シェフのお返し
「さ、開店まであと三十分だ。急ぐぞ」
「僕も手伝うよ!」
小麦くんのてきぱきした動きにはかなわないかもしれないけど、僕もお手伝いしたい!罪悪感でやばい!
小麦くんのエプロンをはぎ取らせていただく。
「足手まといになるなよ」
「正社員になっちゃうかも」
そう大口を叩くものの、エプロンの丈が長い!
紐で何とかくくって、厨房に向かう頃には颯馬は下ごしらえを終えつつあった。
「今日は何を作るの?」
「この前狩ってきてもらったひよどりが余ってるから、玉ねぎとソテーにして、残りの野菜は煮込んでスープにする。レタスと青紫蘇はサラダだな」
颯馬の料理へのこだわりは,、そのスピードを見れば一目瞭然。
僕は「ゆっくりやればいいじゃん!そっちのほうが楽じゃん!」って思うんだけど、早く出来上がるかどうかは、お客さんを待たせるだけじゃなくて料理の味にも影響するんだとか。
「今焼いているのは、あと五秒! 八雲、受け取って!」
「はい!」
僕は余熱で三十秒、蒸らす係だ。あと隣のスープもことことって音が鳴るくらいをキープする。
難しい!正社員への道のりは険しい!
「ぐううう」
お腹の音が、黙々と調理を進める空間に響き渡る。
「い、今の僕じゃないからね!?」
「他に誰がいるんだよ」
「小麦くんかなあ」
「そんなわけあるか!」
さすがに言い訳に無理があったか。スタッフルームに寝てる小麦くんの姿を恨めしく見つめる。ここまでお腹の音が聞こえてくるわけなかったな。でも仕方ないじゃないか。こんなにいい匂いに囲まれて「盗み食い厳禁!もし食べたら颯馬にけちょんけちょんにされるぞ」だなんて・・・。僕は悪くない。
百歩譲って僕のお腹がちょぴっと強欲なのが悪い。
「開店まであと五分、準備完了!」
へとへとだ~。颯馬と小麦くんは毎日こんなに目まぐるしく料理を準備していたのか。
小麦くんが僕に入れ替わった分、大変だったってのもあるのかな。
悔しいけど。
「あ~お腹すいた~」
シェフをちらちらっと見つめる。
「はい、このスープ持っていけよ」
「ありがとう!」
わーい。さっそく飲んでみる。中身はひんやり冷たい冷製スープだ。猫舌の僕に合わせて冷やしてくれたんだ。
スープが入ったポットをショルダーバッグに入れて、昨日の弁当箱を返す。
「昨日のお弁当、とても美味しかったよ。ありがとうね」
「おうよ。ピーマンも残さず食べたんだろうな」
「うん!昨日みたいに油いっぱいで炒めてくれたら食べられるみたい。さすが颯馬」
「・・・なんかその油に負けた感じ嫌だな」
颯馬は負けず嫌いだし、素直じゃないのだ
「じゃあね」
「おう、またな」
こんなわけで、僕たちはギブ・アンド・テイクな関係、シェフと契約農家の麗しい関係なのさ!
扉に向けて足を進めると、まだCLOSEと外に向いている看板が目に入る。颯馬は忙しそうだし、看板をひっくり返しておこうかな。
チャリンチャリーン。
扉が開いた。あれれ、お客さんが早めに来ちゃったかな。ってあれ?このお客さん……。
「すみません。まだ営業時間ではなくて……。少々お待たせしてしまうのですが宜しいですか?」
颯馬、営業モードだ。だけど動揺を隠せてない。
「はい。特に注文は急いでいないの。少しの間かくまってほしいのよ」
ふわふわのドレスに身を包んだ令嬢らしいプレンセスらしい、ふりふりのお嬢様が息を切らして訳ありそうにそこにいた。