神様は無慈悲なのでしょうか……
キャロルのトラウマについて。
私のいぶかしむ様子が伝わったのか、エドワード様は場所を変えようか、と私とオズウィン様を引き連れ、応接間へ移動する。
応接間で人目がないことを確認すると、変身を解き、やわらかなソファにもたれかかってお茶を飲み出す。
「あー、肩こった。ニコラの格好をするといつも肩がこるよ」
「今エドワードの代わりをやっているであろうニコラのほうが大変だと思うが」
「まあね!」
オズウィン様の嫌味だか正直な感想だかわからない言葉に、エドワード様は声を上げて笑う。
「もともと二コラは僕の影武者としての役割もあるから慣れてるし大丈夫大丈夫。二コラは真面目だから生真面目に僕のしゃべり方をしっかり真似ていると思うと、おっかしいなぁ」
私は眉を寄せて口角が下がる。
オズウィン様も似た表情をしながらエドワード様を見ていた。
「本当に性格が悪いひどい奴だな、エドワード」
「ニコラ様がかわいそう……」
オズウィン様に同調し、うっかりエドワード様に対して不敬を働いたと捉えかねない言葉が漏れてしまう。ハッとして口を結んだが、エドワード様はにまぁ、と面白いものを見る目でこちらを見ていた。
「なに? 少し会わない間にずいぶん仲良くなったみたいじゃないか? 何かあったの?」
「それよりエドワード様! 本日はいったいどういったご用件でわざわざ辺境へ?!」
エドワード様の悪戯心に火が付く前に、話題をそらす。
この人に余計なエサを与えてはいけない。
王都を訪れた際学んだ、対・エドワード様の立ち回りであった。
一瞬、不満そうに唇を尖らせた様子に一瞬ヒヤリとしたが、エドワード様はすぐ椅子に掛け直して不敵に笑って見せた。
「今日わざわざ辺境に来たのはね、地伏竜討伐の功績をたたえて、王家から褒美がでるってことを伝えるためなんだ。地伏竜討伐に参加した全員にね」
「本当ですか?!」
エドワード様の発言に、私は目を輝かせていたと思う。
地伏竜強襲作戦を終えたのち、私はうまいこと誤魔化して自分の討伐記録をアイザック様に移そうとした。しかしオズウィン様の証言と討伐後の地伏竜の検分で私の討伐記録をアイザック様に移すことは叶わなかった。
冷静に考えてみれば、私の魔法とアイザック様の魔法は違いすぎるから仕方ない。
そこにがっくりしていたのだが、王家からの褒美! しかも参加した全員ということならアイザック様にも褒美がある! もしかしてメアリお姉様とアイザック様の結婚が許されるのでは?! と私は期待に胸を膨らませていた。
「今回、竜を討伐したオズウィンと討伐に大きく貢献したキャロル嬢とグレイシー夫人には勲章と剣を、強襲作戦に参加した面子に勲章を授けることに決まってね」
「勲章の授与、ですか……?」
勲章には等級がある。
竜退治という行為にどれだけの栄誉が与えられるか、ちょっとわからない。なにせ戦争以上にめったにないことだから。
私はドキドキしながらエドワード様の言葉を待った。
「オズウィンは金龍章、キャロル嬢達は銀龍章かな」
「龍の名が付く勲章? 王家の認める英雄的行為に授けられるものじゃないか」
――なんと!
オズウィン様はまさに「竜害」の原因であり、龍穴の元主と思われる竜を英雄のごとく退治したわけだし納得だ。そして私はその支援をしたわけだから、金に次ぐ銀、ということ?
うわぁ、とってもありがたいと同時に恐縮……
しかし私は自分の勲章以上に気になっていることがあった。
アイザック様の功績である。
だってアイザック様の功績が王家に認められないとニューベリー家が! ニューベリー家が滅ぶ!!
