不安が解消されてもまた不安はやってくるものらしいです。
マリーに手紙を任せているうちに、スケッチブックを手に取った。せっかくならナイフケースは手作りにしようとデザインを考えるためスケッチを始める。
革細工は久しぶりだ。
でもナイフの鞘を作った経験はあるので、そんなに長くはかからないだろう。
考えながらシャカシャカと手を動かす。
牛革の厚くて丈夫なものを使うとして、色はどうしようか?
経年で色味は変わるが、オズウィン様の髪に合わせて赤みがかったものがいいかもしれない。
オーソドックスなのはラブレスポーチという純粋に鞘としての機能だけのシンプルなものだ。しかし便利さを思えばベルトで固定できるタイプの形状がいいと思われる。
模様は……どうしよう。
彫刻までするのは流石にやり過ぎな気がする。けれど初めての贈り物とするなら、あまり飾り気がないものも考え物だ。
うーん、と少し唸ってから模様の本を手に取る。パラパラとめくり、相応しいものがないか探した。
ふと、鷲を単純化した模様が目に入る。
鷲は勝利と誇り、権威と力を表す。ゲン担ぎにはちょうどいいかもしれない。小さく刻印するくらいなら、煩くないだろう。
スケッチの中に鷲のシルエットを入れておく。
「結構いい感じでは?」
できあがったデザインは今まで作った中ではシンプルだ。
けれど異性にプレゼントするものとしては……悪くないと思う。ニューベリーの領地に帰ってから制作に取りかかることにはなると思うけれど、明日は別邸近くの市場で材料を探してみるのもいいかもしれない。他の領地の高品質な材料が集まる王都だ。きっとよい革が手に入るだろう。
のんびりとそんなことを考えていると、廊下から足音が部屋に向かって近付いてきた。
コンコンコンコンコン!! と、かなりの速さで部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「マ」
「おおおおおおじょうさま!!!」
「マリー?」と返事を返すよりも先にマリーが見たことのない面白……いや、焦った表情で部屋に飛び込んできた。
何事かと思っていると、その手はシルバートレーを持ち、仰々しく手紙が置かれている。かなり質のよい紙を使っているようで、手に取っただけでその上等さがわかる。
封蝋を確認して目を見開いた。なんと王家の紋が刻まれているではないか!
私が手紙の中を確認すると、そこには堅苦しさの無い文面で「明日使いをやるので一緒にお茶を飲もう。美味しいお茶とケーキを用意して待っているよ」と書かれていた。相手は第二王子のエドワード様だ。
「何故?!」と頭の中に大量の疑問符が浮かんでくる。何かしただろうか? と新たな不安が湧いてくる。婚約者の方がもうすぐ療養から戻ってくるという話なのに何故?!
何か話があったとしても、このタイミングで「お茶しよう」なんて何を考えているんだ?! と頭の中がぐるぐるしてくる。
――いや! 相手はあのエドワード様! 婚約者も戻ってきて、軽率なことをしようものならお相手の家から大ひんしゅく間違いなし! そして今や私は辺境伯御子息と婚約関係を結んでいる!
おかしなことなど起ころうはずがない! 起こすはずがない!
そう、無理矢理考えることにした。
そうなれば行動は早く!
「マリー! 手紙を持って来た方はまだいる?!」
「は、はい! お茶をお出しして召し上がっておられます!」
私は大慌てでペンを取り、返事を書く。
エドワード様が何を考えているかはわからないが、とりあえず失礼の無いように、しかし早急に返事を書き上げる。
慌ててしまったため、封蝋が歪んでしまったが仕方が無い。
マリーに手紙を持たせ、手紙を持ち帰って貰った。
その日の夕食の席。
お父様とお母様は辺境伯の与えた衝撃の大きさからか、のそのそとリゾットを口に運んでいた。あっさり目のそれを、両親は力なく嚥下している。
メアリお姉様だけがいつも通りのメニューをテキパキと平らげている。
私は気が重くてまだ前菜までしか食べていない。
「……キャロル、日中マリーが慌てていたけど、何があったんだい?」
心なしか十歳くらい老けたように見えるお父様が尋ね、お母様とメアリお姉様も私に視線をなげてくる。
私は少し考えてから口を開いた。
「……エドワード様からお茶に呼ばれました」
そう言った途端、お父様とお母様が椅子から転げ落ちた。メアリお姉様は難しそうな顔をして私を見ている。
メアリお姉様は婚約者が帰ってくるエドワード様が私を呼んだ理由がわからないのだろう。
保証をしてくださった辺境伯と違い、王族からの呼び出しを断れるはずもない。
「キャロル、流石に王族が軽率なことをするとは思えないけれど、必ず手が届かない距離をとるのよ?」
「はい……」
やっぱり変な誤解をされた……
パーティーの夜にお会いした際、茶目っ気のある人だとは思ったのでそれは無いと思う。でも気に掛けるに越したことはない。
人のものになった途端、欲しがる性分の人間はこの世にごまんといるのだから。
「エドワード様、学園時代婚約者の方以外周りにいるのはほとんど男性だったから間違いは無いと思うけど……」
そこだけ聞くとまるでエドワード様が男を侍らせていたように聞こえるのだが……
いや、メアリお姉様の発言の意図をきちんと考えてみよう。
エドワード様は男性ばかり周りにいた……つまり女性関係に隙を作らなかったということだ。よって婚約者の帰還というタイミングで軽率な行動はとらないはず、と言う意味だろう。
……それは流石に考えすぎだろうか?
メアリお姉様のこの発言は気に留めないように、頭の中から抹消した。
少し投稿ペースを落とす予定です。