幸運を喜べるひと、恐れてしまうひと。
オズウィン様とのデートと呼んでよいものかわからないデートを終えた翌日。
メアリお姉様とイザベラ様と、私は出かけていた。
小さいながら上品な店構えの個人商店の帽子屋へ入る。
店内には羽根飾りや造花、レースやヴェール付きの洒落た様々な帽子が飾られている。値札は付いていない。
自分が普段使っているものよりもずっと豪奢だ。
私がキョロキョロと店内を見渡していると、メアリお姉様とイザベラ様に、店員が歩み寄る。
「いらっしゃいませペッパーデー様、ニューベリー様。そちらの方は初めてでいらっしゃいますね」
どうやらメアリお姉様とイザベラ様は何度か来たことがあるらしい。上品な店員に挨拶をすると、メアリお姉様が私を腕を引いた。
「ええ、私の妹です。この子の帽子を見繕いに来たの」
「それはありがとうございます。よろしければ今シーズンの最新デザインのものをお持ちいたしますか?」
「そうね、いくつか持ってきてもらえるかしら? この子の髪に合う色でお願い」
「はい、ただいま」
あまりにもポンポンと進むため、私は目を丸くする。そうこうしているうちに店員がぞろぞろと帽子を持ってきて、鏡の前に連れて行かれた。
「あら、これ素敵。レースがいっぱいで可愛いわ」
「メアリ、こっちの羽根飾りもよくない? キャロルさんの髪の色に合うし、品がいいと思うの」
メアリお姉様とイザベラ様に帽子を乗せられ、あっちがいいこっちがいいとあれこれ言われる。
「キャロル、貴女はどれがいいの?」
メアリお姉様とイザベラ様に鏡越しに見つめられ、私はようやく口を開けた。
「え、と……あまり重くない帽子がいいです……」
「それでしたらこちらの帽子がよろしいかと。軽量素材でできておりまして、飾りの量に反してとても軽くなっております」
店員の持ち出した帽子を頭に乗せ、それをじっと見るメアリお姉様とイザベラ様。少し居心地の悪さを感じて固まっていると、メアリお姉様が店員の方を向く。
「こちらいただきますわ。ニューベリーの家に届けておいてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
メアリお姉様は私が止めるまもなく購入を決め、サインをしていた。
「さ、キャロル。次は外出用のドレスを見るわよ」
「その後アクセサリーと香水も見ましょうね」
「お、お姉様! イザベラ様!」
メアリお姉様とイザベラ様に連れ回される形であちこちのお店を歩き回る。ニューベリーの領地では大体商人が家に来るので、王都の街をこうやって歩き回るのは新鮮なのだが、ふたりは大分強引だ。
そもそもこうやって御令嬢が好む場所を渡り歩くのは精神的に疲れる。
その後購入したのはドレス二着とイヤリングとネックレスを一組、香水を三つ。
ようやく一息つけたのは休憩に入ったカフェだった。
「いろいろ買ったわね。キャロル、これからはもう少し自分で色々選びなさいね」
メアリお姉様の言葉に一瞬むっとしそうになる。けれど誤解していたメアリお姉様のことを考えた。
「辺境に行ってしまうのだから相応しいものをきちんと選べるようになりなさい」という意味だと思われる。
メアリお姉様と長い時間顔を合わせるのが嫌で、家に来る商人にはいつも時間を掛けずにさっさと選んでいた。かなり格上のアレクサンダー家に嫁ぐのだから、と言うことなのだろう。
「……はい、努力いたします」
それでも笑顔を作れるほど気力は無く、しょぼくれた表情になっていたらしい。「もう」と息を吐き出したメアリお姉様がほのかなオレンジの香りのするチョコレートケーキとお茶を注文し、私の前に出す。
「しっかりしなさい。貴女は辺境の守護者たるアレクサンダー家に嫁ぐことになるのだから」
「……」
オズウィン様はずれたところこそあるけれどいい人だ。私の狩りの趣味に何をいうでもなく肯定してくれた。そして令嬢らしからぬ私の手を褒めてくれた。
けれど私は男爵家の娘――アレクサンダー家に相応しいといえるのだろうか?
メアリお姉様はそんな身分差など吹き飛ばせるくらいの自信と胆力を持っている。
それで私は?
ずっと怠惰だった私には自信が無い。身分差を覆せる、そんな自信が。
思わず沈黙する私。
「小さい頃は誰かまわずバシッと言う子だったのに」
そこにイザベラ様が助け船を出してくれた。
「メアリ、急に決まって不安なのよ。仕方が無いわ。降って湧いた幸運を、貴女のように素直に受け止められる人ばかりではないのだから」
海の色の目でメアリお姉様を見るイザベラ様は、上品に笑みを浮かべる。メアリお姉様は肩を軽く上げて、自分の紅茶を口にした。
「私は幸運を早く手に入れないと」
「そうね、婚約者が決まっていないのはメアリだけだものね」
「もう! イザベラの意地悪!」
「ふふ」
なんだかんだ、メアリお姉様は自分の夢に区切りを付けたらしい。きっと昨日イザベラ様と出かけたときに気持ちに整理を付けたのだろう。
お花畑だと思っていたメアリお姉様は、私が思うよりずっとしっかりしていた。
「結局エドワード様やニコラ様の婚約者の方々は療養に行っていただけで、婚約が白紙にされたわけではなかったそうだもの」
ぷく、と頬を膨らますメアリお姉様の言葉に、私は思わず目を瞬かせた。
「そうなのですか?」
「情報通の方に聞いた話だから、間違いないと思うわ」
「ああ、昨日偶々お会いしたノーザン伯爵夫人……」
「イザベラ! しっ!」
メアリお姉様がイザベラ様の口を押さえて指を自分の口の前に立てる。
メアリお姉様の情報網に私は驚いた。
ノーザン伯爵は私も知っている。新聞社に出資していて、その夫人は趣味で色んな情報を収集しているとか。
来年流行るドレスの色から諸外国の輸入品の流通まで。しかも本人は口が堅く、お金を積まれた程度では彼女から情報をもらえないのだ。面白いことが大好きな夫人にユーモアとセンスを持って熱心に付き合わねばならないと言う話である。
熱心にお茶会へ行ったりしていたのはそういうことなのか、と自分の思い込みに恥ずかしくなった。
「あの頃学園では色々あったのよ。注目を集めていた有力者の方々の婚約者の御令嬢たちが、ことごとくおかしくなってしまっていたの」
そういえばあの頃、上級生の中でトラブルがあったと聞いていた。私はメアリお姉様とあまり近づきたくなかったし、興味も無かったので詳しくは知らなかったが。
「皆さん『貴方とやっていける自信がありません』とか仰っていて婚約者の御子息に泣いて喚いていたのよ。でも療養して元気になったから戻ってくるのだそうなの。喜ばしいことだわ、ね? イザベラ」
「……ええ」
ケーキを一口運んだメアリお姉様がイザベラ様に微笑む。しかし何故かイザベラ様は反応がワンテンポ遅れていた。
その様子に私は少し首をかしげ、イザベラ様を見つめてしまった。
オズウィンよりデートっぽいことしていますね。
10/13 加筆しました。