「エドワード様。あの、アイザック様の功績はいかがでしょうか……?」
「ああ、アイザックもメアリ嬢もモナも、オズウィンと君を支援したからね。相応の褒賞を与える予定だよ」
よし! これは、これはもしかしてもしかするのでは……?! もしかしたら私が心配する必要なく、意外とあっさりふたりの結婚が許されるのでは?!
私の目は期待と興奮で目が爛々としていたと思う。
ついでに鼻息も荒くなっていたと思われるが、そんなことを気にかけてはいられなかった。
私はエドワード様に前のめりで尋ねる。
「それでは姉とアイザック様の結婚の許可は……!」
エドワード様はにっこりと笑う。
――あ、これ、多分面白がっている顔だ……
「残念だけど今回は見送りだね!」
きっぱりと言い放つエドワード様に私は膝から崩れ落ちる。
「そんなぁ……!」
がっくりとうなだれる私をオズウィン様が宥めてくださった。
「まあまあ。今回地伏竜討伐に大きく貢献したのはキャロル嬢、君なんだ。そこは喜んでおこう?」
「うう……ありがたい話なのに素直に喜べない……」
ひどく落ち込む私が面白いのか、エドワード様は笑いをこらえるように口元にこぶしを当てていた。
「君個人には何か欲しいものはないのかい? 古木女退治やペッパーデー確保の褒美もまだ出せていないんだ。父上と母上が何か希望があれば言ってほしいと言っていたし、何なら今回の地伏竜討伐の褒賞と合わせて何かねだってみたら?」
第二王子という立場だから仕方ないのかもしれないが、国王両陛下にねだれとは何ともハードルが高いことをおっしゃる。
どうしたものかとうんうん唸っていると、エドワード様は思い出したようにこぶしで手を叩いた。そして一緒に来ていた婚約者のご令嬢に声をかけ、箱を受け取る。
箱は異国風で、ドラコアウレアでは見かけないタイプの装飾を施されている。
――あれ? 王国の紋章じゃない……
箱には大河を挟んだ隣国のマグナフムス王家の紋章が描かれている。
なんだろう? と私がまじまじとその様子を見ていると、エドワード様は何やらもったいぶりながら箱を開き、手紙を持ち出した。
何故そんなものを? と疑問符を浮かべていると、エドワード様はその中身を取り出し、広げた。そしてにやり、と笑いながら一度咳払いをして手紙を読み上げる。
「おほん、『この度、竜の討伐を成し遂げ、近隣諸国をも救ったドラコアウレア王国に御礼申し上げます。つきましてはマグナフムス王国より、竜害復興のために支援品を贈らせていただきます。是非お役立てください』だそうだ」
なるほど。
下手をすれば大河を渡ってマグナフムスに地伏竜が向かっていた可能性もある。あれだけ巨大な体躯であれば、場所によっては大河も渡れただろうし。
今辺境は武器や人、建物の消耗も大きい。
支援の品がもらえるのは助かる。
なにせ今、地伏竜解体作業とそれに関わる全てに資材が必要だからだ。
資材はいくらあっても困らない。
でもなぜあんなにもったいぶって、イヤーな笑みを浮かべたのだろう?
ますます訳が分からない、と眉を寄せたり首をかしげていると、エドワード様は私にそれはもう美しく、見る者を魅了する笑みを浮かべてみせた。
「支援品を送るにあたり、第五王子のアーロン殿下が辺境を訪れたいとことでね。辺境にしばらく滞在することになったんだ」
エドワード様の言葉に、体が硬直する。
今、アーロン殿下と言っただろうか……?
ギギギ、と錆びたからくり人形のような動きでエドワード様を見る。エドワード様はにっこりと笑顔を作り、もう一度ゆっくり、区切りながら繰り返すように話す。
「マグナフムス王国、第五王子、アーロン・レッドクレイヴ殿下が、辺境に訪問・滞在するよ」
私は頭をモナ様の戦槌で殴られたような感覚に陥り、目の前が白んだ。
――アーロン・レッドクレイヴ殿下……!
