私ならこうします。
私が手にした鎖に、モナ様は不服そうな顔をした。一方オズウィン様は興味深げに私を見る。
じゃらりと重げな鉄の鎖を掴み、鍛錬所の中央にモナ様と一緒に進む。
重々しい特殊鋼の戦槌を担いだモナ様の重心と軸の位置は、相変わらず何も持っていないときと変わりが無い。モナ様は片手で戦槌を私に向けて突き出す。
「キャロルさん、今なら別の武器を手に取ってもかまいませんよ? 私も流石に怪我はさせたくありません」
まるで一本の向日葵を差し出すかのように戦槌を向ける。
おそらくだがモナ様は「舐められている」「自分の方が強い」と考えているのだろう。強さに関しては同感だが、舐めてなどいない。鉄槌を用いるモナ様相手なら、おそらくこの鎖が最適解なのだ。
「いえ、このままでお願いします」
「……そう」
モナ様の声がワントーン低くなった。目も据わっている。
これは怒らせたかもしれない……
不安に胸をざわめかせながら、オズウィン様を見た。
「それでは俺が審判をしよう。それでは、構え!」
オズウィン様が腕を振り上げ、モナ様と私に視線を向ける。
ピン、と張り詰めた緊張が走った。
「はじめ!」
オズウィン様の腕が振り下ろされたと同時に戦槌が振りかぶられる。
もちろん受けなどしない。横に移動して戦槌を避ければ、見た目に相応しい重量で戦槌の頭がまっすぐ床に叩きつけられる。当然床にはひびが入った。
うう、建物を壊すのは止めて欲しいのに……
「次行きますよ!」
戦槌を再び振り上げて、今度は斜めに振り下ろしてきた。それも回避するが、今度は頭が床に叩きつけられない。
「ほらぁっ!」
モナ様は踵を軸にして戦槌を振り回し流れるように攻撃を繰り出してきた。
かすめるだけでかなり痛手を負うことがわかる。あまりにも強力で凶暴なモナ様の戦い方をしっかりと見定める。
まず間違いなくモナ様の魔法は重量、もしくは重力を操るものだろう。あんな小柄であの戦槌を片手で持てるわけがなく、体の軸と重心がずれない。
そして範囲が広いものではなく、自分の持った物、触れた物にしか適応できないはずだ。もし触れず魔法の効果を持たせることが出来るなら私はとっくに身動きを取れなくなっているはずだ。
「避けてばかりでは話になりませんよ!」
モナ様は振り回していた鉄槌をまっすぐに突き出して来た。
それを回避し鎖を鉄槌に巻き付ける。
鞭以上に当たるだけで強烈な攻撃になるが、モナ様相手にそんなことはしない。
鎖と私の体から一瞬重さが失われた感覚に襲われる。やはり重力を操る魔法らしい。
モナ様は私が魔法に気付いたことにハッとした。私は軽くなった体でモナ様の頭上を回転しながら飛び越える。
私に追撃をしようとするモナ様は鉄槌を強く握り、振り返ろうとするが――
「熱ッ!?」
モナ様は私の魔法で熱せられた鉄槌から手を離す。
私は鉄鎖を両手でピンと張るようにしてモナ様の喉ギリギリまで近づけた。
「動かないでください。熱いですよ」
音が消え、モナ様が息を飲む音がこちらまで届いた。
モナ様がゆっくりと両手を挙げる。
「……降参するわ」
それを確認したオズウィン様が動いた。
「この勝負、キャロル嬢の勝ちだ!」
オズウィン様の声に、私は体の緊張を解く。
ああ、上手くいって良かった……
以前、武器以外のものを使って狩りが出来ないかと調べていたとき、遙か遠い地で生まれたという鉄鎖術を知った。
「これは上手くやれば猪や鹿退治に使えるのでは?」とひらめいた私は試行錯誤して標的に鎖を上手く巻き付ける術を身につけた。
しかしこの欠点は鎖が長くなればなるほど重いという点。一本鞭と同じ長さにしようとすれば、私の力では持ち歩くのも難儀する。
しばらくやっていなかった鉄鎖術ではあるが、周りを破壊せずなおかつモナ様の能力を考慮して無傷で無力化出来たので良かった。
じわりと濡れた額を擦り、モナ様に頭を下げる。
「手合わせ、誠にありがとうございました。一撃でも喰らっていたら私は確実に負けていました」
一応のフォローも入れたつもりだが、反応はどうだろう……?
そろりと顔を上げると、目を輝かせるモナ様と視線が合った。
「すごいわキャロルさん! いえ、お義姉様!」
モナ様の「お義姉様」発言に、私は目を丸くした。モナ様はぴょんぴょんと跳ねながら興奮気味に私に詰め寄る。
「始めは鎖なんてふざけているのかと思ったけど、あんな使い方をするのね! それに私お義姉様の魔法は冷やすだけだと思っていたわ! 思い込みはいけないことね! お強いわお義姉様!!」
「きょ、恐縮です、モナ様……」
「嫌だわ様付けなんて! 『モナ』って呼んでくださいお義姉様!」
腕に抱きつかれ、きゃあきゃあとじゃれつくモナ様にどうして良いかわからず、オズウィン様を見る。
オズウィン様は小動物の戯れを見ているような、微笑ましい物を見る顔をしている。
「すごいなキャロル嬢。モナが辺境以外の人間に懐くのはあまりないんだ」
「お兄様! 私お義姉様が我が家にお嫁に来るの大賛成だわ!」
興奮気味なモナ様と微笑むオズウィン様。
そして私はこれが良かったのか悪かったのか、よくわからずにいた。
とりあえずアレクサンダー家に不興は買わなかったと思うので、お父様が卒倒する事態は避けられたと思う――たぶん。
勝敗をつけることによりどっちが上か分かると懐く様が犬っぽいと言われました。
オズウィン→大型犬、モナ→小型犬。ワンワン兄妹。
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