でっかいことはいいこと、とは限りません。
ペッパーデーの馬車から降りた黒髪の青年は、慇懃に頭を下げる。顔立ちはイザベラ様とよく似ていた。近寄りがたい雰囲気を持っているが、イザベラ様のミステリアスなものとはタイプが異なる。
一見するとどこにも無礼な様子はないが、私は言い表しにくい嫌なものを感じて、反射的に眉間を寄せた。
幸い、彼の青年はオズウィン様を見ている。
「これはこれは辺境伯御令息のオズウィン様。これは一体どういうことでしょうか? これから妹の輿入れなのですが……」
「ナイジェル・ペッパーデーだな。ちょうどいい。貴方にも王城へ同行してもらおう」
オズウィン様が馬上からナイジェル様に告げる。ナイジェル様はその言動に間を開けた。
一瞬、苛立ったことが背中からでもうかがえてしまう。示した感情が驚きでも動揺でもないところに、私はますます眉間に力が入った。
「オズウィン様。先程も申し上げましたがこれから妹の輿入れなのです。いくら何でも令状もなくそのようなことを申されましても……」
無実の人間が、突然辺境伯の子息から王城への召喚を命じられた、となれば驚いたりその理由を尋ねるだろう。それが自分の都合を真っ先に口にする辺り後ろめたいものがあるようにしか見えない。
オズウィン様は表情ひとつ変えず、馬車を指さした。
「それはおかしい。妹の輿入れだという割に付き人はなく、嫁入りの荷物もないではないか」
オズウィン様の指摘にナイジェル様は肩がピクリと動く。
確かにおかしい。
いくら急な嫁入りだからといって、こんなに身軽なわけがない。まるで身ひとつで売られるようにさえ思えた。
「そしてこれは辺境伯権限だ。私は父の名代として貴方と妹君を王城へ召喚を伝えている。そしてペッパーデー子爵にも国王陛下から同様の命令が下るだろう」
「……ッ!」
ナイジェル様が明らかに動揺している。もしや今回、イザベラ様が王城で魔獣を暴走させたことと、オズウィン様の婚約者をメアリお姉様に仕立て上げようとしたこと――イザベラ様の単独の犯行ではなくペッパーデー家ぐるみのものだったのだろうか?
私はてっきりイザベラ様の独断であって、家族は関係ないモノだと思っていた。しかし隠蔽しようとしている時点でナイジェル様もイザベラ様のやったことを知っているに違いない。
それにもしイザベラ様の単独犯であれば、庇わず素直に突き出すことでペッパーデー家にかかる罰はそこまで厳しくならないはずだ。
「貴方方兄妹には話を聞かねばならない。このまま王都へ戻るというなら何もしない」
オズウィン様は極めて冷静に、抵抗をしないことを勧める。一方、ナイジェル様は必死になって声を張り上げていた。
「お待ちください! 何も、何もしておりません! 令状もなく突然王城に召喚されるようなことは何も……!」
「話は私ではなく、国王陛下にしてもらおう」
今更弁明をし慌てふためくナイジェル様。オズウィン様はバッサリと切り捨てるように彼の言葉を遮った。
そうだ。何故ガーデンパーティーで魔獣を解き放ったのか、申し開きはオズウィン様ではなく国王陛下にすべきだ。
ぶるぶると体を震えさせるナイジェル様は、怒りの形相で馬車からイザベラ様を引きずり降ろして地面に倒した。
「イザベラァッ! お前『魔獣降ろし』を密告したなッ?!」
「私は何も……!」
「煩い黙れ! 本当に我が家に災いしか運ばぬ卑しい詐欺師が!」
「私は……!」
「傾いた我が家を俺がどれほど苦労して立て直したと思っている! その身を売って金にするくらいしかペッパーデーの役に立たないくせに!」
突然のナイジェル様言の葉に、オズウィン様も私も目を見開いた。
『魔獣降ろし』というのは魔獣を人間に取り憑かせることである。そして人身売買は当然ながら我が国では禁止されている。
突然の重犯罪告白に私は驚いてしまった。
ナイジェル様はイザベラ様を叩き、罵っている。
頭に血が上っているのか、自分が自白していることに気付いていないようだった。
「……つまりペッパーデー家は生体魔獣の無許可取り扱いおよび人身売買をしていたと」
「ガーデンパーティーの件以上の犯罪を告白されては見過ごせないな」
私とオズウィン様の指摘にナイジェル様は動きを止める。ようやく自分が何をしたのか気付いたようだった。
まさか自ら罪をばらしてしまうとは……あまりにも頓馬なナイジェル様に私は恐れ入った。
「令状などなくとも、この状況では貴方も国王陛下の裁定を受けなければならないようだな。大人しく連行されてもらおう」
顔を真っ青にしていたナイジェル様に、オズウィン様は馬から下りて近寄る。手には拘束具があった。
さて、なんと報告したものか、と私はその様子を見ていた。
「き、貴様らさえ消せばッ!」
ナイジェル様がオズウィン様の腕を振り払い叫ぶ。
馬鹿なことを。
イザベラ様確保の件でジェイレン様が国王陛下に連絡が行っているはずだ。そもそもオズウィン様が辺境伯代理として来ている時点で、ジェイレン様が知らないはずがないのに。
ここでオズウィン様や私を消したところで罪の上塗りになると気付けないのだろうか?
「ペッパーデーは潰れない!」
「キャロル嬢! 離れろ!」
次の瞬間、ナイジェル様の体が光った。吸い上げられるような風が起こり、砂埃に思わず目をつむる。
馬たちの鳴き声と蹄の音が響く。
目を開けるとそこには巨大な足が立っていた。
何事かと上を見上げれば、古木女の五倍以上大きくなったナイジェル様だった。
「お前たちが消えれば! お前たちが消えれば何も問題など無い!」
小者!小者感いっぱい!




