手袋を投げる意味はご存じでしょう?
馬に乗り、アレクサンダー家のタウンハウスを目指す。急かすように心臓がバクバクと音を立てていた。
――早く! 早く! 早く!
手袋の中に汗を感じながら、馬の腹を蹴って前へ前へと走らせる。馬の息づかいから全力であることがわかるのに、酷く遅く感じた。
アレクサンダー家のタウンハウスは伝統的な貴族たちの別邸が建てられた地区にある。
その中でも一際大きく広い屋敷と庭を見付け、迷うことなく門へ向かった。
アレクサンダー家の権力の大きさがうかがえる大きな屋敷の前で馬を止めると、二人の門番が訝しげにこちらを見てくる。
「失礼ですがレディ、当家にご用でしょうか?」
私は馬上から飛び降り、門に掲げられた家紋を確認する。間違いなくアレクサンダー家のものだ。
私は門番を睨み付けるように視線をやった。
「ニューベリー男爵の娘、キャロル・ニューベリーです。オズウィン・アレクサンダー様はご在宅ですか?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
私の名前を聞いて、アレクサンダー家とどういった関係だかすぐに理解したらしい。
門番の一人が屋敷に向かい、もう一人は馬を預かると行って手を差し出した。私は馬の手綱を渡し、大股で歩きながら屋敷へ向かう。
私に追いついた門番が、扉を開けて屋敷の中へ導く。
令嬢としてはあり得ない歩幅で玄関へと入ると、丁度ジェイレン様と門番が話していた。私に気付いたジェイレン様が腕を広げ、のしのしと嬉しげに出迎えてくれる。
「ああ、キャロル嬢ではないか。今日は一体どういった用向きかな?」
先触れもなく訪れたというのに、ジェイレン様は満面の笑みだ。私は背筋を正し、踵を揃えてジェイレン様に向かって口を開く。
「オズウィン様に決闘を申し込みに参りました」
「決闘?」
ジェイレン様が私の言葉を反復したとき、丁度オズウィン様が現れた。
鍛錬中だったのか、木剣を携えている。
「キャロル嬢、ようこそ。急だったな」
ちょうどいい。
私は手袋を取り、その顔面目がけて投げつけてた。
「ぶっ」
手袋を顔に叩きつけられて声を上げるオズウィン様。顔からずり落ちた手袋を反射的に掴むが、何が起きたのか理解していなようだった。
「オズウィン・アレクサンダー様、決闘を申し込みます」
広い玄関ホールに私の声が響いた。
オズウィン様は目をパチパチと瞬かせ、私と手袋を交互に見る。
ジェイレン様ははっとしてオズウィン様に向かって声を上げた。
「おっ、オズウィン! お前キャロル嬢に何をした?!」
「いえ、俺は何も……」
「決闘」と言われて驚いているのだろう。私はオズウィン様を睨み付け、はっきりと告げる。
「オズウィン様と私の婚約関係の訂正を求める決闘を挑みます」
「キャロル嬢! 愚息が何かしでかしたかのか?!」
ジェイレン様は辺境の守護者らしからぬ慌て具合で私を見てくる。ジェイレン様の言葉は見当違いだ。
「いいえ、オズウィン様は何もしていません」
「なら何故……!」
ジェイレン様には一瞥もやらず、私は強い眼差しのままオズウィン様に歩み寄る。そして預かった剣鉈を押しつけるように差し出した。
「お返しします」
オズウィン様は私をじっと見てくる。
私は眉間に込めた力を緩めることなく、オズウィン様の視線を真っ向から受け止めた。
「この決闘、受けさせていただこう」
「オズウィン! 何を勝手なことを……!」
オズウィン様の返答にジェイレン様が叫ぶ。そんなジェイレン様を手で制し、オズウィン様は私を見つめたた。
「決闘の内容は?」
「一対一にて、勝敗の決定は続行不能になるか、降参の言葉が出るまで」
「得物と魔法は?」
「どちらも使用可で。私はこれを」
腰に携えた、水の入ったボトルを揺らす。それを見てオズウィン様は笑みを浮かべる。
「なら俺は素手で」
オズウィン様は大体の武器は使えると言っていた。同時に「防具で固めている相手にはメイス」と言っていた。そして素手での戦いを求めたことから推測するに、オズウィン様の魔法は直接触れないと発動しないのだろう。使用範囲的制限がある確率が高い。
ごくごく限定的な使い方しかできないはずだ。だが油断する気はない。
なにせ辺境伯の子息という以前にオズウィン様は辺境の戦士。これが強くないはずがない。だが私も負けるわけにはいかない。
「俺とキャロル嬢の婚姻関係の訂正といっていたけれど、どういう風に訂正を?」
「私ではなく、メアリお姉様と婚約をしてください」
「君の姉上と?」
オズウィン様は眉を片方上げる。ジェイレン様もどういうことだと言わんばかりの顔をしていた。ジェイレン様は疑問符を頭に大量に浮かべながら尋ねてきた。
「キャロル嬢、何故またそんな……」
「私よりもメアリお姉様が将来の辺境伯夫人に相応しいからです」
オズウィン様は口元を押さえて考え込むように私を見つめた。
何を迷う必要がある。
「わかった。それじゃあ、俺が勝利した場合……そうだな」
焦らすような様子に、私は苛立った。オズウィン様が口を開くより先に私は手を前に突き出す。
「それはオズウィン様が勝利したあとで結構です。そして今すぐ決闘を」
きっぱりと言うとオズウィン様は口を大きく横に伸ばして笑みを浮かべた。
「わかった。それでは鍛錬場で良いかな?」「ええ、もちろんです」
オズウィン様はジェイレン様に何か耳打ちをする。
そしてすぐ私の方を見た。
「案内しよう。決闘の見届け人は父上で良いかな?」
誓約書の件がある。流石にジェイレン様が息子に肩入れをするような判断をすることはないだろう。
「ええ、お願いします」
私は闘志をみなぎらせてオズウィン様の後に続いた。
次回はバチバチなバトル予定です。早くここを出したくて仕方なかった……
あとシャケの皮仲間がいるのが嬉しいですね!




