表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/125

約束をひとつ、ふたつ。

「解体道具?」

オズウィン様もお菓子や花辺りを求められると考えていたのだろう。

流石に目を見開いていた。

はは、と気恥ずかしくなり、頬をかきながら私は語った。

「狩りに行くのが好きなんです。ニューベリーの領地ではよく狩人に教わりながら狩猟から解体までやっていました」

ほう、とオズウィン様は興味深げに私の話に耳を傾ける。

実を言えばメアリお姉様の小言が嫌で、逃げ出すための理由付けが始まりだった。

今では馬を駆ることも、弓を引くことも自分の心身を鍛えるためには良いことだったと思っている。

何より命を奪い、自分の糧にするという点で、私は一層獲物に対して敬意を示せるようになった。


「なので解体用のナイフが欲しいです」

特に骨すきナイフはなかなか消耗が激しい。オズウィン様は武器には詳しいようだし、ナイフを選ぶのも上手いだろう。

慣れない人が異性のアクセサリーを選ぶと悲惨な結果になる、とよくメアリお姉様が言っていたし……

オズウィン様をちらと見ると彼は目を細めて笑った。

「ああ、任せてくれ。良いナイフをプレゼントしよう」

そう、楽しそうに微笑んでいる。

私はほっとすると同時に、狩猟趣味について語れることが嬉しかった。きっと普通の御令嬢はこんな話はしないのだろう。

自分の素の部分を出して話すのは本当に久しぶりだった。


「それでは、次は一緒に狩りに行こうか? キャロル嬢との狩りは楽しそうだ」

夕日の中でそう言うオズウィン様に、ほんの少しだけ自分が今彼と対等であるような気がした。

ただそれは王家と並ぶアレクサンダー家の人間に抱いて良い感情ではない。

私はあくまで男爵家の娘。

そこをわきまえておかねばならない。それが階級というものだ。


「日が大分落ちてきたな。そろそろ帰ろう」

手を差し伸べられ、自然にオズウィン様の手を取る。敷いていただいた上着を軽く払い、オズウィン様に渡すと礼を言われた。

なんだかんだ今日のデート――と言って良いかわからないが――は正直悪くなかった。

私にはまだ辺境の常識と感覚がわからないが、少なくとも邪険にされたわけではないと思えた。

オズウィン様の婚約者となるなら腹を据えよう。

お姉様は婿取りをしなくてはいけなくなる。それが気がかりだけれど、私ではどうしようもない。


「癖を知りたいから、少し手を見せてもらっても?」

帰りの馬車の中でそう言われ、一瞬躊躇ってからそろそろと手を出す。

右手の平を見せるように差し出すとオズウィン様は手の甲から支えるように添えた。じっと見つめる私の手は、弓を引くし刃物も扱うのでところどころ肉刺がある。

爪も短く保っていた。とてもではないが令嬢らしい綺麗な手ではない。

少し恥ずかしい。

「いい手だ。日々鍛錬していて、ずっと試行錯誤しているだろう?」

当たっている。

弓を引く以外にも自分の魔法を活かせる方法はないか、強くする方法がないか悩んでいた。

ぎゅっと握られたオズウィン様の手は、私の手とは比べ物にならないほど肉刺だらけだ。

私の手を私自身を受け入れてくれるような言葉に、顔が熱くなるほど嬉しくなった。


それからオズウィン様にナイフの好み、そして手の大きさをメモされたり、握力を試されながら帰路についた。

そして別荘にたどり着いた頃、別の馬車がもう一台停まっていた。

「あれは……」

「ペッパーデー子爵の馬車だな」

今朝メアリお姉様と出かけた御令嬢の家のものだ、と思い出す。

どうやら帰宅が被ったらしい。

オズウィン様にエスコートされながら玄関に向かうと、そこにはメアリお姉様と黒髪のすらりとした女性がいた。

メアリお姉様が私とオズウィン様に気付くと、美しいお辞儀をする。黒髪の女性も美しすぎて機械仕掛けかと疑いたくなるようなお辞儀をして見せた。

「こんばんは、アレクサンダー様。ご挨拶が遅れました、姉のメアリ・ニューベリーでございます。この度は妹キャロルと貴重なご縁をいただき、ありがとうございます」

メアリお姉様はハープでも奏でるかのように、なめらかで優しい声でオズウィン様に挨拶をする。

隣の女性も、艶やかな黒髪をさらりと流しながら挨拶をした。

「こんばんは、アレクサンダー様。この度はご婚約おめでとうございます。わたくし、イザベラ・ペッパーデーでございます。礼服でない姿でお目見えになりますご無礼、どうぞお許しください」

イザベラ様も少し低く、抑揚の少ない声だが流れるような口上だ。


「ありがとう。でもあまりかしこまらないでくれ。今日私はキャロル嬢を送りに来ただけだから」

そう言うと、オズウィンはふたりに顔を上げさせた。


「それではおやすみ、キャロル嬢。ふたりもいい夜を」

「はい、ありがとうございました」

私は頭を下げ、メアリお姉様とイザベラ様も併せてお辞儀をしてオズウィン様を見送った。

しばらくして馬車が遠ざかった音が聞こえてから私たちは頭を上げる。

メアリお姉様は私を見た。

「おかえりなさいキャロル。こちら、今朝話をしたイザベラよ」

「初めまして。イザベラです」

イザベラ様はすらりと背が高く、黒い髪も青みがかっていてとても美しい。

差し出してきた指も長く、爪も整っていた。

狩りばかりしている私とは大違いの手だった。

オズウィン様に褒められて浮かれていた気分が一気にしぼむ。

「初めまして、キャロルです。いつも姉がお世話になっております」

「いいえ、貴女のお姉さんにはわたくしがいつもお世話になっていますわ」

握手をするとついイザベラ様に見入ってしまった。

細められた目はまるで海を閉じ込めたような深さを持つ。

その仕草の艶っぽさと相まってとろみのある甘い香りがイザベラのミステリアスな雰囲気を一層際立たせた。


彼女の瞳を見ると、尾てい骨の辺りからうなじにかけてぞわぞわと妙な感覚に陥る。見透かされているというか……

「ねえキャロル、明日は私たちと出かけない?」

唐突にメアリお姉様に提案されて、私は身構えた。お姉様に誘われるというのは久しくなかった。

それにこう誘われるとあれこれ言われるのではないかと腹部に力が入ってしまう。しかしお姉様は一応私のことを考えて――言葉を選んでくれないこともあるけれど――くれていると頭では理解していた。

「キャロルが婚約が決まったのだもの、色々話しておかなきゃいけないと思って」

メアリお姉様の笑顔は吹っ切れたような、そんな表情だった。今朝とは大違いである。

それに乗るように、イザベラ様も言葉を継いだ。

「そうね。辺境伯の御子息相手では心配事も多いでしょう。少しは相談に乗れると思うの。どうかしら?」

今までメアリお姉様ときちんと話してこなかった後ろめたさも相まって、断ると言う選択肢が頭に浮かばなかった。

「それでは、明日ご一緒させていただきます……」

私はイザベラ様に深々と頭を下げ、明日の予定を決めた。


「楽しみだわ、キャロルさん」


イザベラ様の目に見られ、うなじの産毛が逆立ったような気がした。

いつも感想や評価、いいね、ブックマークありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