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それはあまりにも軽くて重い。

オズウィン様は街の入り口までは馬で来たらしく、私とメアリお姉様と一緒の馬車には乗らなかった。

私は自分の失態に不安を覚えながら黙りこくってうつむいている。

「キャロル、貴女はもっと堂々としなさい。身分を理由に必要以上に相手に謙ることは無いの」

「でも」

私が言葉を続けるより先に、お姉様が遮る。

「貴女はもっとはっきり言える子だったでしょう? 良い悪い、誰が相手でも」

昔はたしかにそうだった。

でもあれは謎の万能感に支配されていた、幼く浅はかで愚かな頃のことだ。正直、思い出したくもない。

下手なことをして、余計なことが身に降りかかるのは御免だ。

あの一件以来、私は身の振り方を変えたのだから。


そんな私の内心を読み取ったのか、メアリお姉様はため息をひとつ吐いた。

「貴族であるなら腹芸のひとつやふたつ必要かもしれないけれどね。それと卑屈になって上の人たちの機嫌を取るのは違うのよ」

メアリお姉様がそういったタイミングで別邸に到着する。

丁度馬で来たオズウィン様も追いついたようだった。

ぐるぐるとお腹の中が捻れるような感覚を覚えながら馬車から降りる私の表情は、多分固い。



ニューベリーの別邸にたどり着き、早歩きで応接間へ行く。

そこにいたのは泡を吹きそうになっている両親と正面に座るジェイレン様がいた。そしてなぜか床に膝を揃え、畳んだ状態で座っているモナ様がいる。モナ様は頭にたんこぶができていた。

私たちが到着した途端、ジェイレン様は立ち上がる。オズウィン様はごくごく自然な足取りでモナ様の隣に同じ姿勢で座った。


何事か、と唖然としているとジェイレン様は膝を折り、手どころか額まで床にを勢いで頭を下げた。

「この度は本当に申し訳ないことをした!」

ジェイレン様に合わせ、オズウィン様とモナ様も床に手をつき頭を下げる。

思わず私は喉の奥でぎぇ、と悲鳴を上げた。

「へ、辺境伯! おやめくださいどうか頭を上げてください!!」

突然の謝罪に私は何が何だかわからない。説明を求めようと両親の方を見ると母は失神し、父は真っ青な顔で力なく母の肩を揺さぶっていた。


「愚息と愚女がキャロル嬢に対して失礼極まりない行動を取ったと! どうか、どうか許して欲しい!」

許すもなにも、と思う私を余所にジェイレン様たちは頭を下げている。ジェイレン様がふたりの頭を掴んで床に押しつけているので見ていられない。

私がどうにかジェイレン様をなだめるための言葉を考えて黙っていると、何か勘違いさせたらしくジェイレン様が叫んだ。

その声に失神していたお母様がビクンッ、と体を跳ねさせた。

「もし今後愚息や愚女がニューベリー家に対し、権力を笠に着るような真似をした場合私が直々に締め上げる! 不安であるならば『ニューベリー家とアレクサンダー家はすべてにおいて対等である』と念書を書かせていただく! だから婚約白紙にするのは……ッ!」


「この通りだ」、と言って未だに頭を上げてくれないジェイレン様にどうしたらいいのか。

オズウィン様もモナ様も身分を考えればおかしなことはしていない。男爵家の令嬢程度の私があれこれ言うべきでもない。

辺境伯にこんなことをされてしまって、私は逆にどうしていいかわからなくなっていた。

「顔を上げてくださいませ、アレクサンダー様」

いつの間にか意識を取り戻したらしいお母様とみたこともないくらい真剣な顔をしたお父様がいた。

こんな表情の両親を見たのは記憶の限りたぶん一度も無かった。

「娘も我々も、アレクサンダー家との家格の差から不安がありました。アレクサンダー家に嫁いだ娘が、身分差から辛い思いをしないか……それだけが心配でした」

お父様が堂々とした姿でアレクサンダー様に話しかける。

あまりにも正しい貴族の姿をしたお父様に、私は黙って見ていた。


「もし娘が辛い思いをせず済むという保証がいただけるのなら、私も妻も安心です。辺境伯が『誓約』にて保証してくださるなら、私たちは何も言いますまい」

お父様の「誓約」と言う言葉に思わずぎょっとする。

おそらくお父様が言っているのは法的拘束力のある念書などではなく、魔法的拘束力のある「誓約書」のことだろう。

いやいや待て待て。

辺境伯相手に「誓約書」を書かせようとするなんてなんてことを言い出しているの?! 流石にやり過ぎだ、とお父様を止めようとするとお母様に視線を投げかけられて止められてしまう。

私がドキドキしながら様子にジェイレン様とお父様を交互に見ていると、ジェイレン様はのっそりと立ち上がり、改めて頭を下げる。

「『誓約書』を書かせていただこう。道具は持ってきている」


ジェイレン様も想定していたらしく、その場で魔力の込められた羊皮紙に誓約書の文言を書き出す。

お父様とジェイレン様が話し合いながらながら、内容を書いてゆく。

できあがった「誓約書」には、こう書かれていた。


「キャロル・ニューベリーに対し、アレクサンダー家は身分を盾に行動・思想・発言を抑制させない。また、ニューベリー家に対しても同様である。

万一婚約関係が解消された場合でもそれは継続する。

特にオズウィン・アレクサンダーとモナ・アレクサンダーがそのような行動や言動をした場合、罰則が与えられる。」


できあがった「誓約書」を受け取り、家族全員で確認する。

まさかアレクサンダー家から「誓約書」を受け取ることになるとは、ほんの数時間前まで考えられることではなかった。しかも貴族社会において驚く内容だ。

「誓約書」まで持ち出すジェイレン様は、よほど私を買っているらしい。

私はお父様に羊皮紙を返し、こくりと縦に首を動かす。


「婚姻に関しては書かれていませんが……」

「もし婚姻関係がなされた場合は、こちらを破棄して新たな『誓約書』を作成させていただこう」

「娘の意思を尊重していただき、誠にありがとうございます」

深々と頭を下げるお父様とお母様。

私もメアリお姉様も頭を下げる。

「こちらの内容でお願いいたします」

「妻の『誓約書』は後ほど」

「はい、お願いします」

お父様の手からジェイレン様に「誓約書」が戻された。

まずジェイレン様が指にナイフを当て、インク壺に血液を数滴落とす。オズウィン様にインク壺を回した。オズウィン様も自分のナイフを取り出し、ナイフで指先を切ってインク壺に血液を落とす。モナ様もそれに倣う。

そしてその血液の混ざったインクで「誓約書」に名前を記入してゆく。

魔力を帯びたインクは、夜空の暗い青に金の粒子が混ざっていた。完成した「誓約書」の文字が一瞬光る。

三人が記入を終えると、ジェイレン様から私に誓約書が渡された。


「キャロル嬢。これで許してもらえるかはわからぬが、私からの誠意だ。どうか、愚息共々よろしく頼む」

「はっ、はい……」

あまりにも軽く、そして重すぎる羊皮紙を震える指先で受け取った。

なんというものを贈られてしまったのだろう、と私のお腹はますます捻れる感覚が強くなったのだった。

辺境伯は脚が太すぎて正座できないと思うんです。


気温の変化で体調崩す方も多いと思いますが、ご自愛ください。


10/2 加筆しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出だしに感じた雰囲気よりかなり良い姉ちゃんやな。
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