その輝きはダイヤモンド、だそうです。
第二王子謹製の焼き菓子に敗北感を感じた翌日。オズウィン様の鉈剣をしっかりと握りしめ、革を見に行くためマリーを伴って別荘を出た。
王都の市場では様々な革を扱っている。その中で出店していた店の中で、ひとつ気になるところがあった。露天的に出しているというのに、扱う革が驚くほど種類豊富だったのだ。
そこの店番に店の名前と住所を尋ね、店舗へ赴くことにした。
店構えとしては少々古めかしく、しかし扉は重厚で良く磨かれている。
店の名前は「革千万」。自信の現れのような名前だった。
「いらっしゃいませ」
やわらかな、だが店と同じように深みのある声が私たちを迎え入れる。丁寧な陳列がされているが、棚の全面だけでなく、天井から革が吊されているものだから圧巻の一言だった。
ニューベリー領でもよく見る鹿や猪はもちろん、馬や牛、豚に羊もある。
「ひゃぁ~、ここは品揃えがすごいですね、お嬢様」
「本当。爬虫類も魚もある」
「魚ですか?! 破れないんですか?!」
マリーが驚きながらフィッシュレザーを見ている。すると眼鏡を掛けたオールバックの優しげな初老の店員が笑顔を浮かべながら近付いてきた。
「もちろんです。フィッシュレザーはミモザの樹皮から抽出した成分でなめしてあります。生臭さなど一切無く、薄さからは想像できない強度となっていますよ」
「はぁ~、魚の皮を食べる以外にもこんな風にできるんですねぇ」
「経年で濃く深い色合いになります。かさついた場合は革用のオイルで手入れをしていただくと治ります」
店員は商品を売るより、まず知ってもらいたいらしく熱心に説明をしてくれる。
「よろしければこちらをご覧ください」
「ありがとうございます」
分厚いファイルを渡される。そこには動物の種類となめし方、染色の違いごとに変えた小さな革が並んでいた。
店員が持ってきた見本の革に触れながら見ていると、彼の背後にある硝子ケースに入れられている革が目に入った。
「その革は?」
店員が目を輝かせ、硝子ケースを開ける。見慣れない滑らかな表面の革は繊維組織が細かすぎて光を帯びているように見えた。
「こちら金剛角馬の革です!」
「えっ、魔獣の?」
「その通りです!」
店員は鼻息荒く、興奮気味に語り出した。
「魔獣の中でも一際美しい金剛石の角を持つ馬! その角から取れる宝石の希少さと輝きばかりが取り沙汰されますが、筋肉が多い臀部から取れるレザーはまさに革のダイヤモンド! 魔獣は活動が多いため傷が多いことがありますが、この金剛角馬の革は大変美しい仕上がりとなっています!」
ムフー、と鼻息を吐く店員の額にはうっすらと額に汗をかいていた。ぴっちりと整えられていた前髪が一房ほつれている。
「はわ……」
店員の勢いにマリーは若干腰が引いていた。しかし彼が熱心に語るだけあって、金剛角馬の革はとても美しかった。
そして魔獣の革は普通の動物のものより全体的に丈夫なものが多い。魔獣の革から作られた防具は金属製の盾や鎧と比べてずっと軽く、それでいて頑丈なのだ。加工の仕方で強弓から放たれた鋭い鏃も弾くし、達人の剣で何度も斬りつけてようやく破壊が叶うほどの強さになる。
とても魅力的だ。
きっと素晴らしい鞘ができるだろう。
「こちらをいただけますか?」
「はい! ありがとうございます!」
一も二もなく、私は購入を申し込んだ。
丁寧に包まれた革をマリーに預け、私たちは店を出た。マリーはしっかりと革を胸に抱きしめてている。
「はわ……金剛角馬の革なんて初めて持ちました……」
「ドキドキしちゃう?」
「心臓が口から飛び出そうです~」
さほど大きくはないが、良い値段がした金剛角馬の革。しかし辺境伯の御子息であるオズウィン様に贈るものならこれくらい上質なものであるべきと思った。
「お嬢様~他にはどこか行かれないのですか? お菓子屋さんとか、布屋さんとか、レース屋さんとか、香水屋さんとか……」
「頼まれたの?」
「はい!」
王都への付き添いはメイドたちの中でいつも取り合いになる。ニューベリー領にはない、王都の洒落た店を訪れるチャンスがあるからだ。
そしてニューベリー領で留守番をする他の使用人たちにお使いを頼まれることも多々ある。
私はお財布から金貨を一枚取り出し、マリーに渡す。目を丸くしているマリーに、指を立てて笑って見せた。
「革を私の部屋に置いてきたら好きに見てきなさい。これは私が一人で散歩するのを内緒にして貰う口止め料あとお使いの足しにして。夕食の準備までには戻るのよ?」
せっかくの王都だ。
私もたまには一人で店や市場を回りたい。せっかくだから本屋に直接赴いて数冊買いたいと思うし。
マリーはぱっと顔を明るくし、頬をピンクに染めて元気よく返事をする。
スキップをしそうなマリーを見送って、私は店の連なる通りを歩き出す。
どうせなら革に合わせた糸も買おうかな、と急に考えが浮かぶ。
本を買う前に探せば、ゆっくりとしていられるだろう。
オズウィン様の髪の色に合わせて、赤系統の糸にしようか……そんなことを考えながらオズウィン様の剣鉈を抱きかかえて歩いていると、体が引っ張られた。前のめりになるほどの強さで、剣鉈を奪われたのだ。
剣鉈を奪ったのは小柄な少年で、私は一瞬あっけにとられたが、すぐ彼の後を追いかけた。
オズウィン様が預けてくれた剣鉈を奪われるなんて! 信頼を裏切るような真似をしてしまった罪悪感――少年を追いかける足に力が入る。
少年の足は速く、何度も道を曲がって私を捲こうとした。幸い今日は踵の高い靴は履いていないので、私はじわじわと少年に追いつきつつあった。
「待ちなさい!」
声を掛けたのとほぼ同時に、少年は再び角を曲がって人気の少ない道に駆け込む。私もそのまま少年を追いかけ、勢いのまま、飛び込むように角を曲がった。
――絶対に捕まえる!
ブレーキを掛けるように強く地面を抉って向きを変える。しかし少年よりも先に目に飛び込んできたのは、
「あら、奇遇ね。キャロルさん」
オズウィン様の剣鉈を持った、イザベラ様だった。黒く艶やかな髪をさらりと耳にかける。酷く美しい笑顔を私に向けて。
カリカリに焼いたシャケの皮は美味しいと思います。




