大きさで偉さははかれないのに。
四階建ての建物よりも高くなったナイジェル様は、怒りの表情でオズウィン様に手を伸ばす。動作そのものは巨大になってしまった分、遅い。
「ジェット!」
オズウィン様が叫び、同時にジェットの尻を叩いて逃がす。ジェットは一目散に駆けていった。ペッパーデー家の馬車馬も釣られて逃げ出した。
オズウィン様はジェットと反対方向に転がり、迫り来る巨大な手を回避する。
ナイジェル様の手はオズウィン様にもジェットにも当たらなかったが、指の先が地面を抉っている。体のサイズに比例して威力が上がっているらしく、私はゾッとした。
身のこなしは素人同然と評していいくらい全くなっていないが、十倍以上質量の増えた体がぶつかればタダでは済まない。速さはなくとも馬や牛と衝突すれば吹き飛ぶ。それと同じだ。
そしてなにより……
「はぁッ!」
オズウィン様が素早く足下を駆け抜け、擦れ違いざまに剣でナイジェル様を斬りつける。しかしズボンに少し切れ目が入った程度で、ナイジェル様は痛みも感じていないようだった。
「金剛蜘蛛の糸か?」
金剛蜘蛛の糸はより合わせれば一本で大人を支えられるほど強くなる。しかし魔獣の素材なので高く、絹糸や他の糸と混紡されているものが多い。
ナイジェル様のズボンに切れ目が少ないところを見ると、金剛蜘蛛の糸の割合がそこそこ高いと思われる。
「ははっ! 学園でチヤホヤされていた辺境のお坊ちゃんの実力はこんなモノか?! 力も強くて頑丈な俺の方が上じゃないか!」
蔑みながら笑うナイジェル様。その笑い声は体にビリビリと響く。
やかましいったらなかった。
体を大きくできるタイプの魔法を使う者は、無敵感に酔いしれて攻撃性が増すというのは本当らしい。
学園の魔法心理学の授業でやった。
「きゃあぁあっ!」
暴れ回るナイジェル様の足下で、イザベラ様が悲鳴を上げる。下手に動けば踏まれかねない。あれだけ大きくなれば、人間はネズミ並にしか見えないのだろう。
これから行おうとしている作戦に、騎乗している状態は不利である。
アンカーから降り、馬体を叩いて逃がす。
ボトルの底に手を当て、熱くした指を突き立てそこをくり抜く。程なくすると勢いよく水が噴き出てくる。フタを閉めている間は満タンになるまで水が湧き続けるボトルの特性を利用して、噴水のように出し続けているのだ。流石に限りはあるが。
本来の使い方とは異なるので絶対に真似してはいけない。
ボトルの中に氷のつぶてを作り出し、それをナイジェル様の脛目がけて噴出させる。しかしあまり効果はなさそうに見えた。
仕方ない。
「ぐっ!」
股間に向けて大粒の氷を水とともにぶつける。場所が場所だけに怯んだナイジェル様。その隙に私は濡れた地面を踏みつけ、凍らせた。水を撒き散らしたおかげでイザベラ様まで氷の路ができる。ボトルから吹き出る水を推進力に、イザベラ様まで氷上を滑走した。
オズウィン様は私の行動を読んでくれたらしい。ナイジェル様の意識を引き付けるために剣を顔面目がけて投擲したのだ。
顔目がけて飛んできたのが剣だったため、ナイジェル様は両手で防いでしまう。
完全に視覚情報を断ったナイジェル様のわずかな時間に、私はイザベラ様を抱き上げる。
「んぎぃ……ッ!」
予想以上に重いイザベラ様の体をひっつかみ、ナイジェル様の攻撃範囲から離脱した。
ある程度距離をとり、オズウィン様とナイジェル様の戦闘を確認する。ナイジェル様は剣を顔に投げられ、怒りもあらわに攻撃を繰り出している。当たらずとも執拗な攻撃をかわし続ければ体力は削られる。ナイジェル様はそうかからずオズウィン様を仕留められると思っているに違いない。
私はボトルの水を止めるため、蓋を外す。ボトルの蓋と口が合わさって初めて水が出るので、こうしておけばボトルに施された術式は解除される。
イザベラ様の体から手を離すと、彼女はその場に座り込んでしまった。流石に恐ろしかったのだろう。腰が抜けている彼女の前に、私はしゃがみ込んだ。
「イザベラ様、寒いのは苦手ですか?」
微笑む私の質問の意図がわからないのか、イザベラ様はきょとんとする。「いえ、苦手ではないです……」と、言う返答に私は満面の笑みを浮かべた。
笑顔のままボトルに蓋をして地面に水をばら撒く。
「キャロルさ……ッ?!」
私の足下から霜柱が生え、イザベラ様を捕らえる檻になる。極太の霜柱は簡単に破壊もできなければ解かすこともできない。
「しばらくここでお待ちを」
「ちょっ、ちょっと! キャロルさん!!」
イザベラ様はこれで良しとして、オズウィン様の加勢に行かねば。
再び氷の上を滑走し、巨人と戦うオズウィン様の元へ向かった。
調子に乗っているらしいナイジェル様は脚を振り上げてオズウィン様を石ころのように蹴り飛ばそうとしていた。
しかし戦いの素人であるナイジェル様程度の動きはオズウィン様を捕らえることはできない。
余裕を持ってかわすオズウィン様に対し、ナイジェル様は苛立ち始めた。
「オズウィン様!」
オズウィン様のところまで氷を張り、手を伸ばす。オズウィン様を抱きしめ、ボトルを右手だけで操り滑走を続けてナイジェル様から逃げ続けた。
「ご無事ですか?!」
「ああ、問題ない。しかしすごいなキャロル嬢! こんなこともできるのか!」
「お褒めありがとうございますでも今はそんなことを仰っている場合ではないのでは?!」
楽しげに笑うオズウィン様に、叫ぶ私はナイジェル様をどう無力化するかを考えていた。
「うろちょろするなこのネズミどもめ!」
「辺境伯令息に向かってネズミとは無礼ですよ! 子爵令息の身分で!!」
「キーキー何言ってるか聞こえないんだよ!」
氷で滑ることを嫌ったらしいナイジェル様は背中を丸めて手を伸ばし、私たちを捕まえようとする。
手を狙って氷のつぶてをぶつけるが、ナイジェル様は煩わしそうに顔を歪めるだけで、対して痛みも感じていないようだ。
ナイジェル様は今、痛覚はもちろん聴覚も鈍化していると思われる。そうなると他の感覚器官も鈍くなっているのだろう。
私たちが針で指を刺しても騒ぐほどの痛みもないのと同じだ。
巨大化することで繰り出される攻撃の威力は増しているが、速さが増しているわけではない。
ただ大きいだけで身のこなしは素人――
足下を凍らせてナイジェル様の身動きを止めることはできるだろう。
しかし水も永遠に出るわけではない。水を出しすぎれば蓋とボトルの口に施された魔法は切れてしまう。
仮に私がナイジェル様の体温を下げて活動を鈍らせようとしても、あの巨大な体が相手では起点になった部分が壊死しかねない。
オズウィン様の魔法も、傷を塞いだ様子からするに回復系……オズウィン様の魔法は相性が悪いし、私の魔法だと脚の一本位奪いかねない。
五体満足で無力化は難易度が高いかもしれない。悩んだ私はオズウィン様に問いかけた。
「オズウィン様、どうなさいますか?!」
「安心してくれキャロル嬢。俺に考えがある」
オズウィン様は快活に、実に楽しそうに私に声をかけたのだ。
オズウィンとキャロル、めちゃくちゃ密着してるのに色気がない。




