辺境の民は戦闘民族ですか?
「今回のパーティーは俺の婚約者を探すためのものだったんだ」
公の場でないため、人称を変えたオズウィン様は、威圧感のない人懐っこい笑顔を向けてくる。
私は「はぁ……」と未だ飲み込めない現状を胃に流し込むように温かい紅茶をあおった。
私、キャロル・ニューベリーは今お城のある一室でお茶をいただきながらオズウィン様に説明を受けている。
道理で年齢の割に独り身であったり、出戻りであったり下位の令嬢が多かったわけだ。
なにせ辺境は魔獣の住まう魔境との防波堤。
魔獣についてはしっかり学園で学ぶため、辺境に対して恐ろしさを感じている令嬢は少なくない。
檻の中の猛獣を人が恐れないのは、檻が堅牢であるからだ。檻があっても中から吠えられたり、隙間から狙われれば恐怖を感じるだろう。どんなに堅牢であったとしても、人によっては恐ろしくてしかたない。その堅牢な檻になるのは一層恐ろしい。
ニューベリー家の領地は辺境と一部隣接しているために「はぐれ」の魔獣がときおり出現する。辺境からの取りこぼしや、彼らの目をかいくぐった魔獣である。
先日、私が討ち取った鱗鹿がいい例だ。
「はぐれ」であるからまだ対応できる。辺境以外の場所で例えるならあれは闘牛――私が狩ったものより大きければ闘牛など比にならない強さだ。それにあれは群れれば一層強くなる。
魔獣の数が少なければ、一定の強者や魔法の使い手で倒せる。
だが辺境では、たまに現れる「はぐれ」とは比較にならない数の魔獣と日々戦うのだ。
ついでにアレクサンダー家の女は皆女傑と聞く。
当代の辺境伯夫人は単独で雷獣竜を撃破し、その皮で作った鎧を身にまとっているとか。
彼の妹君も大層強く竜骨被りという甲殻の魔獣を倒し、それで作った盾を王家に納めたと聞く。
女性兵も多く、強くなければ辺境では生きていけない、ともっぱらの噂である。
そんなところに嫁に行く令嬢は少なかろう。訳ありか下位貴族でなければ腰が引けるし断られてしまうに違いない。
たとえ王国においてある種、王都より重要であるとされている辺境であっても。
そりゃ私のような令嬢に白羽の矢が立てられるわけである。
緊急とはいえ、単独で魔獣を単体撃破できるところを見せてしまった。それ故、十分に辺境でやっていけると見なされてしまったのだ。
もし正式に婚約の申し込みがあれば、当然ニューベリーの家は断れない。
何せ木っ端男爵だからね!!
意図せず未来の辺境伯の婚約者というある種王族と並ぶポジションを射止めてしまったのだ。
メアリお姉様が私を置いて王都の別邸に帰ってしまったことを考えると、かなりお冠なのが察せる。
――ああ、頭が痛い……
私は思わず額に手を当て唸ってしまう。
そしてはた、ともうひとつ頭の痛いことを思い出した。
「あの、オズウィン様……なぜ魔獣など連れてきたのですか?」
そもそもの疑問である。
魔獣は単体でも危険だ。事実今回脱走してご令嬢方どころか、下手をしたら国王陛下と王妃様、そして公爵家の方々が軽くて怪我、酷ければ国中が喪に服すことになっていたかもしれないのだ。
そう思い、問いかけるとオズウィン様はきょとん、としている。私は何かおかしいことを言っただろうか?
「虎や獅子などの猛獣を檻に入れて鑑賞するだろう? それと同じで、まず魔獣を見てもらうことで辺境を知ってもらおうと思ったんだ。良い案だと、国王陛下もおっしゃってくださったのだが、あんなことになって本当に残念だ」
――この人は何を言っているんだろう?
私が言葉を口に出せないでいると、オズウィン様はそのまま語り続ける。
「見目が良い魔獣の方が忌避感を覚えにくいと思ってな。ただ今回の古木女は元の木から切り離していたから弱っていたし、猛獣に例えるのは違うか」
わはは、と快活に笑うオズウィン様に私は眉間にしわが寄る。
どうやら私とオズウィン様の感覚には大きな差異があるようだ。
恐る恐る尋ねてみる。
「あの、オズウィン様。オズウィン様の感覚で、あの古木女はどれくらいの強さや脅威なのでしょうか? 魔獣でない動物に例えるとどれくらいですか?」
私の質問にオズウィン様は腕を組み、顎に手をやり考えこむ。ブルーグリーンの瞳が斜め上を見ていた。
「弱っていたし、小さな鹿程度ではないかな?」
オズウィン様は椅子にかけた自分の肩ほどの高さに手を上げた。
小さな鹿!!
私は思わず叫びそうになった。私の感覚で言うとあれは牡鹿――しかも角も立派ななかなかに強い牡鹿と同等の強さだと思っていた。
それを小さな鹿と!! バンビちゃんと!? いくらなんでも過小評価しすぎである!!
「あ、あの……ちなみに鱗鹿はどれくらいですか?」
私は汗をかきながら尋ねた。私が狩ったものは馬に乗るほどで鱗鹿の中ではそこまで大きいものではなかった。それでもあれは小さめの闘牛並みの強さだ。
私の魔法は熱を操れる。そのため弓矢が当たりさえすれば確実に仕留められると言うだけで、その魔法がなければ単独で仕留めるなど土台無理な話である。
まさか、まさかとオズウィンの言葉を待った。
「野生の山羊くらいだろうか?」
オズウィンはけろりと答えた。そのあまりにも世間一般――は言い過ぎかもしれないが私の感覚と乖離した答えが返ってくる。
私はその答えに沈黙する他無かった。
「(戦闘民族か、この人は……)」
あまりにも常識はずれで桁違いの強さであることがよくわかる。そしてそれが常識の世界というのが彼の住む辺境であると、理解した。
私が思わず遠い目でオズウィン様を見ていると、何を勘違いしたのかオズウィン様は頬を少し赤らめて照れているようだった。
――どこに照れる要素があったのだろう?
断ることなどまず無理だろうし、そもそも国王陛下に声をかけていただいたので、ばっちり覚えられてしまっている。私の魔法も辺境で魔獣狩りをするとなればかなり有用であることが古木女狩りでわかっただろう。
多分逃げられない。
ああ、メアリお姉様がかんしゃくを起こさないかだけが心配だ……
そう、ぼんやりとしていると部屋をノックする音が聞こえた。