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小麦くんの春がきた

 とりあえず令嬢を席に案内しなければ。


「私、ここじゃなくて、あちらの席がいいわ」


 ご令嬢が指さす先は、四人用の広い席だ。な、なんてわがままな……!僕が案内したカウンター席じゃ不満だというのか!まあ、この時間は空いてるからいいんだけどさ。


「と、とにかく、かくまってほしいのよ」


 令嬢はまだ息が整ってないようだ。こんなに暑い中、どこか遠くから走ってきたのだろうか?


「一体そんなに息を切らしてどうしたの?」


「婚約破棄よ」


「こんにゃくは僕が芋から作ってる自慢のがあるよ」

「こんにゃくじゃないわよ。こ・ん・や・く!」


「ご令嬢、結婚してるの?」

「まだしてないわ。だけど、もうすぐ結婚しなきゃいけない約束をするってことよ。婚約ってのは」


「婚約おめでとう」

「話をきいてた!? 私は嫌なのよ! これまではスザンヌ=オーロットに課せられた義務だと諦めていたわ。だけどいざ、婚約の儀のために、お相手と初顔合わせをしたら、実感がわいてきたのよ。ああ、この人とずっと生活して、子供を作って育てて……他にもいろいろ……」


 スザンヌと名乗ったご令嬢は、えんえん泣き始めてしまった。どうしよう。泣かせちゃったなあ。僕はこう、紳士に女性に対応するのは下手くそなんだ。困った困った。


 とんとん。後ろから肩を叩かれる。振り返ると、颯馬が紅茶を差し出してきた。

「これを出して落ち着かせてくれ」


 颯馬は接客をするのが嫌いなのだ。僕よりも気が利いて上手なのに。お客さんと話した後、料理するモードに切り替えるのがなかなか難しいらしい。僕は得意なのかというと、今にも紅茶がこぼれそうだ。右にこぼれそうだから左に傾けたら予想以上に紅茶が流れてきてしまって、悲惨な結果になってしまった。 


 小麦くんはいつも、おぼんに何皿も乗っけて早歩きだ。もちろんこぼれているのは見たことない。小麦くん、早く復活してくれ~。


「お紅茶、お待ちどおさまです」


 やっとスザンヌまでたどり着いた。スザンヌはこれまた高級そうなハンカチで目元を押さえている。泣いても化粧が全然落ちないのは女性占有のマジックだなあ。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、脳みその大部分は右手のティーカップに集中だ。紅茶をなんとかテーブルの上に置く。ぷるぷるぷる……。


「何これ、びしょびしょじゃない。逆にどうやったらこうなるのよ」


 カップに残っている紅茶は半分もなくて、受け皿にたぷたぷに紅茶がこぼれていた。床にはてんてんに紅茶が垂れている。颯馬にバレる前に拭き掃除しなければ!


「アッサムね。私、これ好きよ」

「やった。暈増しにミルクをどうぞ」


 銀色のミルクポットをずずいっと押す。スザンヌの顔が引きつっている気がする。


「私、確かにミルクティーは好きだけど……」

 令嬢は、ミルクを注ぎながら、「これじゃ紅茶入り牛乳、ティーミルクになっちゃうわ」とぶつぶつ言っている。やっぱりわがままだ!


 ばたばたばたっと慌ただしい足音が聞こえる。


「いつもすみません。シェフと八雲さんのこだわりの野菜には虫が付き物なのに」

 小麦くんが起きてきたみたいだ。良かったあ。


「あ、そこ、そんなに走ると危ないよ」

「えっ?」


 つるっどてーん!


 僕が紅茶をこぼしたところに滑って転んでしまった。今日は小麦くんの厄日だな。災厄は僕。だけど、散々なことがあれば良いこともあるっていうのが、この短い人生で得たハッピーワードだ。嫌なこと続きだったときに、元気が出るんだよ、この言葉。


「あら、大丈夫?」

 スザンヌがティーカップを口に運びながら、優雅に尋ねる。

「大丈夫です! お気遣いありがとうございます……」


 小麦くんはうっとりした表情で、腰を抜かしたままの体勢で固まっている。

 僕は鋭いからわかる。小麦くんはスザンヌご令嬢に一目惚れしちゃったらしい。

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