これはデートだったんです。そう、デートだったんです!
「それではお義姉様! 近いうちに遊びに来てくださいませ!」
「は、はい……」
服を着替え、手を目一杯振って付き人とともに去って行くモナ様。背後では付き人たちが大層厳つい戦槌を三人がかりで運んでいた。
えっちらおっちら運んでいる付き人に、モナ様が「もう! 自分で持つって言ってるじゃない!」とプリプリしているのが聞こえた。
私はモナ様の姿が見えなくなるまで手を振った。
――ちびるかと思った……
正直なところを言うと、あんな戦槌を振り回されてそれを避けるなんて恐ろしくてならなかった。
普段なるべく遠距離から安全に動物も魔獣も狩っているわけだし、学園で使用する武器にあんな大きい物はない。
かすっただけで持って行かれるのは想像に難くなかった。
推測になるが辺境の人々にとってあの程度は「じゃれ合い」に過ぎないのかもしれない。それを否定する気は無いし、できもしないのでいろんな感情を飲み込んだ。
「ふぅ……」
「妹の我儘に付き合わせてしまったこと、本当に申し訳ない」
モナ様の勢いですっかり私の意識の外にいたオズウィン様。彼の声で私はビクン! と垂直に跳ね上がる。
慌てて振り返ると神妙な顔で頭を下げるオズウィン様がいた。
「いえ! モナ様もおっしゃっていたように私が辺境でやっていけるか心配だったのでしょう! お気になさらず!!」
両手をぶんぶんと振り、オズウィン様の顔を上げさせる。
勘弁してほしい。
そう答えると少しほっとしたように表情を緩めた。
「しかしキャロル嬢、君はすごいな。冷却だけでなく加熱もできるのか。それを戦いの中でああいう風に使うんだな」
大層感心した顔でオズウィン様が私を見てくる。
私は魔法を褒められた気恥ずかしさで動揺してしまった。
「えっ、あ! あの! 鉄鎖があったので! 剣も長物もまず敵わないと思いましたので! 私の魔法は直接か間接か繋がらないと効果が無いので!」
我ながら下手くそな説明の返答をしていたと思う。それでもオズウィン様はモナ様と同じように、目を爛々とさせていた。
「熱を操る魔法は物流や調理、衛生管理と汎用性が高いが、戦いに用いる人物は見かけたことがないから良い経験になったよ」
この方は根っからの戦闘民族らしい。
学園にいた頃、派手さもない地味な魔法故に、炎を操ったり雷を操る方々と比べて私の魔法が注目されることも重宝されることもなかった。
「キャロルさんがいるとお紅茶が冷めないし氷菓が解けることも無くて良いわ」と言われた思い出くらいしかない気がする。メアリお姉様みたいに空が飛べる方が学園時代、卑屈にならなかったと思う。
それを辺境で戦うオズウィン様に褒められるのは、少しくすぐったかった。モナ様の勢いに押されて動揺が勝っていたが、認めてくれたことが今更ながら頬を熱くする。
「手合わせをして喉が渇いたろう? この近くに果実水が飲めるところがあるんだ」
オズウィン様がまぶしい笑みを浮かべ、通りを指さす。指摘されて喉の渇きを自覚した。
そういえば加熱を使ったせいで体温が上がり、余計に喉が渇いている。
「はい。お気遣いありがとうございます」
このときは自然と笑みが浮かびオズウィン様と視線がぶつかった。
オズウィン様は目を見開いて一拍後、そっぽを向いてしまい、私は気まずくなった。
◇◇◇
オズウィン様と武器屋を後にし、通りに出る。まだまだ通りは賑やかで、目的の果実水を売る店は繁盛している。
「ここのはどれも美味しいのだけれど、体を動かした後は実芭蕉と牛乳か甘橙のジュースが良いと思う。キャロル嬢は何が良い?」
運動後には実芭蕉や牛乳はいい。体を回復させたり疲れを取るのに甘橙もいい。少し悩んでから私は甘橙を頼んだ。
お金を払おうとするとそれを止められる。
「婚約を申し込んだ俺の側が払わせたら父上に殴り飛ばされてしまう」
オズウィン様は笑っていたが、私が笑えない。「辺境の守人」たるジェイレン様に、殴られて錐揉みしながら飛んで行くオズウィン様が簡単に思い浮かんだ。
甘橙のジュースのうちひとつをオズウィン様に手渡されながら私はハッとする。
――デートらしいことをしていない……!
正直あまり気取らなくて済む内容だったのでうっかりしていた。しかしそれなりにデートらしいことができなかった場合オズウィン様がジェイレン様にお叱りを受けるのでは?!
日が傾くまであまり時間が無い。
私は必死に思考を巡らせた。
雲の量はほどよく、ほぼ無風!
季節的に気温も寒くなったりはしない!
そして花や植物も見頃の時期!!
私は祈るような気持ちでオズウィン様に提案した。
「あの! オズウィン様、少し歩きましょう!」
「でもキャロル嬢、疲れてはいないのか?」
気遣ってくれることは嬉しいけれど今はそれどころじゃない! 少し強引にでも進めなければ!!
「少し落ち着いた場所で話したいですし、よろしければ景色の良いところへ連れて行っていただけませんか?」
私の言葉にオズウィン様は少し考え、にっこりと笑みを返してくれた。
「それじゃあ、少し歩こうか」
よしッ!!
私は心の中で拳を強く握った。
それから飲み物を飲みながら歩くという、少しはしたないことをしながら私たちは小高い丘にたどり着いた。
ちょうど赤く染まった雲と青空のグラデーションで美しい夕焼けができていた。丘にはやわらかな若葉を生やす木々や、野の小さな花が咲いている。
思わず感嘆した声をもらすと、オズウィン様は嬉しそうに頬を緩めた。
一番夕焼けを眺められる位置に、平らな大きな岩があり、そこにオズウィン様は自分の上着をひいてくださった。
遠慮がちに掛けると、隣にオズウィン様も座る。丘は静かで、夕焼けの空を眺めながらオズウィン様は私に尋ねてきた。
「キャロル嬢。君に何か贈らせて欲しいのだが、何が欲しい?」
贈り物と突然言われて私は少し悩んだ。しかし婚約者として贈り物をするとか、そういったことは家同士のためにあった方が良い。
かといって私は宝石やドレスを贈られても持て余してしまいそうな気がした。
私はしばらく考え、オズウィン様も善し悪しが絶対わかるであろう物が浮かんだ。
「では、狩りの解体道具を」
デート、なんです一応。