息が詰まり、呼吸もままならない。
私は彼を思い出しただけで頭から血の気が引き、意識が遠のいていった。そのまま受け身をとることもできず、ばったりと倒れてしまう。
「キャロル嬢?! キャロル嬢!」
遠くでオズウィン様の声と、エドワード様の笑い声が聞こえる。エドワード様は何もかも知った上で話していたのだろう。
私はもう十年以上前の、思い出したくない記憶が掘り起こされて意識を保っていられなかった。
だって……だってアーロン殿下は、いや、アーロン殿下にしてしまったやらかしが私の人生最大の汚点だから……!
――絶対会いたくない~!!
私の悲痛な心の叫びが神には届かなかった、というのを思い知るのは、まだ先のことである。
◇◇◇
辺境でキャロルが気を失っているのと同じ頃、マグナフムス王国の船が大河を渡っていた。
巨大な黒い船体と大きなマスト。その立派な出で立ちからマグナフムスの国力をうかがわせる。
しかしその前方に船と同じくらい巨大な陰が近付いてきていた。盛り上がる水面に現れたのは巨大な鯨によく似た、しかし歪で不気味な顔つきの魔獣だった。それは幻妖鯨という名の、船を飲み込むといわれる恐ろしい魔獣である。
体中にはツボガキが付着し、灰白の影は死霊のようだった。
怪鯨はすべてのものを震えさせるような、不気味な鳴き声を上げる。その巨躯からは想像できないくらい軽々と体を宙に踊らせ、船に体当たりをしかけてきた。
確実に船を沈められてしまう――それを目撃していれば誰であってもそう思い、目をつぶっただろう。しかし大河の水がいくつも渦を巻いたかと思うと、次の瞬間、槍のように形状を変えて幻妖鯨の体を串刺しにしたのだ。
あたりに響き渡る怪鯨の絶叫。
しかしそれを遮るように水の杭は再び形を変え、幻妖鯨を内側からバラバラに引き裂いた。ただの肉塊となり、魔獣の体は大河に降り注ぐ。
船内から歓声が上がるが、彼の魔獣を肉の雨に変えた人物は船首に立ち、温かな笑みを浮かべている。とても魔獣を短時間で殺傷したとは思えないほど――いや、魔獣など意識にも入っていないようなそぶりだった。
艶のある黒髪は肩ほどの長さで、後ろ髪をまとめている。肌は雪のせいか日のせいか、少々赤っぽく焼けていた。武術を嗜むのが見て取れる体躯は、引き締まっており脂肪と筋肉のバランスがよい。浮かべる笑みも目つきも優しい好青年だ。
多くの人々は彼を見た瞬間、心引かれるだろう。彼の笑みを見れば誰もが胸に暖かいものを感じるだろう。
だが一番目を引くのは恐ろしいくらい美しい赤い瞳である。
その赤い瞳は最高の職人の手によって磨き上げられた宝石をはめ込んだと言われても納得するほどだった。だがそれ以上にその目には燻るようなものが隠れている。
大粒の宝石をはめ込まれた独特な文様の彫られた指輪をした手を目の上に当て、遠くを眺める。
その人物こそマグナフムス王国第五王子、アーロンである。
彼は視界を遮るものがなくなり、遠くにうっすらと見えてきたドラコアウレア王国を嬉しそうに見つめていた。
その表情は長らく熱を燻らせていた初恋の埋もれ火が、再び燃え上がらんとしているようである。
「俺の赤い果実の乙女……今度こそ君を迎えに行くよ」
甘く優しいアーロンのささやき声は誰も聞いていない。しかし彼の甘く渇望する言葉は、風に乗りキャロルの元へ届くことを願うような……そんな微熱のこもったものであった。
『男爵令嬢は義兄(予定)にさっさと功績を立ててほしい。』編はこれにて完結です。
少し間を開けてから続編の投稿をさせていただきます。
今月『男爵令嬢は義兄(予定)にさっさと功績を立ててほしい。』を加筆修正などした『魔獣狩りの令嬢』第二巻が発売となりますので、よろしくお願いいたします!




