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魔境で異変が起きているようです……?

今日は複数本投稿させていただきます。次は一時間後です。

「――と、言うことで苔大猪を退治した次第です」

砦に戻り、ジェイレン様とグレイシー様に苔大猪を検分されながら報告をする。

ジェイレン様は渋い顔をした。

「先日の黒長鰐の件もだが、ここしばらく各砦で中型以上の魔獣出現報告が増えてきているのだ」

 報告をまとめたらしい書類の束を取り出す。

「こんなにですか?」

「ああ、そうだ」

 オズウィン様の驚いた言葉に、この数は異常であるらしいことを察する。

「花羊樹の羊の部分だけが逃げてくるって、そうそう無いわ。だってアレは種を残すこともできない危険が生じない限り、他の魔獣に食われることで生息域を広げるのだもの」

グレイシー様も考え込むように口元に手を当てた。

「飛行巡回部隊に巡回範囲を広げさせよう」

「では次の巡回から範囲を広げるよう伝えておきましょう」

「キャロル嬢。突然のことで疲れたろうから今日は休むといい」

「はい、ありがとうございます」

 ジェイレン様の気遣いで部屋に戻るものの、私は嫌な予感に両親に手紙を書いた。


――お父様、お母様。お元気でしょうか? 私はメアリお姉様とともに元気にやっております。最近、ニューベリー領で魔獣の動きはあったでしょうか? 辺境でいろいろあったため、気になって手紙を書かせていただいた次第です。


 もうすっかり慣れたもので、封蝋用のスプーンに触れない位置に手を持ってきて加熱する。手紙を閉じて、マリーを呼んだ。

「マリー、これをお父様に急いで届けて」

「承りました!」

 早速マリーに手紙を託し、返事を待った。

最近辺境での生活のためか魔法に一層磨きがかかり「マリー郵便」はそこらの配達員と比べ物にならないくらいの速さになった。辺境での生活は、ニューベリー家の使用人たちにも魔法の強化をさせていたようだ。

翌日の早朝。

戻ってきたマリーの携えた手紙には、珍しく乱れた筆跡で手紙が書かれていた。

「魔力の波……?」

お父様とお母様からの手紙には「魔境側から大きな魔力の波が起きているようで、微細ながらニューベリー領にもその余波がきている。小型のはぐれ魔獣を見かけることが増えた」と書かれている。両親の魔法は「振動」だ。以前、地震の波を事前に感じ取り、被害を最小限に抑えた両親が感じたというなら「魔力の波」というのは非常に気にかかる。

「……ジェイレン様たちに相談してみるか」

 あまり早いと申し訳ないと思い、朝食を終えた頃に相談をしようとマリーにご褒美のお菓子と銀貨を一枚渡す。うきうきと嬉しそうな足どりのマリーを見送り、私は一度手紙を置く。

「何事もなければいいのだけれど……」


◇◇◇


私は両親からの手紙を手に、ジェイレン様の執務室を目指す。なんだか今日はうなじのあたりがぞわぞわして落ち着かない。

「ひゃっ!?」

「わっ!」


足早に執務室に向かっていると、曲がり角でオズウィン様とぶつかりそうになった。

妙なステップを踏んでしまったが、幸い衝突はせずに済んだ。

「オズウィン様、おはようございます」

「おはよう、キャロル嬢」


オズウィン様はまた魔獣狩りの巡回に行っていたのか、片手にメイスを持っていた。

「朝の巡回、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう。キャロル嬢はもしかして父上のところへ行くのかな?」

「はい。両親から少々気になる手紙が届きまして、ジェイレン様にご相談させていただきたく……」

「そうか……実は俺も巡回の時気になることがあったんだ。それで父上に相談しようと思って」


オズウィン様は少々険しい顔をしている。普段から快活な笑みを浮かべているオズウィン様らしからぬ表情に、私は不安を覚える。うなじのぞわぞわとした感覚が、背中にまで広がっている気がした。


「父上、失礼します」

「入れ」

「失礼します」

オズウィン様と執務室へ入ると、書類に目を落とし険しい顔をするジェイレン様がいた。何かあったのだろう、というのが容易に想像できる。


「ああ、ふたりともどうした?」

オズウィン様に促され、私は両親の手紙を見せ、魔境からの「魔力の波」について説明する。地震だけでなく津波など、力の波を察知もできる両親の魔法について話せば、ジェイレン様の表情はますます険しくなる。


「オズウィン、もしや今朝の巡回で異変があったか?」

「はい。はじめは今年の春の実りがよかったための誤差かと思われましたが、あまりにも魔獣の数が増えています。そして今までこのあたりでは見かけなかった凶暴な魔獣も、明らかに去年より増えている」

オズウィン様も険しい表情だ。


そこにコンコン、と執務室の扉をノックする音が聞こえた。


「失礼いたしますわ」

ディアス様を伴ったセレナ様が執務室に現れた。私たちは頭を下げ、おふたりに場所を譲る。

「辺境伯、どうにも魔獣の多さと傾向がおかしいようでしたのでお話に上がりましたわ」

「ここしばらく前線の開拓村や町を順番に回っていたが、今まで出没がなかった魔獣が現れだしている」

セレナ様とディアス様の言葉に、執務室は鉛のような沈黙が広がった。全員が嫌な予感に顔をゆがめて苦い表情をしている。


セレナ様は数度言葉を反芻し、彼女の中で生じている疑問を口にした。


「もしかして『竜害』なのでは?」

「『竜害』? まさか……いや、それを疑うほど最近の様子は異常だ……」

私は「竜害」という言葉を記憶から引っ張り出す。確か歴史の授業で出てきた単語だ。


「竜害」は魔素溜まりである龍穴の主が代替わりをし、古い主が追いやられることで起きる災害だ。およそ百年前、大河を超えた隣国で竜害が起きた際、原因が解明された大災害の一つである。

古い主とはいってもその力は強大で、たいていの魔獣は簡単に蹴散らされエサにされる。そのため古い主から逃げた魔獣たちが、龍穴から遠い場所へ逃げることで魔獣が人の生活圏に押し寄せてしまう。

そうやって起こる魔獣災害を「竜害」と呼ぶ。

幻の存在であり、敬意と畏怖の込められた意味の「龍」ではなく、人々の命と営みを破壊するだけの力を持つ魔獣「竜」。その目撃例も遥か昔でドラコアウレア王国で竜害が起きたのはもう二五〇年~三百年前

――そのときの前兆と同じなのでは、とセレナ様たちはそう考えているようだ。


まさか竜が辺境に現れたというのだろうか。

重い沈黙が執務室に広がる。

沈黙に耐えかねた私が口を開こうとした瞬間、ノックもなしに執務室の扉が勢いよく開かれ、ひとりの人物が転がり込んできた。

「ジェイレン様!」

「お姉様?!」

メアリお姉様は普段の淑女然とした様子も一切なく、ジェイレン様の机にぶつかる勢いだ。驚く私をよそに、何やら暖かくて丈夫そうな服に身を包んだメアリお姉様は目を見開き、焦った様子でジェイレン様に詰め寄る。



「竜が! 竜が現れました!」


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