選びませんよね、普通。
唐突なモナ様からの手合わせを求める言葉に思わず目が点になる。
「我が家に相応しい方なのか、とても気になるわ! 是非私と手合わせしてちょうだい!」
目を爛々と輝かすモナ様の勢いに、私はオズウィン様の方を見る。オズウィン様は額に手をやり溜息を吐いている。
「モナ、キャロル嬢のことを試すような真似は止めるんだ」
そうですオズウィン様!
私が怪我をするならまだしも、万一私がモナ様を怪我させた日には「死あるのみ」という未来しか無いと思います! 妹様をどうか止めてください!
「でもお兄様、キャロルさんの強さがどれくらいかわからないと、辺境に来ていただくための訓練の強度がわからないではないですか」
「まあ、そうだが……」
「私に負けるような方では辺境でやっていけないですし、キャロルさんのために彼女の実力の自覚は良いと思うんです」
なんですかその角度六十度にすっ飛んだ思考は!? いや、戦闘民族の思考では理論的なのですか?!
悩むオズウィン様の方を見ると、彼は私の視線に目をパチパチと瞬かせた。うーん、と唸ってからオズウィン様は私に頭を下げる。
「キャロル嬢。妹のわがままを聞いてもらってもよいだろうか?」
「かっ、顔を上げてくださいオズウィン様!」
周囲を見渡すと他の客の視線が集まっていた。アレクサンダー家の御子息に頭を下げさせたなんて噂が広がろうものなら、お父様が卒倒してしまう。しかしオズウィン様は頭を上げない。
ああ、もう! 私はやけっぱち気味に声を上げた。
「わかりました! 是非手合わせさせていただきます! ですから顔を上げてください!」
「ありがとう、キャロル嬢!」
顔を上げるとぱっと明るい表情をするオズウィン様。そしてモナ様は無邪気に笑う。
本当に心臓が縮み上がるので止めて欲しいところである。
「それでは着替えて準備いたしましょう! この店は隣が鍛錬所になっているんです!」
なんでもこの武器屋の店主は特注で武器を作る場合、依頼主の腕やクセに合わせるため武器を振らせたり、手合わせをさせるのだとか。
こだわりが強すぎやしませんか。
モナ様に渡された鍛錬着に着替えると所々がパツパツだ。二の腕や腿、お尻とあちこちがピタピタだ。多分、この鍛錬着はモナ様の物なのだろう。モナ様、結構細身だし。
私はモナ様がどんな戦い方をするか想像しながら悩んでいた。
「お待たせしました……」
モナ様も鍛錬着に着替え、キリリとした表情をして待ち構えていた。そして私の格好を見て眉を片方上げた。
「あら、申し訳ありません。サイズが合わなかったみたいで……」
「いえ、かまいません」
私の返事にモナ様は握りこぶしを作って腕をさすっていた。
「モナはもっと牛乳を飲まないとダメだな」
オズウィン様がカカカ、と笑いながらモナ様に笑う。モナ様は唇を尖らせていた。
どうやらモナ様は牛乳が不得手らしい。
「それで、キャロルさんは何を使うんですか?」
壁に並べられた試し武器がずらりとある。大剣、槍、メイス、鞭……鉄球まである。ずらりと並んだそれを悩みながら私は見ていた。
「ええと、普段使っているのは弓矢ですが、手合わせには向きませんので」
「確かに手合わせには向かないわね。私はこれを使わせてもらうわ」
そう言って彼女が掴んだのは戦槌――柄の太さはもちろん、頭部分がどう考えてもモナ様が扱うには重量がありすぎる代物だった。
モナ様は戦槌の柄を掴み、ひょい、と持ち構える。
くるくると演舞用の槍でも扱うかのように、モナ様は戦槌を操った。
「モナはやっぱりそれか」
「だってお兄様、戦槌は私のアイデンティティでしてよ」
オズウィン様とモナ様のやりとりに私は察した。竜骨かぶりはモナ様の操る戦槌で砕かれたに違いない。
堅牢な甲殻を持つ竜骨かぶりは刃物などすぐ刃こぼれさせ、爆薬もある程度耐えてしまう。そんな竜骨かぶりに容赦なく戦槌を叩きつけ、その殻を砕いたのだろう。
哀れなり、竜骨かぶり。
「やっぱり武器は戦槌がいいわね! さっ、キャロルさんも早く選んで!」
重量など感じさせず、体の軸がずれていない。おそらくモナ様の魔法だろう。
でなければモナ様の体格であの戦槌を軽々と操ることなど出来ない。純粋な筋力であの動きをするならば、辺境伯であるジェイレン様くらい無いとおかしい。
そしてジェイレン様であってもあの重量であれば体の重心と軸の位置関係が変わってくるはずだ。
それが一切無い。
その様子を見て私は考える。
――戦槌とまともにやり合えば骨が折れかねないし、推測するモナ様の魔法的に最適なのは……
壁に並んだ武器に一つ一つ視線をやり、目を留める。
私はそれをしゃがんで手に取った。
「それではこれを」
「え、それ?」
「キャロル嬢、それは……」
私が手にしたのは武器ですらない。
武器が盗まれないよう留め置く、防犯用の鎖だった。