手の上でコロコロされました。
沈黙が場を支配する。
睨み付けるような私の視線を受けていたエドワード様が急に「ぷすっ」と口から息をもらしまた笑い出したのだ。
小馬鹿にするでもなく、心底嬉しそうに笑ったのだ。
「オズウィン! 君の婚約者は辺境伯夫人に相応しい子じゃないか」
きょとん、としている私とオズウィン様に、エドワード様は友好的な笑顔を浮かべている。一体全体どういうことだろう?
頭に疑問符が浮かんでいるのが見えたのだろう。エドワード様は実に嬉しそうに私を見つめてくる。
「辺境を治める立場に立つなら、王族相手に臆するようじゃダメなんだ。不当だと、誤りであると思うならそれを正し、やり込める位の気概がないと」
エドワード様の言葉に私は目を見開き、すぐ眉間にしわを寄せて睨み付けた。
エドワード様の意図がわかったからだ。
「……要するにわたくしを試したと言うことでよろしいですか?」
「そう! その通り」
清々しいくらい言い笑顔と返事をしたエドワード様に、これ見よがしに溜息を吐いてやった。
エドワード様の悪戯というのは、王家の篩なのだ。
相応しい者を見極めるための、なんとも腹黒いやり口だ。
「ニューベリー嬢、君は元々は媚びない・間違いは正すという持ち主だったみたいだね」
「……」
私は沈黙する。エドワード様の言葉に息が止まりそうになった。
誰にも話していない、思い出したくもない出来事……そういうものが私にもある。その出来事以来、私は身分差には酷く気を遣うようになっていた。どうやらエドワード様はその辺りも容赦なく調べ上げたらしい。
なんともイヤラシイ人である。
というかどうやって調べたというのか。
私がジトッとエドワード様を見ていると指を組み、まるで小説を読んだ後の考察でも述べるように語り出す。
「長い間それを押し込めていたようだったから心配していたけれど……どうやら『良い切欠』があったらしいね」
まるでメアリお姉様とのことも「誓約書」のことも知ったような口ぶりに、私の唇に力がこもった。
「腹芸に関してはそこまで求めていないから安心して? できればなお良いってだけだけど」
「……努力いたします」
ぐ……結局エドワード様の手の上だったのか、と思うとムカムカする。試合に勝って勝負に負けたような気分だ……
「エドワード。俺はどうしようとかまわないが、キャロル嬢を試したりからかうような真似は止めてくれ」
すっかり蚊帳の外になっていたオズウィン様が、エドワード様を睨み付けながらはっきりと言った。
エドワード様が「おや?」と眉を上げてオズウィン様に視線をやる。珍しいものでも見ているようだった。
「俺が常識知らずであることはここ数日で身にしみている。俺をからかうのもかまわない。だがそれにキャロル嬢を巻き込むな」
オズウィン様も思うところがあったのだろう。
エドワード様のそれは王族として相応しい人間を選別するための行為だった。しかしオズウィン様は私の「相手を試しては良好な関係を築くことが難しくなる」と言う言葉を優先させてくれたのだ。
少し、嬉しい。
オズウィン様の言葉に思わず彼を見つめてしまう。すると視線に気付いたのか、気恥ずかしそうにオズウィン様は目を伏せてしまった。
その仕草に私も反射的に恥ずかしくなり、目を伏せる。まるで思春期の少年少女にでもなったような気分だ。
「どうやら良好な関係は築けているみたいだね」
快活に笑うエドワード様を揃って睨み付ける。「仲がいいねぇ」と言ってきた。エドワード様は息をするのと同じように人をからかう人間なのだと諦めることにしておく。
「ああ、それでね。ついでなのだけれど、例の古木女の件、少し進展があってね」
ちょっと待て。
そっちの方が大事ではないのか? むしろそっちが本題では?
