改めて、よろしくお願いいたします。
うっすらとニューベリー家存亡の危機を残したまま、謁見の間から辞する。
メアリお姉様はアイザック様と完全に二人の世界に入っている。アイザック様も同様にメアリお姉様を見つめ、二人を邪魔できるものはこの世にいなかった。
「キャロル、私たちニューベリーのタウンハウスに戻っているわね」
「それでは後ほど私が妹君を送っていきます」
「お願いいたします、オズウィン様」
オズウィン様が勝手に約束をしてしまい、メアリお姉様は軽い足取りでアイザック様と王城を後にする。
なにちゃっかり腕組んでるんですかメアリお姉様ああ……! そして満更でもなさそうな顔してるんですかあああ?
口を曲げ、目を平たくして二人を見送った。
私そんな私にオズウィン様は「少し歩こうか」と声をかけてくださり、王城の庭園に訪れていた。
「キャロル嬢、さっきはありがとう」
「さっき?」
何のことかと思い、首をかしげるとオズウィン様は口角を上げる。
「幻惑女が俺に襲いかかってきたとき、助けようとしてくれただろう?」
「あ、あれは……」
慣れない靴で転んだせいで全く助けられませんでしたし、と口をつぐむ。飲み込んだ言葉を察したのか、オズウィン様は微笑んだ。
「躊躇わず飛び出しただろう? ああいうとき、一歩を踏み出せるか踏み出せないかの勇気が、辺境を任される人間には必要なんだ」
辺境は魔境との壁、魔獣から国を守護する存在だ。民を守るために踏み出す度胸がなければならない。オズウィン様はそういうことが言いたいのだろう。
――まあ、今回の行動に結果は伴わなかったけれども……
恥ずかしく思いながらうなじをかいて誤魔化した。
「それに今回、俺はキャロル嬢にたくさん助けられた。ナイジェル・ペッパーデー確保も、キャロル嬢がいなければどうなっていたか」
「いやでも結局オズウィン様が一撃で倒していましたし……」
触れただけでナイジェル様の腱を切り、無力化していた。あんなすごいこと、私にはできない。
そう思って顔の前で手を振っていると、オズウィン様はククッとおかしそうに笑う。
「俺の魔法は『分解』と『結合』。相手は生物限定でしかも直接触れないといけないといった制限が多いものなんだ」
え、そんなさらりと重要なことを聞いていいのだろうか? 魔法の複数持ちであることに加えて弱点まで……
「キャロル嬢、改めてお願いする。俺の婚約者になってほしい」
オズウィン様が手を差し出す。まるでともに戦う仲間に誘うような様子だった。
あのパーティーの夜の申し込みのときと違い、嬉しさが胸の中に芽生えた。
私は皮の固い手をがしりと掴む。
「よろしくお願いします。オズウィン様」
あえて少し不敵な表情を作り、オズウィン様を見上げる。
「つきましてはひとつお願いがありまして……」
◇◇◇
王都からニューベリー領に戻って約一ヶ月後。最後の荷物を馬車に積み、屋敷を振り返る。
懐中時計を見ればそろそろ出発だ。
「メアリお姉様! そろそろ出発の時間ですよ!」
大きな声でメアリお姉様を呼ぶと、メアリお姉様はアイザックと一緒に鞄を抱えて来た。
花の飾りの付いた帽子に明るい春色のドレスを纏ったメアリお姉様は、アイザック様に小さめな鞄をひとつ持ってもらっている。
アイザック様はあれから髪を短く整え、すっかり美青年になっていた。
「それにしてもアイザック、本当にそれだけでいいの?」
「ええ、大丈夫。メアリこそいいの? 荷物はそれだけで」
目の錯覚か、二人の周りに花が見える。
わずかなやりとりの間だけでイチャイチャする二人に呆れて溜息が出た。
二人が荷物を積み、見つめ合っているところを邪魔できる者は多分いない。
お父様とお母様、そして家の者たちが見送りのために並んでおり、中には目を潤ませている者もいた。
ありがたいことである。
お父様とお母様は先日賜った旧ペッパーデー領統治のため、連日手続きやら視察やらで忙しかった。そのためか目の下にクマができている。
領地運営に関わる使用人も同様である。
――申し訳ないです。お父様お母様、皆。
心の中で謝罪してからしっかり顔を上げる。
「お父様、お母様、それから皆。行ってきます」
「キャロル、体に気をつけて、それから偶にでいいから手紙を書いておくれ」
「辺境ではメアリと仲良くやるのよ」
「はい、もちろんです」
「ご安心ください、ニューベリー男爵、夫人」
私の後ろから現れたオズウィン様が、快活な笑顔を浮かべて両親を見た。そして私の背中に手を添える。
「それでは御息女と婚約者殿を辺境でお預かりさせていただきます」
「はい、娘たちをよろしくお願いいたします」
両親と使用人たちはオズウィン様に深々と頭を下げる。これでしばらく両親に会うことはできなくなる。少し寂しさはあるが、ニューベリーの皆のためにと私は勇んでいる。
「それでは、行ってきます!」
オズウィン様と同じ馬車に乗り、皆に手を振る。
メアリお姉様たちとは別だ。あの二人と同じ空間に長い時間一緒にいられる気がしない。
オズウィン様は口角を上げ、私と向き合った。
「アイザックに功を立てさせるために姉君とともに辺境に連れて行きたい、なんて言うと思わなかったよ」
これは私が考えた窮策だった。
アイザック様がニューベリー領にいたところで誰もが認めざるを得ない功績を上げることは難しいと思う。しかし辺境で巨大な魔獣を倒し、その素材を王家に献上すればそれは勲章や名声を賜れる可能性が高い。
私が上手く立ち回りアイザック様が功を立てられるようにする、というだけの話だ。
この窮策に付き合ってくださるオズウィン様には感謝しかない。
「オズウィン様、本当にありがとうございます」
「いやいや、俺もキャロル嬢が辺境に来てくれるのが嬉しい。辺境はキャロル嬢を歓迎するよ」
私は自然に頬をあげてやわらかな笑みを作っていた。そしてオズウィン様に向かって手を差し出す。
「これからよろしくお願いします、オズウィン様」
「ああ、よろしく。キャロル嬢」
お互い握り合った手は力強く、頼もしさが伝わるのだった。
一旦の終了とし、今後はしばらく番外編など書かせていただきます。
短編の時から見てくださった方、連載から追いかけてくださった方、皆さま大変ありがとうございました!




