お茶をするのでは駄目ですか?
実際はこらえて噴出さなかったものの、私は慌ててハンカチで口元を押さえる。オズウィン様は嫌な顔はしていない。
よかった。
「ま、魔獣?」
「ああ、これは角鴨というんだ。基本的に肉は新鮮な方が良いが、角鴨は上手く熟成させると滋味あふれる良い味になる」
とても楽しそうに話すオズウィン様に文句など――そもそも辺境伯子息に――言えるはず無く、私はかすかに口角を引きつらせながら笑みを作った。
私は狩り慣れしているし知識としての魔獣食も知っていた。そしてとても美味しかったけど、どう考えても初手で選ぶものではない。せめてもう少し親しくなってからにして欲しかった……
オズウィン様特有の奇行なのか辺境特有の奇行なのか、今の私には判断がつかなかった。
「辺境では魔獣を狩って食することが日常的に行われているんだ。皮はもちろん、角や骨、毛に至るまで余すことなく活かすんだ」
そういえば聞いたことがある。辺境の最前線で畜産などは難しいと。
魔獣に家畜が狙われてしまうため、コストがかかるのだという。
「なので辺境には魔獣の加工文化が根付いているんだ。キャロル嬢にも是非知ってもらいたくて……」
照れくさそうに語るオズウィン様に悪意はない。最初から言ってくれれば良かったのに、と思う反面魔獣だからと忌避されると思ったのだろうか、と推測すると彼の行動も仕方ないと思えた。
「私も……魔獣は時々はぐれを狩りますが、肉は今まで食べていませんでした。肉以外は武具や防具として加工できる職人を有する隣の領地に売ってしまいますし」
「ああ、はぐれくらいだと臨時収入になるくらいだからな。専門の職人はあまり育たないのだろう」
うんうん、と肯くオズウィン様。
狩りのあれこれは領地の狩人と話すくらいだ。解体の仕方も教えてくれたのは狩人だったし、学園の同窓たちとそういった会話をしたことはなかった。
こうして会話が弾むのが楽しい。
オズウィン様も頬を紅潮させながらあれこれ話してくれるので、楽しんでくださっているようだ。
「よし、それじゃあ次に行ってみようか!」
すっかり良い気分になったらしく、オズウィン様はキビキビと動き出す。
流石にまた珍味を知らぬ間に食べて醜態を晒すまい、と私は先手を打つ。
「オズウィン様、次はどこへ連れて行ってくださりますか?」
オズウィン様に尻尾が見える。
多分幻覚だ。
ぶんぶんと力一杯振られる尻尾の幻覚を私に見せつけ、オズウィン様はぱぁ、と少年の笑みを浮かべる。
「武器屋だ!」
……うん。オズウィン様が婚約が決まらなかった理由は辺境だけでないな、とこのとき確信した。
たどり着いたのはかなり大きな武器屋だった。看板に「荒々しき狩人」と書かれている。
名前が少々……いや、かなり王都向けとはいえなさそうだ。しかし出入りしているのは傭兵だけでなく、身なりのしっかりとした騎士も多い。
店舗としてもかなり大きいようで、ニューベリーの領地にある武器屋が霞んでしまう。
オズウィン様が扉を開け抑え、店内に案内してくれる。
飛び込んできたのは流石王都の武器屋、と圧倒される大量の武器。
大小様々な刀剣を始め、槍などの長柄、打撃系の戦槌、射撃武器の弓矢やスリングショット、投擲武器……もちろん盾や鎧など防具も各種ある。
思わず口を開けてぽかんとしてしまったのを手で隠す。
壮観、の一言に尽きる。
見たこともない武器もたくさんあった。
「ここは王都で一番品揃えのいい武器屋なんだ。キャロル嬢は普段魔獣を狩るときは何を使っているんだ? 双剣あたりか?」
オズウィン様が興味津々で尋ねてくる。
ガーデンパーティーでやらかした時私が使っていたのは分解した刈り込み鋏。あれを見たのでそう思ったのだろう。
恥ずかしながらそういうわけではない。
「普段は弓矢を使います。こう、ワイヤー付きの矢を使って、それから魔法を使います」
「なるほど。そこから熱を奪って仕留めるのか」
ご名答。
古木女相手にもしたことだが、多くの生物は体温が下がれば活動が出来なくなる。それに狩った獲物の腐敗などを遅らせるためには冷やすのが良い。
「オズウィン様はどういった武器をお使いですか?」
オズウィン様はキョロキョロと店内を見渡し、武器を指さす。
その先にあったのは意外なことにメイスだった。貴族が好むのは権威的な意味合いも込めて剣が多い。
次点が杖である。
ただ杖は武器としての意味合いよりも圧倒的に神聖な象徴であったりするので、武器屋よりも装飾具を扱うところに置かれている。聖職者が持つ武器ナンバーワンでもあるので、殺生する武器とは並べて置かない、という理由もある。
「大抵の武器は使えるように訓練はしているんだ。だから相手によって変えるのが基本だが、人間……特に防具で固めているならメイスかな? 刃こぼれの心配も無いし」
なんだか気になる言葉だった。
もしかしてオズウィン様の魔法に関わるためだろうか?
