沈黙は金とは限りません。
大捕物の後、王都にたどり着いたのは明け方近くだった。存外疲れていたらしい私はすっかり寝こけていた。
オズウィン様の肩に寄りかかっていたせいで頬が赤くなっていたことに気付いたのは、王城の来賓用の部屋で鏡を見たときである。
その日は王城の医者にあれこれ検査された。一通り済んだかと思えば豪勢な食事やお茶、湯浴みなどでもてなされ、また引き留められる。
メイドや侍女にあれこれ世話を焼かれた。用意されたドレスで着飾らされ、その豪華さに内心、お父様やお母様並に震えていた。
そんなものだから精神的に休まらないったらなかった。そんな状態でもう一日留まるよう国王陛下からお言葉を伝えられ、私は緊張で禄に眠れなかった。そして夜は天幕の房飾りを数えて過ごす羽目になったのは言うまでもない。
翌日、これまた魔獣素材と細かい刺繍と繊細なレースをふんだんに用いたドレスを着せられ、化粧をバッチリ施される。普段あまり履かない踵が高くて細い靴は歩きにくい……
無様を晒すまいと慎重につま先に体重をかけて、別室に案内をしてくれる侍女の後を追う。
――う、足首がグネッと……!
人に見られていないかヒヤヒヤしながらたどり着いた先にいたのはオズウィン様だった。しかも辺境伯子息らしく着飾っている。オズウィン様とダンスをしたときと同じくらい輝いている。
沈黙する横顔は王子様のようだった。
「キャロル嬢」
私の姿をみとめると、オズウィン様はぱっと人なつこい顔になる。先程までの王子様然とした佇まいは一気に失われた。
気のせいか彼の頭には耳、ぱたぱたと動く尻尾が背後に見える。
何故着飾らされているのか、私はわからず不安になる。
扱いからすると悪いようにはされないと思うのだが、なんとなく居心地が悪い。
「オズウィン様、あの、これは一体……」
私の手を取りエスコートをしてくださるオズウィン様にこっそり尋ねる。オズウィン様も小声で答えてくれた。
「これから今回のペッパーデーの件で話をするんだ。国王陛下と王妃殿下の前で」
思わずキェ、と喉の奥で悲鳴を上げた。
決して悪いことをしたわけではなく、手柄を立てた方ではあるが私は思わずオズウィン様の腕をぎゅうと掴むくらいに緊張していた。
謁見の間にたどり着き、国王陛下と王妃様の姿が視界に入った瞬間、緊張が最高潮に達する。私は頬の内側を噛んで、気をしっかり保つのがやっとだった。
「キャロル嬢、オズウィン、こちらへ」
辺境伯として相応しい堂々とした服を身に纏ったジェイレン様が私たちを隣に呼んだ。
国王陛下と王妃殿下の玉座の下座に立ったジェイレン様の側に立つと足が震えている気がした。
なにせ王族がすぐ側にいるのだ。オーラというのだろうか、そういうものに気圧される。
手袋の中で手汗をかきながら、私は背筋をただして立ってどれくらい経っただろう。魔封の枷を付けたナイジェル様とイザベラ様が兵によって連れてこられた。
イザベラ様はあの日のドレスではなく、簡素なシャツとパンツに身を包んでいる。魔封の枷のため姿は男であるし服装も替わってた。それでもイザベラ様の美しさは損なわれていない。
「ナイジェル・ペッパーデー、イザベラ・ペッパーデー。お主らがここに呼ばれた理由はわかっておるな?」
国王陛下の声が謁見の間に響く。
その深く威厳あるお声に、ナイジェル様は顔を伏せたままビクリと震えた。一方のイザベラ様は力なくうなだれている。たくさんのものを諦めたような、そんな姿に見えた。
「ナイジェル、お主には禁止された生体魔獣の飼育、魔獣の人体への憑依、および人身売買の嫌疑がかけられている。何か申し開きはあるか」
「……」
沈黙するナイジェル様は視線を上げない。余計なことを言ってしまわないように黙っているようにも見えるし、どうすれば逃れられるか考えているようにも見えた。
はっきり言って国王陛下のあの眼差しの前で下手なことを言う勇気なんて出ないだろう。私も黙ってしまうと思う。
黙秘を貫くナイジェル様に国王陛下は溜息を吐き、今度はイザベラ様の方を向く。
「イザベラ・ペッパーデー。王城で古木女を逃がし、ガーデンパーティーにて混乱を起こしたこと、間違いないか」
「はい、間違いありません」
イザベラ様が肯定の言葉を吐いた途端、ナイジェル様は目を見開き、恐ろしい形相でイザベラ様を睨み付けていた。しかしイザベラ様は言葉を止めなかった。
「わたくしは王都魔法学園在学中、エドワード様を始め、公爵様、宰相閣下、将軍閣下の御令息の御婚約者様方に魔法を悪用し、不和を誘発いたしました」
「イザベラァッ!」
怒りに目を血走らせたナイジェル様がイザベラ様に吠える。今にも飛びかかりそうなナイジェル様を、兵が押さえつけた。
イザベラ様は今までの罪をすべて吐き出さんばかりの勢いで、罪を告白する。メアリお姉様のために私を洗脳してオズウィン様との婚約を白紙にさせようとしたこと、家族の命令で自分の魔法を悪用していたこと――すべてをつまびらかにした。
「イザベラ! この裏切り者! やはりお前はペッパーデーを滅ぼす厄災だ!」
「いい加減にして! もう隠してもどうしようもないでしょう?! 罪は償うべきよ……」
怒り狂い、押さえつけられてなお唾を飛ばしながら喚くナイジェル様。イザベラ様は潔いと言うよりもう自棄になっているというか、何もかも諦めているように見えた。
「そうか。イザベラよ、何か弁明はあるか」
「いいえ、ございません」
国王陛下の言葉に顔を伏せたまま応えるイザベラ様に生気は無い。
二人のペッパーデーを見つめる国王陛下の視線は思慮深く、何かを考えているようだった。そしてそのとき、謁見の間に新たな人物が現れた。
「遅れました、父上母上」
颯爽と現れたエドワード様。その後ろにはメアリお姉様と四名の御令嬢がいた。メアリお姉様の登場には驚いた。何故ここに、と言う意味で。
だがそれ以上に私は四名の御令嬢に口をぽかんと開けて見つめてしまった。だって、その……なんだか妙に険しいというか逞しいというか……まるで画風が変わったような姿をしていたから……
私が間抜けな顔をしていると、メアリお姉様が手枷を付けられたイザベラ様に気付いたらしい。メアリお姉様は口元を手で押さえ、震える声を上げた。
「……イザベラ?」




