第6章 アナミの助言
タエはオネの手を引っ張ってデウス堂へ連れて来た。オネは「タエちゃん、わたし怖い」と怯えていたが、タエは「大丈夫だから心配しないで」と励まして中へ入った。ちょうどトルレス神父がいて、いつものようにタエの顔を笑顔で覗き込みながら
「いらっしゃい、日本の小さなお嬢さん」
と歓迎してくれた。
「こんにちは、神父さん。アナミはいる?」
「タエさんはアナミが大のお気に入りじゃな」
「うん。アナミはあたしに面白い話をいっぱい聞かせてくれるんだもの」
「それで今日は・・・あー、ご親戚の方と一緒なのかな?」
と、体の大きなオネを眺めたトルレス神父は、少し戸惑いの表情を浮かべた。
「違うわ、お友達よ」
「おっと、これは失礼。今日はお友達と一緒に話を聞きに来たのじゃね?」
「うん、この娘はオネちゃんっていうの。あたしと同じ年齢の親友」
タエにそう紹介されたオネは、トルレス神父に向かってどぎまぎした表情でぺこりと頭を下げた。事情を察したトルレス神父は、それ以上余計な事を言わず、ただ優しくオネに微笑みかけただけで、タエの方へ向き直ってこう言った。
「アナミは裏の畑にいるはずじゃ。行って話を聞いていらっしゃい」
「ありがとう、神父さん」
タエはオネを促してデウス堂の裏へ回った。アナミは腰をかがめて畑の草むしりをしていた。タエが近づいて行くと、下から見上げて微笑んだ。
「こんにちは、タエちゃん」
「こんにちは、アナミ」
挨拶が済むとアナミは、オネに目を向けながらタエに尋ねた。
「そちらの方は?」
「あたしのお友達のオネちゃん」
タエの言葉を受けたアナミは立ちあがって挨拶した。
「はじめまして、オネちゃん。アナミです」
初対面というだけでも苦手なのに、それが恐ろしくも外国人で、しかもそれまでの人生でお目にかかった事のない、夢の世界から飛び出て来たような見目麗しい美青年であり、さらにその彼から声を掛けられるという、まったく想定外の、あり得ない異常事態にとつぜん放り込まれたオネは、頭の中が完全に機能停止し、虚空を見つめながら無言でその場に固まってしまった。
「・・・あの・・・オネちゃん?・・・」
不審に思ったタエがオネの体に触れると、オネはそのまま銅像のようにごろんと地面に倒れた。タエが悲鳴を上げた。
「オネちゃあああん!」
アナミとイエズス会の人間が慌ててオネを部屋へ運び、ベッドに寝かせた。柔らかな畑の上に倒れたので、幸いオネに外傷は無く、すぐに意識を取り戻した。アナミはオネにしばらく横になって休んでいるように言い、彼女の為に甘い飲み物を運んで来た。それを飲んだらオネの気持ちが落ち着いたようだった。もちろんタエもごくごく飲んだ。飲まないわけがなかった。こちらはどこも悪くないくせにお代わりまでした。
オネがベッドに寝ている横で、タエはアナミにオネが抱える悩みを相談した。オネも横になりながら二人の会話に耳を傾けていた。
「そうですか。体が大きいのが悩みですか・・・ま、正直、私も最初にオネちゃんを拝見した時は、体が大きくていらっしゃるので、タエちゃんのお姉さんが来たのかと思いましたけど・・・」
「そういう目で見られるのがオネちゃんにとっては一番つらいのよ」
「すいません。よくわかります」
「今も身長がどんどん伸びているので、本気で足を斬り落としたいと思うくらい悩んでいるのよ、オネちゃんは。ねえ、そうでしょう?」
そう言ってタエがオネの方を向くと、オネは寝たまま頷いた。
「どうにか出来ないの? アナミ」
「どうにかと言われましても、身長を縮めたり、成長を止める薬はありませんからねぇ・・・」
そう言ってアナミは頭をかかえた。
「西洋では背の高い女性は人気があるのですけどねぇ・・・」
