初デートでする選択ではないかと。
外出用の身軽な服に着替え、マリーに重ねて化粧を施されそうになったのをなんとか制止した。
あまり柄ではないかもしれないが、花とリボンの飾りと付いた帽子を頭に乗せ、待たせていたオズウィン様の元へ向かう。
「お待たせいたしました」
「あ、ああ!」
デート、と言うことにオズウィン様は緊張しているらしく、直立不動で立っていた。
何か言おうと考えているのか私の顔を見て、口を開けて、手で押さえて、どこかを見て……「ああ、なんと言って良いか悩んでいるんだな」と察した私はつい言ってしまった。
「オズウィン様、参りましょうか」
少し眉を下げながら言うと、オズウィン様は目を見開いてから申し訳なさそうな顔をした。
無理に褒めなくて良いんですよ。むしろそう言うの苦手です、と言いたいところだけれども流石にお父様の目もあるところでそれを言うのは流石に……
馬車で王都の一番賑やかな通りの近くに降ろしてもらった。
昨日の合同パーティーのせいか、領地からこちらへ来た貴族の使用人たちが訪れているらしい。わからないだけで貴族もいるだろう。そのため、通りの賑やかさが一層増しているようだ。
私たちは並んで歩き出す。
オズウィン様は歩く速さをきちんと合わせて歩いてくださった。存外そういう気遣いの出来る男の人という者は限られていて、これが出来る人は好感が持てる。
「その、キャロル嬢、と呼んでも?」
頬をかくオズウィン様に首をかしげる。すでに一度呼んでいるのに改めて尋ねる必要はあるだろうか? あのときはお父様とお母様がいたため、区別のためだったのだろうけれど。
「はい。お好きにお呼びください」
「ああ、ありがとう」
照れくさそうにはにかむオズウィン様は本当に純情らしい。
オズウィン様は「さて、どうするか」と少し悩む仕草をしていた。突然父親であるジェイレン様に私と一緒に出かけてこいと言われて、一切の計画が無かったのだろう。
いわゆる御令嬢が喜ぶことをしようと考えてくれているのだろうが、オズウィン様に負担を掛けるわけにはいかない。
「オズウィン様。私オズウィン様の好きなところに行ってみたいです」
「君は行きたいところはないのか?」
「オズウィン様のことを知りたいので、是非オズウィン様の好むところにお連れください」
「そうか!」
よし、これでいい。
オズウィン様にはなるべく気持ちよく今日のデートを終えて欲しい。下手なことをしてアレクサンダー家の不興を買いたくはない。
私はなるべく顔に笑みを浮かべながらオズウィン様を見る。
今度はニコニコしながら考え込むオズウィン様。私は笑みを浮かべたまま黙って待っていると、何か思いついたようだった。
「キャロル嬢は串焼きは好きか?」
まさかの串焼き。
おそらくだが通常の御令嬢との初デートで選ぶ物ではない。それでもまあ、私は狩りもするし、それを捌いて食べる、なんてことも狩人監修の元、時々していた。
なのでそれ自体は問題ない。
ああ、デート慣れというか女性と出かけることもほぼ無かったのかもなぁ、と生温かい慈悲の眼差しを向ける。オズウィン様はまた頬を少し赤らめたようだった。
「で、では行こうか!」
「はい」
相変わらず歩調を合わせてくれながら、オズウィン様と「串焼き」の店へ向かった。
時々露天商に声を掛けられながら進む。
貴族や金持ちが集中する地区よりもずっと活気があった。
ニューベリーの領地など比べものにならないくらいの賑やかさだ。
あちこちで菓子や果物、ナッツや香辛料を量り売りしている。いろんな匂いが混ざり合うが、けして不快ではなかった。
「キャロル嬢、ここだ」
「『珍味堂』?」
店の名前に思わず首をかしげる。
珍味、というとニワトリの鶏冠とか、フラミンゴの舌とかではないだろうか? と一瞬不安になる。しかし鼻をくすぐる匂いは、無理矢理朝食を食べた私の胃を刺激した。
オズウィン様に先導され店に入ると、すぐに席に案内される。
「どうしても食べられないものはないか?」
「いえ、特には」
「それは良かった」
オズウィン様はメニューも見ずに注文をした。
「よく来られるのですか?」
「ああ、王都で辺境の味が楽しめるのはここくらいだからな」
ああ、なるほど。自分の地元の味を知って欲しい、と言うことだったのかと思えばここを選んだのも納得できる。
「楽しみです」と、笑えばオズウィン様は満面の笑みを浮かべていた。
「はい、お待たせしました」
皿に並べて出てきたのは、こんがりとよく焼けた串焼き二本。とても良い匂いがして、口の中に涎が溢れてきそうになった。朝食は食べてきたのに……
調理済みであるせいで一見したところなんの肉かはわからない。けれど牛肉や豚肉のようにわかりやすい脂がなく、パリッとした皮がついているところを見ると鶏系と思われる。
オズウィン様が笑顔を浮かべ、一本串を取る。気を遣ってくれたのだろう。フォークを器用に使い串から肉を外し、私の前に置く。
オズウィン様はもう一本を取った。
「さ、食べてみてくれ」
オズウィン様は、がぶっと串焼きに噛みつく。
割と大きめに切られているにもかかわらず、一切れを一口で食べてしまった。
実に美味しそうに食べるので、私も半分に切り分けて一口食べてみた。
塩と胡椒のシンプルな味付けだと言うのにびっくりするほど美味しいのだ。
肉質としては固い部類なのだが、噛めば噛むほど肉汁があふれてくる野性味のある味。まだ塊としては大きいというのに思わず噛み切る前に飲み込んでしまった。
私がびっくりした表情で口元を抑えていると、オズウィン様が顔をのぞき込んでくる。
「どうだ? 口には合うかな?」
「はい……おいしいです……初めて食べました」
次の肉を口に運ぶと、オズウィン様は嬉しそうに目を細める。自分の知識と経験の中にあるどの肉とも一致しないこの肉。皿の上のすべてを食べきってもなんの肉かはわからなかった。
「あの、オズウィン様。この肉は一体何の肉なのですか?」
空になった皿を見つめながら、私はオズウィン様に尋ねた。正直なところを言うと、こんがり焼いたパンで皿の肉汁を拭って食べたいくらいの美味しさだった。
オズウィン様は歯が見えるほどにっこりと笑い、こう言った。
「魔獣の肉なんだ」
ぶふぉ、と私は心の中で吹き出してしまった。
しばらくこちらの連載を中心に進めていこうと思います。
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9/12 少々修正しました。