その頃のアレクサンダー家。
ジェイレンは今回の王家・公爵家合同のパーティーで息子であるオズウィンの婚約者が見付けられたことに大層喜んでいた。
オズウィンの婚姻はアレクサンダー家とは親戚関係に無く、また上級貴族ではない家の令嬢であることがまず絶対条件だった。
かつ、魔獣と戦える、もしくは対魔獣戦のサポートができる程度の魔法や素質があればなお良い。
故に今回のパーティーは昼の部で魔獣に対する忌避感や恐怖心を観察し、夜の部ではオズウィン自身との相性を見ようとしていた。ガーデンパーティーでは万一のことも想定し、ジェイレンは衛兵として紛れ込んでいた。
国王のとなりにはジェイレンの妹である王妃もいたし、他にもアレクサンダー家のものが暴動や魔獣の暴走に備えて紛れていたので、万にひとつもあり得なかった。
それが古木女の乱入――しかも普段なら即座に反応できるアレクサンダー家の者が後手に回っていた。弱った古木女程度、と甘く見た怠慢とも考えたが、話を聞けばおかしな点がいくつかあった。なんでも「古木女を攻撃をしてはしてならないと思った」とのこと。
調べたところ痕跡は少ないが魔法がかけられていたとしか思えない。
衛兵や給仕に姿を変えて潜んでいた三人とジェイレン他数名以外全員である。
このことについてはまだ捜査が続けられていた。
そのアレクサンダー家が後手に回った中で迷いなく古木女を倒した者がいた。
「まさか刈り込み鋏で魔獣を倒す令嬢が現れるとは」
キャロル・ニューベリーの即座の判断と行動に、ジェイレンは感嘆していた。彼女の魔法は熱を操るものだというが、ああも見事に戦闘に使ってくるとは。
胆力もある。
そして技術もある。
魔法は戦闘以外にも汎用性が高い。
十分すぎた。
臣下や辺境から娶れば「アレクサンダー家が権力と利権を独占している」と批難があがる。かといって上級貴族相手では力が大きくなりすぎる。
そのためキャロルの父親の爵位が男爵であることが、逆に都合が良かった。しかも息子と同い年。
下級貴族であることは、アレクサンダー家が権力争いをする気が無いという意思表示にもなる。
ニューベリー男爵には感謝し、できうる援助をいくらでもしようと考えていた。
「ただいま戻りました、父上」
「おお、帰ったかオズウィン」
帰宅したオズウィンにジェイレンは手招きをする。ちょうどそのタイミングで上の階からモナも降りてきた。
「どうだ。ニューベリー家の御令嬢との一日は」
「はい! とても充実しておりました!」
オズウィンの満面の笑みに、ジェイレンは顎を撫でた。辺境でも学園でも、御令嬢どころか女性と交流をしているとは聞かなかった息子である。
それがこんなに楽しそうに話すとは、と今回の婚約は良いものになったようだと笑みを浮かべる。そして何故かモナも笑っていた。
「そうかそうか。キャロル嬢と良い関係を築けそうならそれは重畳だ」
「はい、明日彼女への贈り物を見繕いに行ってこようと思います」
「あっ! なら私も一緒に行きます!」
どういうわけかモナもそんなことを言い出す。娘の発言に少々驚いた。
「ちなみにどこへ行ったんだ?」
メイドに淹れさせたハーブティーを、その体の大きさにに合わないティーカップで飲む。やわらかな酸味のある赤いそれは、ここ数日のもてなし尽くしの胃をいたわる。
「はい、『珍味堂』と『荒々しき狩人』に行った後、丘で夕日を眺めました!」
ブッ! とジェイレンはハーブティーを吹き出した。周囲に酸っぱい香りが広がり、口元を汚したがそれどころではない。
どう考えてもまだそこまで親しくなっていない御令嬢相手に連れて行く場所ではない。
咽せたのかとジェイレンを心配するも、息子はまた楽しそうに話を続ける。
「角鴨の肉も食べてから、キャロル嬢が普段使っている武器を知りたくて『荒々しき狩人』に連れて行きました」
