王子様は割とお茶目らしいです。
「やあ、邪魔するよ」
そう、部屋に入ってきたのは第二王子のエドワード様だった。
学園では遠目でしか見たことがないが、見間違いようがない。国王陛下によく似た顔つきに、王妃様の目と髪の色をしている。
私はぎょっとして慌てて立ち上がり、礼を取ろうとするとエドワード様は手を上げてそれを制した。
「ニューベリー嬢。昼間の魔獣の件、謝罪と礼をさせていただくよ」
「いっ、いえ! わたくしに出来ることをしたまででございます! それよりも国王陛下のおわします場所で、魔獣とはいえ殺生を行ってしまい大変申し訳なく……!」
「いいんだよ、むしろこちらの不手際の尻拭いをしてもらったんだ。褒美をと言う話が父母からあったくらいだ」
「おっ、恐れ多いです!」
私が焦りながらつらつらと言葉を並べていると、エドワード様もオズウィン様も笑みを浮かべている。
……どうやら無礼とは見なされなかったようだ。良かった。
「オズウィンから聞いているかもしれないけれど、今回のパーティーは彼の婚約者捜しのためのものだったんだ」
「は、い……うかがっております」
「それでね、本来昼夜あわせて辺境伯はもちろん、王家や公爵家、オズウィン自身が見極めるはずだったんだ。だから昼のあの時点でフォローしてあげられなくてすまなかったね」
「きょっ、恐縮です!」
裏返る声で腰から半分に折れる勢いでエドワード様に頭を下げる。こんなところもしメアリお姉様に知られたら、何を言われるか……
「まあ、あんな勇ましい姿見せられたらほぼ決定だったけどね」
エドワード様は実に楽しげに笑った。
うう……居た堪れない……
私はふと、エドワード様の言葉に引っかかりを覚える。
オズウィン様自身が見極める、と言うことはあの場にいたということになる。オズウィン様はとても背が高く、しかも筋肉質でもしあの場にいれば一目でわかる。
「あの、エドワード様……あの場にいらしたのですか……?」
記憶の限り国王陛下と王妃様それから公爵家ご夫妻以外、王族はもちろん公爵家に連なる方も辺境伯もオズウィン様もいなかったはずだ。
いくら私がメアリお姉様ほど貴族年鑑を読み込んでおらず、顔と名前を一致させるのが苦手でも上位貴族の方々は叩き込まれている。
オズウィン様とエドワード様が顔を見合わせて笑うと、エドワード様が自分とオズウィン様に手をかざす。
すると瞬時に衛兵と給仕の姿に変化した。服装だけでなく、髪型髪色から顔つき体型、身長まですべてだ。
しかもなんか見覚えがある。
目を瞬かせる私に、姿を戻したエドワード様がイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「こんな感じで、ご令嬢がたの偽らざる反応を見ようとしていたわけなんだ」
「そしたらあんなことが起きてな」
つまり私はケーキをもりもり食べる姿を見られていたというわけだ。
もしや飲み物をくださったのはエドワード様だったのでは……?
陛下と王妃様にご挨拶しに行かなかったところも見られているはずなのに、エドワード様はそれを咎めることはしなかった。
オズウィン様は顎に手をやり唸り、エドワード様はうなじをかいた。
「さっきも少し話したが、あの古木女は弱らせてあった。だから檻から出てあそこまで暴れるのはおかしいんだ」
あんなに暴れ回っていたのにか、と古木女の様子を思い出す。どう考えても捕らえられたことに腹を立てて大暴れ、と言う風だったが。
やけっぱちともいえる。
例えるなら「よくもあんなクソ狭い檻に閉じ込めてくれたなあああ?!」という感じで。
美しい姿で男を誘惑する古木女が、あんなに大暴れだもの。ブチ切れだったに違いない。
「それと不思議なことに檻の鍵が開けられていたんだ。仮にも魔獣を入れる檻だから特別でね……鍵は複数ある。鍵を持つ者は全員檻の周りにいた。しかし腰に帯びた鍵がなくなっていたんだ」
「しかも全員のだ」
え、なんて迂闊なの? それとも鈍すぎるの?
管理者全員が鍵をすられたと言うことなのだとしたら、とんでもないことだ。
目を丸くしている私に、エドワード様は困ったように眉を下げて笑った。
「なんとも恥ずかしいところだ。王城での警備だというのに」
「君が倒してくれた古木女を調べてはみたが、何か興奮剤などが使われていた形跡はなかった。管理者の不注意と言えば不注意なのだが……」
そう、不注意。
しかし何者かの意図によって鍵は盗まれている。これは何者かの悪意によって引き起こされた事件と行っていいはずだ。貴族令嬢だけで無い。王家に対する攻撃と判断してもいいことだ。
偶然、古木女が国王陛下や王妃様ではなく私のいた方向に直進していたため、人的被害は出ていなかっただけのこと。
私の頭の中には市井で流行っているサスペンス小説のようなストーリーが大量に浮かんでくる。
私はぐるぐると思考を渦巻かせながら、考え込む。
王族の暗殺。
国家転覆。
隣国の暗殺者......
顔を青ざめさせる私を、エドワード様もオズウィン様も心配そうに見つめてくる。
木っ端貴族の私が関わっていいことなのだろうか?
口封じされない? 私……そう心配していた。
「まだ不可解な点が多い。君にもまた話を聞くことになると思うが、そのときはよろしく頼むよ」
「はいっ!」
声を裏返しながら、私はエドワード様に頭を下げる。エドワード様が退出するまで頭を上げないつもりでいる私に、彼は笑いながらオズウィン様に声をかけた。
「オズウィン、ニューベリー嬢を送ってあげなよ。もちろんアレクサンダー家の馬車でね」
「ああ、もちろんだ」
この言葉に私はガチン、と硬直する。
完全に王家も私がオズウィン様と婚約することを望んでいる……もう完全に私には逃げ場がない。
いや、そもそも結婚出来るか、婿を取らねばならないかとかあれこれ気を揉んでいたのだからこれは良いこと、なのだけれど……
アレクサンダー家に嫁ぐ場合、メアリお姉様の夢は潰れる。
私たちだけが、ニューベリー家の子なのだから。
そう「王子様と結婚する」というお姉様の夢が。
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