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ほんの少しの後悔とそれから。

魔力の込められた羊皮紙は、それ自体は軽いのにひどく重く感じる。

人生で「誓約書」を手にするなんて、この先何度あるだろう? 貴族であっても上級貴族でなければ一度も手にせず終わることもあるはずだ。しかもこんな自分の言動や思想を保証する内容だなんて。

オズウィン様の顔の怪我も、モナ様のたんこぶも私とのデートの内容を、ジェイレン様に咎められてできたものなのだろう。

「まあ、そういうものだから」と私は流せなくはなかったが、オズウィン様とモナ様の不興を買っていないか心配だった。

私はふたりの方を見る。


オズウィン様は申し訳なさそうに眉をハの字にして笑い、モナ様はしょんぼりと小さい体を一層小さくしていた。

「その、キャロル嬢……本当に申し訳なかった」

「私も……本当にごめんなさい」

深々と頭を下げてくるオズウィン様とモナ様。相当こってり絞られたのだろう。

悪気がなかったのでしょう、そう言葉を掛けようとすると、メアリお姉様が裾を小さく引っ張って首を横に振った。これが腹芸、駆け引きか、と思いながら私は言葉を飲み込んだ。

「それでは、こちらの『誓約書』は当家で預からせていただきます」

「何卒、これからもよい関係であれますよう、祈っております」

「ああ、もちろんだ」

お父様とお母様も深々と頭を下げ、ジェイレン様も頭を下げる。

ジェイレン様が率いるようにして三人が帰って行く。馬車と馬が見えなくなるまで見送った。

そして完全にアレクサンダー家の方々がいなくなり、別邸の中に戻った途端――お父様は泡を吹いて倒れた。お母様は腰を抜かした。

やっぱり無理していたんですかお父様お母様!!

慌てて使用人たちに担架を持ってこさせ、両親を寝室に運ぶ。おかげでその後屋敷内はてんやわんやだった。


お父様とお母様が落ち着いた頃。

私はニューベリー家としての文言があったのでお父様に「誓約書」を渡そうとした。しかしお父様は「お前が持っていなさい」と、まるで呪物でも見るかのようで、今は私の手元にある。

「誓約書」を宝石と銀で装飾された入れ物にそっと入れた。

なんだか酷く大事になった気もするが、ここまで保証されたならある意味安心だ。私も我が家も断りたいことは断っていいという、辺境伯からの保証だ。それはもし嫁ぐとしてもとても気が楽になる。

後はお姉様の結婚が決まれば私は心置きなく辺境へ行けるということだ。

お姉様も夢に区切りを付けた様子だったし、私はゆっくりとオズウィン様と交流を重ねていこうと思った。


そうなるとプレゼントのひとつもした方がいいだろう。マリーを呼んでプレゼントの相談をしようとしたが、ふと思い直す。

辺境色に染まっているオズウィン様を、学園にいた男性たちと同じように考えていいものだろうか? いや、よくない。

おそらくだが刺繍を施したハンカチなど、喜んでもらえるか怪しい。かといって食べるものもどうかと思う。

では何が喜ばれるだろう? 自室の椅子に掛けながらうんうん唸る。

そういえばオズウィン様は「誓約書」のインクに血を垂らす際、ナイフを持っていた。モナ様もだが、自前のナイフがあるらしい。


ならナイフケースはどうだろう?

あのときのナイフは少し大ぶりだった。オズウィン様の使っているナイフはいくつもあるだろうから、大体の大きさを聞いてみよう。どのナイフも入る大きさのナイフケースにすれば多分使ってもらえるし、持て余しはしないだろう。


早速私はペンを手に取り、顔の怪我を気遣う内容とよく使うナイフのサイズについて尋ねる手紙を書きしたためた。

手紙を蝋で封するため、専用スプーンに蝋のかけらをいくつか入れる。

スプーンの下に手を当て、ゆっくり熱を込める。溶けた蝋は象牙に古薔薇が混ざった色だ。そこにほんの少し貝の粉末が混ざっていてキラキラとしている。

「あちち」

ある程度の耐性はあるものの、私も極端な高温や低温に触れ続けられない。耳たぶに触れながら蝋を手紙に垂らす。

そこにニューベリー家の刻印を押してマリーを呼んだ。

「マリー、これをオズウィン様に届けるように言ってくれる?」

「はい、承りました」

マリーは手紙を受け取り、すぐに手配をしてくれた。


――オズウィン様に相談すれば、メアリお姉様の結婚相手を見付ける手伝いもしてもらえるかもしれない。そうしたら、メアリお姉様に完璧とはいえないけれど理想に近い相手との結婚が叶うかもしれない。


上級貴族の三男か、四男辺りなら可能性もある。『有罪機構』の登場人物にはそういったキャラクターがいたはずだ。

メアリお姉様はあれでしっかりした人だというのが、ここ数日でよくわかった。きっと迎えた婿とも上手くやり、ニューベリーの家を上手く切り盛りするに違いない。

メアリお姉様と離れる可能性が現実味を帯びた途端、私の中のメアリお姉様に対する感情がこうも変化するとは思わなかった。


「こんなことならもっとメアリお姉様とたくさん話すんだったなぁ……」


一方的な苦手意識で避けていたことに、今更後悔する。

今はまだアレクサンダー家に確実に嫁ぐと決まったわけではない。だがせめて正式に結婚が決まり、私が家を出るまではメアリお姉様と話そう。

そう、心に決めた。

パパママ、やっぱり小心者。

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