刀剣ではなく打撃武器であることが気になるところではある。
「お兄様!」
天真爛漫な声が、背後から飛んできた。
明らかに武器屋にふさわしくない、少女の明るい声。
振り返るとそこには髪の毛を両サイドで高く結んだ少女がいた。
私よりも背の低い彼女の身なりは良い。それに先ほどの「お兄様」って……
「モナ。なんでここに」
「買い物です! お兄様が見えたので、お声がけさせていただきました!」
ぱぁ、と花が開いたように明るく笑う彼女とオズウィン様を交互に見る。オズウィン様は少し困ったように頭をかきながら、彼女に手を向けた。
「キャロル嬢、こちら妹のモナだ。モナ、こちらがニューベリー男爵家のキャロル嬢だ」
「まあっ! 貴女がキャロルさん?!」
驚いた顔を一瞬浮かべた後、モナ様はその大きな目をキラキラさせて私を見つめてきた。
「私、モナ・アレクサンダーと言います。古木女を刈り込み鋏で倒したというキャロルさんですか?!」
「え、ええ、まあ……」
ぐいぐいと来るモナ様に私は少したじろぐ。
「私は拝見出来ませんでしたが、弱っていたとはいえ古木女を華麗に倒して見せたとか! 鮮やかな腕前だったので是非兄の婚約者にと父が言っていたのを聞きました!」
辺境の価値観からすると私の評価は大層高いようだ。しかし竜骨かぶりを倒したという彼女には遠く及ばないと思う。
「いえ、モナ様は竜骨かぶりを倒し、それを王家に盾にして献上したと伺っております。私はそこまでの魔獣を狩れたことがありませんので……」
モナ様はぷくっ、と頬を膨らませる。急に拗ねてしまったようだった。
「竜骨かぶりを倒したのはもう去年の話ですし、単独じゃないです。今年になってからはひとりで鬼狒々を倒しました」
胸を張るモナ様に驚く。
鬼狒々は巨大な剣歯と頑丈な頭骨を持つ大きな猿系の魔獣だ。個体差は激しいものの、大体は成人男性よりも大きい。
なんという戦闘民族……辺境では女も恐ろしく強いというのは本当のようだ。
「キャロルさんは今までどんな魔獣を狩ったことが?」
興味津々で尋ねられて申し訳ないけれど、戦歴としては大したことが無い。
「……最近は鱗鹿を」
その答えにモナ様は肩透かしを喰らったような表情になる。
辺境でバリバリと魔獣を狩る方々と違い、私ははぐれを時々狩る程度なので、そんな表情をされても困るのだ。
曖昧に笑っているとモナ様が少し考え込む。そして「良いことを思いついた」と言わんばかりの顔を向けてきたのだ。
「キャロルさん、私と手合わせしてもらえないかしら?」
9/12 ちょっと加筆しました。