聖女様も貴族令嬢も、恋はしません?
「貴族令嬢も聖女も、立場と身分に縛られがちでしょう? 相手がオズウィンさんでは、気苦労が大きかったのでは?」
あ、そっち? もしかしてオズウィン様に魔獣肉いきなり食べさせられたり、「誓約書」を持ち出されたりした話だろうか?
ちら、とオズウィン様の方を見れば、思い出して恥ずかしいのか気まずいのか、唇を内側に巻き込んで目をそらしている。
「いえ、セレナ様ほどでは……」
正直な感想だった。
だって、教会の聖女様だ。もしかしたら十年すれば教皇様になる可能性がある方が父親にいる、そんなお立場の方である。私の身分差からくる気苦労とは、性質が違う。
きっと私が想像できない苦労もあったのだろうに。
頭の中を見透かしたように、セレナ様は言った。
「キャロルさんも平民であれば恋のひとつやふたつ、している年頃でしょう?」
「恋」と言われて一瞬ぽかんとしてしまう。聖女様の口から「恋」なんて単語が出てくると思わなかったからだ。
ふふふ、と笑うセレナ様をディアス様はちらと一度視線をやっている。しかしセレナ様は気付いているのかいないのか、無邪気な表情のまま続けた。
「でもわたくしたちにとって、恋愛というものは物語の中ではなくて?」
「ええ、そうですね……恋愛といわれてもピンとこないというのが本心といいますか……」
メアリお姉様が身近だったせいで自分が異質なのかと思っていたが、セレナ様も私と同じ考えらしい。思わず本音がこぼれた。
そしてセレナ様の言葉に自分の身を重ねてしまう。
セレナ様の言葉を否定しないあたり、ディアス様もオズウィン様も互いの婚姻や婚約に色恋を含めて考えている様子はないようだ。
貴族というものは普通そういうものだ。
ディアス様はセレナ様に視線をやらず、まっすぐにリンデンを操っている。オズウィン様も表情は特に変えない。
貴族の結婚なんてそんなものだ。
幸いなことに私は婚約段階でオズウィン様と信頼関係を築けていると思う。なにせ一緒に巨人退治をした仲だ。そんじょそこらの貴族夫婦より信頼関係は厚いと思う。
――オズウィン様もそう思ってくれているといいのだけれど……
オズウィン様の方をちらと見ると、視線がかち合った。不意打ちだったため、心臓が跳ね上がる。不自然なくらい勢いよく顔を反対に向けてしまって首が痛い……
「あらあら、まあまあ」
「セレナ」
「なぁに、ディアス?」
「口数がいつもより多いぞ」
「だってキャロルさん達が可愛らしくて」
「……」
◇◇◇
要塞が近付いてきた。要塞は騒がしく、大きな物が運び込まれている。
遠目では大人が四人、手を繋いだぐらいの太さの丸太? のような物だ。それが一、二、三、四……
なんだろう?
「黒長鰐ですね! いやぁ、なかなかの大物だ」
――黒長鰐?!
黒長鰐は巨大な顎と太く長い胴体を持つ魔獣だ。古典の劇にも登場し、あらゆる生物を貪り食う凶暴さは領地をひとつふたつ簡単に荒れ地に変えてしまうという。
――そんな凶悪な魔獣に対して「立派」?!
オズウィン様の言葉に動揺し、冷や汗をかきながら目を見開いてみていると、今度はディアス様がこともなげに答える。
「ああ、さすがに大きなままだと持ち込めないからな。いくつかに分けてきた」
「さぞ大きかったのでしょうね! 大物故の傷はあれど、損傷がほとんどない」
「セレナが一撃で倒していたからな」
「(えーっ?!)」
あの虫も殺せなさそうな聖女様が?! 小さな山並にでっかい黒長鰐を一撃で?!
愕然としている私に対して、セレナ様がニコ、と微笑みかける。私の顔は多分引きつっていた。
「流石。王国最強と名高い『塩の聖女』様だ」
感心するオズウィン様。
物質を塩に変化させる魔法というのは希少だし、使い方によってはとても強力だとは思う。でもこんな魔獣を一撃で?!
セレナ様の強さに、私は己の貧弱な魔法を恥じた。
王都での大捕物で少し自信が持てたけれども、王国を見渡せば、私は雑魚もいいところである。
「セレナ、手を」
「ありがとう、ディアス」
ディアス様がセレナ様に手を貸し、リンデンから降りる。セレナ様は本当にひとりで馬の乗り降りもできないらしい。あの細い腕では剣どころか弱い弓も引けないだろうに。それでも彼女の魔法はあの巨大で凶暴な魔獣を一撃で倒すのだ。そりゃ、辺境伯の従弟が婿入りするわけだ。
しょんぼりと肩を落としながらアンカーから降りる。
「アンカー、痛い痛い」
下馬した直後、アンカーが顔を私の頬にぐいぐいと押しつけてきた。完全に自信喪失した状態が伝わったらしく、アンカーは慰めるような、励ますような仕草をしてきた。アンカーを撫でてやると「気にしすぎ」とでも言うようにくりくりの目で見つめてくる。
「ありがと、アンカー」




