努力家のお姉様と怠惰な私。
連日ランキング入り、大変ありがたく思っております。先日確認したところ、他小説も日刊週刊月刊ランキングに入っていたようで、皆様には感謝してもしきれません!
翌朝、日付をまたぐギリギリ前にベッドに入ったものの、考え事が多すぎてよく眠れた気がしなかった。
両親も同じだったらしく、朝食の席でメアリお姉様以外はのろのろと食事を口に運んでいた。
お姉様はふてくされ気味にどんどん食べている。食欲旺盛で結構なことだ。
「ごちそうさまでした。私、今日はイザベラと出かけてきます」
「ペッパーデー子爵のところのお嬢さんかな?」
記憶が正しければイザベラ・ペッパーデーというのは姉の学園時代の友人だったと思う。青みがかった黒髪が美しい、少しミステリアスな雰囲気の人だ。双子の妹らしく、雰囲気の似たお兄さんがいたはず。
姉の交友関係の中で最頻出の人物であるため私も知っていた。
記憶違いでなければ昨日国王陛下に一緒に挨拶に行ったのは彼女のはず。
「ええ、そうです。夕方には帰りますので」
「そうか、気をつけていっておいで」
食事を終えたメアリお姉様は少し睨み付けるように私を見て去って行った。
……かんしゃく起こして八つ当たりされないだけマシか。
「キャロル。今日は出かけずにここにいなさい」
「……はい」
お父様が少し険しい顔でそう命じてきた。そうなりますよね。もしかしたら今日何かアレクサンダー家から使者が来るとか手紙が来るとかあるもしれないものね。
朝食をなんとか食べきり、私は席を立つ。
おなかを押さえながら食堂から出ると、ちょうどメアリお姉様と鉢合わせてしまった。
メアリお姉様はキッと私のことを見て唇を噛む。これはこの後何かわめき散らす予兆だ、と察してしまう。
「……んで」
「えっ、と……メアリお姉様?」
唇を震えさせ、握った拳がぷるぷるしている。
「なんでキャロルがオズウィン様と婚約するの?! まるで『有罪機構〜国境戦線編〜』みたいじゃない!!」
「……はい?」
メアリお姉様の言葉に私は目が点になる。
『有罪機構』?
私は脳内辞書を引っ張り出し、『有罪機構』と言う単語を調べる。聞き覚えはあった。
五秒ほど考えて思い出す。そうだ、十年ほど前に発売された、全十二巻の小説だ。
魔法のない世界の架空の国が舞台になっているお話だ。
「『国境戦線編』主人公の辺境伯サルフィン様みたいだものオズウィン様! うらやましすぎるわ!」
いや、お姉様。オズウィン様は辺境伯ご子息です……次期辺境伯かもしれませんけど……
私も『有罪機構』は一応読んだことがある。しかしサルフィンというキャラクターは冷静沈着で、私が昨日知ったオズウィン様の印象とは大分異なっている。
だってあの人、犬っぽい。オズワンワン、という大変無礼な想像図が頭に浮かんだ。
そんなのもお構いなしで、メアリお姉様は言葉を続けた。
「サルフィン様は四番目に好きな登場人物なのに! やっぱりサルフィン様がマルマを選んだように戦える女じゃないと見向きもされないのね!!」
まだまだしゃべり続けるメアリお姉様に、私はハタ、と気付く。
メアリお姉様は『有罪機構』シリーズをとても好んでいる。発売当初からそのシリーズを購入し読み続けている、いわゆる「大ファン」という奴だ。
昔「私アラキエルと結婚する!」とか言っていなかった? まさかお姉様が王子様や公爵子息に熱を上げているのって……
まだまだお姉様は止まらない。
「一番好きなアラキエルみたいなひとは実在しないってわかってるから! だから頑張ってエドワード様やニコラ様とお近づきになるために学園時代は頑張ったのに!」
アラキエルというのはたしか侯爵子息で、双子の弟の方だ。「家督争いを防ぐために女として育てられた」とか言う設定だったはずだ。
……うん、確かにそんな人現実にはいないよね。メアリお姉様、夢見がちだけどその辺りはわかっていたのか。
「おふたりの婚約者の方が精神的におかしくなって婚約が白紙に戻ったっていう話だったから私にもチャンスがあるんじゃないかって……そんな風に思ってしまったのがいけなかったの?!」
お姉様には少々呆れた。
しかし玉の輿に乗りたいとかそういった理由からエドワード様やニコラ様と結婚したいと言っていた理由ではないことを知る。しかも罪悪感も持ち合わせているみたいだし。
お姉様は独学で礼儀作法に始まり貴族年鑑の読破と各地の特産物について、かなり熱心に学んでいた。近隣諸国の文化や政治についても懸命に学んでいなかったっけ?
その努力の源が『有罪機構』だったとは知らなかったが――
「あの、メアリお姉様……お相手は辺境伯のご子息ですよ? 我が家と格が違いすぎてとてもじゃありませんが私では力不足で……」
「そんなもの! キャロルがアレクサンダー家にふさわしくなるよう学べばいいだけのことでしょう?! それに行儀作法や知識より、辺境で重視されるのは強さ! キャロルは十分にアレクサンダー家に嫁ぐ資格があるじゃない!」
メアリお姉様の言うことも一理ある。
自分が男爵家であることが、オズウィン様に求められていることを素直に受け入れられない大きな理由だ。
家の格に関してはどうしようもない。それを埋める努力もしない内にグチグチ言うのは、きっと怠惰以外の何物でも無いのだろう。
メアリお姉様は顔を赤く染めながら悔しそうに続ける。
「私の魔法は空を飛ぶだけよ?! 装備無しでは出来るのは偵察か伝令が精一杯よ?! 魔獣を単身で倒せるキャロルが求められるのは当然じゃない!」
フーフーと肩を上下させるメアリお姉様はそこでようやく言葉を止めた。
私は黙り込んでしまう。
メアリお姉様はメアリお姉様で努力をしていた。それを考慮せずにただただ現実の見えていないお花畑というのは流石に間違いだった。私は認識を改める。
動機はどうであれ、お姉様は夢に向かって頑張っていたのだ。
私はどう?
視線を落とす私に、メアリお姉様は背中を向ける。
身分というものは絶対的なもの。上の身分や階級に逆らうのは愚行である。
王族や王侯貴族、そして上位貴族は有事の際に防衛と戦力提供を率先して行う。そして万一、戦争に負けた時はその命をもって我が国の民を守るのだ。
その身分にふさわしい責任を負っているのだから。
夢に命を掛けているメアリお姉様はその覚悟さえ持っているのだろう。私には上位貴族への憧れもなければ情熱もない。
「……イザベラがそろそろ来るはずだから、行くわ」
「はい、行ってらっしゃいませ……」
お姉様を見送り、私は三階に上がる。そのタイミングでペッパーデー家の馬車が到着したらしい。
窓からその様子をうかがうと、青みがかった黒髪の男性がメアリお姉様を迎えていた。イザベラ様の双子の兄だろうか?
馬車に乗り込むふたりを見下ろしながら、口からポロリと言葉がもれる。
「メアリお姉様みたいに上の貴族様と並び立とうとする気概も根性も無いのよ……」
こぼれ落ちた言葉に、私は自分の怠惰さを実感するのだった。
メアリは好きなキャラのために努力するタイプです。一方キャロルは自分で「ここまで」と限界を決めがちなタイプです。
◇◇◇
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9/12 加筆修正しました。