「え、そうなの?」
「そうなんですよ。私が生まれ育った西洋諸国では、成功して裕福になった男には、たいてい背の高い美人の奥さんがいるものです」
「へえー、でもここは日本だわ」
「そうですね。こんな話は何の慰めにもなりませんね」
とアナミは苦笑した。そして、オネの方を向いて言葉を続けた。
「いいですか、オネちゃん。神様は私たち一人ひとりに使命を与えてこの地上に遣わされました。いま私たちが存在している事には意味があるし、私たちは神様の使命を果たす為にここにいるのです」
「神様の使命?」とオネが呟いた。
「そうです、神様が私たちに与えた使命です。オネちゃんは他人より体が大きい事を悩んでいますけど、特に思春期の人間は、毛深いとか、体臭が強いとか、足が短いとか、様々な体の悩みを抱えているものです。でも、それらはすべて神様が与えてくれたものです。ちゃんと理由があって与えてくれたものなのです」
「わたしの体が大きいのにも理由があるのですか?」
オネがそう尋ねると、アナミは頷いた。
「あります。神様がオネちゃんに与えた使命に相応しいように体が大きくなっているのです」
「わたしがみんなからバケモノ女と言われてイジメられるのも、神様の使命の為なんですか?」
「神様は試練を与えてオネちゃんを鍛えようとしているのかもしれません」
「そんな・・・神様はひどいわ・・・わたしばかりをこんなつらい目にあわせて・・・」
「でも、ちゃんとタエちゃんに出会えたではありませんか」
アナミの言葉にタエとオネはハッとした表情を浮かべた。
「お二人が出会うのは必然、これは神様のお導きだったのです」
「そうなんですか?」
「そうなんです。お二人に与えた使命を達成させる為、神様はお二人を引き合わせたのです」
「神様があたしに与えた使命って何なの?」
と、今度はタエが訊いた。
「それは未だ分かりません。やがて分かる時が来るはずです。その時の為に、お二人とも今から精進しなければなりませんよ」
「何を頑張れば良いのかしら?」
タエがそう言って首を傾げると、アナミは苦笑した。
「タエちゃんは今のままスクスクと成長すれば問題が無いでしょう。問題はオネちゃんの方です。自分に自信をつけて前向きにならなければ神様の使命は果たせません。その為には、まず得意なものを見つけて、それを伸ばしてゆくべきです。オネちゃんにはこれだけは誰にも敗けないと思う得意なものが何かありませんか?」
アナミにそう尋ねられたオネは、小さな声で「わたしには特に何も・・・」と答えたが、すぐさまタエが「オネちゃんは弓が得意なのよ」と言った。
「弓?」
「うん。オネちゃんと一緒に武術の練習をしているけど、弓だけはいつも敵わないの」
「弓は良いですね」とアナミは微笑んだ。「西洋にはロングボウという強力な大弓があります。オネちゃんはせっかく神様が与えてくれたその体格を生かして、弦の強い大きな弓を持ち、敵の矢や鉄砲の弾が届かない場所から大弓を射るようにすれば良いと思います」
アナミとタエがようやく正解を見つけて満足した表情を浮かべたのに対し、オネ本人は「はぁ? 勝手に決めないでよ」と言いたげな困惑顔で二人を見つめていたが、そんな乙女のささやかな戸惑いになど無頓着なアナミは自信たっぷりの様子でこう断言した。
「大丈夫、オネちゃん。まずは弓を一所けんめい練習して極めなさい。そして弓だけは誰にも敗けないという自信をつけなさい。一つ自信を持てば、すぐにそれが二つに、三つに、四つになります。それがオネちゃんを現在の暗い場所から引きずり出し、明るいところへ、お天道様の下へ連れて行ってくれるのです。神様は自ら求める者しか助けてはくれません。がんばりましょうね、オネちゃん」