私は信じられないものを見る表情になる。オズウィン様も同じ気持ちだったらしい。ジトリとした視線をエドワード様に向け、口を曲げながら向けていた。
それさえも面白かったのか、エドワード様は笑顔のまま言葉を続ける。
「調査の結果、鍵を持っていた者たちは魔法は掛けられた記憶は存在しない。その逆に衛兵たちが洗脳か暗示の類いをかけられていたとわかった」
「でも魔法に掛かっていないと、鍵を盗まれた説明がつかない」
「そこがよくわからない」
鍵を持っていた人たちについてはわからないが、洗脳か暗示、と言う言葉を聞いて引っかかるものを感じた。
ごく最近、それらしいものに覚えがある気がしたからだ。
私は黙りこくる。
「そして魔法を掛けられた者たちから記憶を引き出したが、掛けた人間の顔も声も覚えていない」
記憶を引き出すなんて……そんなことができる人材がいるのかと王家の力に体がすくみ上がるような感覚がした。
拷問、尋問、諜報……そういった表には出てこない人材をたくさん抱え込んでいるのか……
私の秘密にしていた嫌な思い出も調べ上げていたのだから、それくらい簡単なのかもしれない。
ゾッとしながらさぶイボを作っているとオズウィン様が確認する。
「顔を見られたくなかったと言うことは招待客に犯人がいたのか」
「おそらくね。それと手際がいい。魔獣の持ち込みは、招待客には知られてなかったはずだ。少なくとも直前までは」
「偶然知ったとしても複数名ということはないだろう」
「洗脳か暗示の手際がいいが、古木女を使う辺り場当たり的な感じもする。複数犯ではないな」
あの日のパーティーに招待された令嬢たちはみなライバルであったし、あそこで魔獣を暴れさせて得がある人など誰もいないはずだ。だってエドワード様かニコラ様の新しい婚約者捜しと言う噂が立っていたのだ。そのふたりに見初められるのが目的だというのに、それを台無しにするのはおかしな話だ。
それにもうひとつ気になる。
鍵を持っていた者たちは洗脳も暗示も掛けられていないと言うこと。
衛兵たちに魔法を掛けた人物は対面している事実がある。もし洗脳か暗示を鍵を持っていた者たちに掛けたのだったら、衛兵たちのように顔も声も覚えていない人物の情報が出てくるはずだ。
そして洗脳も暗示も、あまり複雑な命令はできない。つまり鍵を持っていた者たちと衛兵が掛けられた魔法は別物だ。
そこまで考えてはた、とする。
「……もし単独犯なら、魔法の複数持ちですか?」
魔法の奇跡は基本的にひとりにひとつだけ。私も「熱を操る」魔法ひとつしか持っていない。しかしごく稀に複数の奇跡を持つ者も現れることがある。手際から考えるとあの魔獣乱入を企てた者は魔法複数持ちの可能性が高い。
「可能性は高い。しかし……」
「こういうときのために魔法情報は申請必須にすべきだと思うんだよなぁ」
自身の最大かつ最重要と言っても過言ではない魔法。魔法の情報など登録必須にすることはまず不可能に近い。
奇跡の開示をすることで地位を示す貴族は少なくない。
国王陛下がいい例だ。
回復の魔法と相まって陛下を支持する人々は貴族にとどまらず平民にも多い。
しかしそうやって開示することで利になるのは地位が高く身を守る術がある人々に限る。
希少性、もしくは有用性の高い魔法を持つものは人買いに攫われることもある。そのため魔法情報の登録を快く思う者は少数派なのだ。
「まあ、時間はかかるだろうけど調べられるだろう。そうなったら解決だ」
エドワード様の言葉が素通りしてしまう。
魔法の複数持ちはともかく、洗脳や暗示に該当する魔法を使う人物に心当たりがあるではないか。
あくまで自分の感覚しか証拠はないが――
頭の中にイザベラ様の顔が浮かんでいた。
怪しくて仕方ないイザベラです。
名前は出していなかったのですが、パーティーの時メアリが国王陛下たちに挨拶に行った令嬢がイザベラなんです。




