はさみの正しくない使い方。
王都の別荘から馬車で会場に向かえば、そこはお城の広々とした庭だった。
今日は昼の部。
明るい日中に行われる、ガーデンパーティーなものだという。
国王陛下と王妃様とケリー公爵と公爵夫人の挨拶の後、良い天気のもとでパーティーは始まった。
テーブルにはお城の料理人が凝らした料理やお菓子、そして美味しいお茶が振る舞われる。花も生け垣も美しく整えられていてなんとも素晴らしい。
腕のいい料理人とセンスのある庭師がいるのだなぁ、と私は複雑な刈り込みの生け垣を眺めながら小さなケーキをいただいた。
「絶対にエドワード様とニコラ様に見初められてみせるわ……!」
一方、メアリお姉様は深い緑の目をギラつかせている。今日のために新しくしつらえたドレスはかわいらしさがあるが、セクシーさも狙っているデザインだ。
私はごくごく普通のシンプルなドレスだ。目立つ気はない。メアリお姉様に呆れながらも見渡してみればご令嬢方は誰も彼もが気合いを入れたドレスだ。そしてメアリお姉様同様、目がギラついている。
今回のパーティーが「エドワード様とニコラ様の婚約者捜し」だと言う噂を、メアリお姉様と同様に信じているようだった。
腹の探り合いや牽制、そしてエドワード様とニコラ様が現れるのを今か今かと待ちわびているようだった。
三つ目の小さなケーキを堪能しながら辺りを見渡すものの、目の届く範囲に知り合いはいない。それもそうである。
学園時代の友人たちは大体婚約者がいる。
見た限りここにいるのは婚約者のいないご令嬢らしかった。もしくは出戻りか夫に先立たれた若いご婦人。
相手のいない、若めのご令嬢ばかりらしい。
そうなるとエドワード様やニコラ様のお相手、と言われると少々疑問が浮かぶ。
メアリお姉様は国王陛下と公爵様にご挨拶しようと必死な様子だが、すでに囲まれているせいで当分かかりそうだ。
国王陛下が「楽しむように」と仰っていらしたので、私は料理と庭を楽しむに留めることにした。
メアリお姉様は顔見知りのご令嬢でも見つけたのか、彼女と一緒に国王陛下に挨拶に行ったようだった。
私はただ独身のご兄弟のいるご令嬢と繋がりを得ることが目的で来ているだけなのだから。
「あ、飲み物いただけますか?」
「はい、こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
妙に上品な仕草の給仕さんに礼を言い、飲み物をいただく。飲み物まで素晴らしく洗練されている。
さすが王族お抱えの料理人だなぁ、と舌鼓を打つ。
――うちの使用人よりずーっと所作が美しいなぁ。
衛兵も給仕も皆一級品というのはやはり王族が雇うものたちだからだろう。
私は四つ目の小さなケーキをもらおうとデザートの並ぶテーブルへ向かうのだった。
◇◇◇
エドワード様もニコラ様も現れず程々に時間が経った頃、何やら庭の向こうで悲鳴と怒声が聞こえた。
何事かと音の方向に視線を向けると木々をなぎ倒して何かがこちらに向かってくる。私以外にも何人かが音に気付き、そこから会場にざわつきが広がった。
会場のあちこちにいる警備兵の方々が身構え、ご令嬢方を守るように立つ。国王陛下ご夫妻とケリー公爵ご夫妻は近衛兵の方が守っている。
「え、何? なにか催し物でもあるの?」
メアリお姉様は呑気に尋ねてくる。どう考えても違う。
私は食器を返却し、音の方向を睨み付けながら腰を低く構えた。
――アアァアァァ!
生け垣を踏み倒し、現れたのは緑の髪をした美しい女性――ではなく蔦を振り回す魔獣・古木女だった。古木女は古い樹木に魔力が宿り変じた魔獣だ。
「キャアァァアァ!!」
魔獣を目視した途端、あちこちで悲鳴があがる。我先にと逃げ出す者、腰を抜かす者と会場は阿鼻叫喚。
しかもただの古木女では無いようで、一般的な女性どころか男性よりも大きかった。
ちょっとした巨人が現れ、会場の大半はパニックに陥っていた。
警備兵たちは来客を守ることに必死で、満足に戦えていないようだった。それに何より彼らは魔獣相手の戦いに慣れていないようだった。
「メアリお姉様?!」
となりにいたメアリお姉様を確認するといない。上空を見ると悲鳴を上げながらどこかへ飛んでいってしまったお姉様の影が見えた。
目を薄べったくして一瞬呆れるが、お姉様が無事ならまあいいか、と辺りを見渡す。
私は古木女が現れた方向を見ると、なぜか檻と庭道具を見付けた。そちらに向かって走り、巨大な刈り込み鋏をひっつかむ。要のネジを外し、まるで二刀流のように構えて私は古木女目がけて駆けだした。