「すごいのよお父様! お義姉様ってば鎖を武器にして私に勝ったのよ!」
「なに?」
興奮気味にモナが身を乗り出してきた。聞き捨てならない言葉に眉を上げる。
しかしモナはジェイレンの反応に気付かず、うっとりとしながらしゃべり続けた。
「私も武器を見たくて行ったのです。そしたらお兄様とお義姉様がいらっしゃって! どれぐらい強いか、今後のために知っておいた方がお兄様もお義姉様も良いと思って、親睦もかねて手合わせをしたのです! 」
「ガーデンパーティーの際、キャロル嬢の魔法や立ち回りは一目見ただけで素晴らしいとわかりました。モナほどの相手であっても渡り合えると思い、せっかくだったので親睦を深めてもらおうと思い手合わせをお願いしたのです」
「戦槌を選んだ私に対して鉄鎖選んだのです! しかも私を完封したのよ! すごすぎるわ! あの方がお嫁に来るなら大賛成よ!」
興奮気味のオズウィンとモナ。
そしてジェイレンは肩をブルブルと震わせていた。
「この馬鹿者がーッ!!!」
怒号とともにオズウィンに向かってジェイレンが拳を振り上げる。
ジェイレンの岩のごとき拳がオズウィンの顎を捉え、その体を錐揉みさせながら吹き飛ばした。
べしゃ、と受け身も取れず濡れ雑巾のようにオズウィンは床に落ちる。
「お、お父様?!」
「お前もだ馬鹿娘ッ!!!」
続けてモナの脳天に拳骨を落とし、彼女も床に涙目で這いつくばせる。
ドンッ! と床をぶち抜く勢いで足を鳴らすジェイレンの額には青筋が浮かんでいた。
「辺境以外では手合わせで親睦を深めんのだ!! この馬鹿どもが!!」
部屋中がジェイレンの声でビリビリと揺れている。なんとか体を起こしたオズウィンとモナは父親を見上げる。
「辺境の常識は余所の非常識だと常々言っておったろうが!」
昔自分もやらかしたジェイレンは、常々子どもたちに言い聞かせていた。
オズウィンに至っては王都の学園に通っていたと言うのに――家の都合で月の半分やそれ以上を辺境に戻らせていたとはいえ――辺境以外の感覚が身についていなかったとは……
「それに『珍味堂』でいきなり魔獣の肉を食うことも武器屋に行くことも、最初のデートですることではないわ!! 愚か者!!」
「エドワードを以前連れて行ったときに『女性が辺境に偏見がないか、確認するにはここに連れてきて魔獣肉を食べさせた後にネタばらしするといいだろう』と言っていたので……」
――アイツかー……!!
ジェイレンは第二王子のエドワードが楽しげに笑う顔が浮かんだ。あの甥は王子という立場であるにも関わらず、なかなかに周囲を振り回して遊ぶ節があった。
一見、品行方正なようで嘘を吹き込んだり悪戯をしたりと、とんでもないことをやらかす。それが露見しにくいものだから厄介極まる。
オズウィンもエドワードとその友人たちばかりと付き合っていたならこのずれた状態も納得である。
エドワードはオズウィン本人も気付かぬようにおもちゃにして遊んでいたに違いない。
愚息にいらぬことを吹き込んだ甥に、思わず頭が痛くなった。
話から状況を察するに、キャロルは身分差を考えてオズウィンにもモナにも接待をしていたのだろう。
それにしても手合わせでキャロルに怪我がなかったのは幸いだ。
アレクサンダー家には回復魔法の使い手が大勢いるし、義弟である国王もかなりの熟練者である。仮に何かがあっても十分な治癒や治療をすることができる。
だが、怪我をしても治せるので問題ない、というのは辺境に限った話である。
今回の件でキャロルから婚約の断りが入る事態になれば、オズウィンの嫁探しは暗礁に乗り上げる。
「急いでニューベリー家に手紙を出さねば……!」
ジェイレンはもう一度ふたりの子どもに鉄拳を落としてから、大慌てで部屋を出る。
もう吹き出した茶の片付けなど頭から消し飛んでいた。
次の更新は週末になると思います。