッドは顔を青くして否定する。
「いいのです。それに、家族に迷惑をかけたくはありません」
「迷惑なんてかけていないだろう!」
「私がいるだけで、屋敷の雰囲気が悪くなるのに、迷惑をかけていないなんて言えません」
「それは、お前のせいではない!」
「そうですか?本当に私のせいではありませんか?私がいなくなれば、皆が穏やかに過ごせるのではないですか?」
「マリア」
「私も、限界なのです」
「……」
そう言われればデヴィッドには言葉がない。自分にはアナベルを止めることも、ジュリエンの態度を改めさせることもできないでいるのだから。
「ですから、私はこの家から離れて生きてみたいのです」
「……そんなこと」
「もうずいぶん前から考えていました」
「そうなのか?」
「ええ。イーサンと婚約を解消したら、仕事をして一人で生きていこうと思っていました」
「仕事だと?なぜ、そんなことを。……もしかして、ボランティアをし始めてからか」
デヴィッドがそう言うと、マリアはコクリとうなずいた。
「なんてことだ。そんなことのために、勧めたわけではないのに」
少しでも人と交流ができるようにと願って無理矢理参加させたのに、マリアはデヴィッドの望まない道を見つけてしまった。
「お父様、お願いします。私を除籍してください。そして、私を自由にしてください」
「ダメだ。だいたい、お前にできる仕事なんて」
「仕事は見つけています」
ダメになるかもしれないけど。
「なんだと!なんで、そんな勝手なことをするんだ!」
「私は、勝手ですか?」
「勝手だろ!侯爵令嬢が仕事だと?ありえない!」
「お父様」
「……絶対にダメだ」
「お父様は、私にこのままここで生きていけと?婚約者がいない私は、この家を離れることも叶わず、部屋に閉じこもっていろと?」
「……」
「この家で一生苦しめと?」
「……すまない」
デヴィッドは頭を抱えた。
「少し、時間をくれ」
力無く返事をしたデヴィッドに対して、表情もないままうなずいたマリアは、立ち上がって自室に戻っていった。
デヴィッドは大きな溜息をついた。
「なぜ、こんなことになるのだ」
この家から早く出してあげたい気持ちはあった。しかし、大人しいマリアがこの家を出てうまくやっていけるとは思えなかった。だから親戚に預けることもしなかった。
それにイーサンと結婚をすれば屋敷を出ていくことになるのだから、時間の問題だと思っていた。だから、どんなに腹立たしい存在でも、マリアにはイーサンが救いだと思って口を噤んでいたのに。結局こうして、婚約破棄という最も避けたかったことが起こってしまった。
マリアのことを知る者は多い。本人を知らなくても、噂話の一つや二つは聞いているだろう。そんな中、新たに婚約者を見つけるのは大変なことだ。だからといってこれから先、独り身で生きることができるとは思えない。
「しかしなぁ……」
マリアの言うとおり、この家にいてもマリアは救われないだろう。だからといって、家を出て仕事をすることが本当にマリアを救うのか?
やはり親戚に預けるべきだったのか?それともいっそのこと外国に行かせたほうがよかったか?我慢を重ねてきたマリアの救う方法は、そんなことなのか?マリアはそれを望んでいないというのに、それがマリアを守ることになるのか?わからない。
だいたい、マリアが望んでいるからといって、屋敷を出てマリアが生きていけるのか?そんなこと絶対に無理だ。できるはずがない。あの子にできることなんて何もないのに。
それに、あのマリアが仕事?いったいなんの仕事なんだ。ずっと家に閉じこもっていたんだぞ。家庭教師でもするのか?食堂で皿でも運ぶのか?マリアが?できるわけがない。マリアにできることなんてあるわけがないじゃないか。
マリアが一人で生きていくことなんて、できるわけがないじゃないか。
読んでくださりありがとうございます。








