第4章 オルレアンの乙女
別の日、デウス堂の庭先で日向ぼっこをしながら雑談していた時、タエが「女はつまらない」と言い出したので、アナミは「どうしてですか?」と尋ねた。
「だって、社会で活躍するのは男ばかりで、女は家の中に閉じ込められているじゃないの」
「女性には子供を産んで育てるという大切な役目がありますからね」
「そんなのつまんない。あたしは男に生まれたかったわ」
「男に生まれたら何をしたいのですか、タエちゃんは?」
「武将になって戦場で敵をやっつけたい」
「勇ましいですね」
「あたしは男の子とケンカしたって負けないし、武将として充分やっていく自信があるわ」
「女性は武将になれないのですか?」
「なれないわよ。そんな話、聞いたことないもん」
「昔は女性の武将もいたのではないですかね?」
「昔はいたかもしれないけど、今はもうダメよ。男しか武将になれないわ」
「そういう先入観は捨てた方が良いと思いますよ」
「平和な国から来たアナミには分からないでしょうけど、戦争ばかりしている日本ではそうなのよ。男に決まっているのよ」
「私が生まれ育ったヨーロッパの国々も戦争ばかりしておりますよ」
「え? そうなの?」
とタエは意外な顔をした。
「アナミの国では戦争が無いと思っていたわ」
「そんな事ありませんよ。どこもかしこも悲惨な戦争だらけです。かく言う私も元は戦争孤児ですしね」
「そうだったんだ・・・でも、アナミの国でも戦争をするのは、やはり男なんでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「ほら、やっぱり女は武将になれないじゃないの」
「いやいや、そうとは限りませんよ」
アナミはそう言って微笑んだ。
「百年近く戦争をしていたフランスという国があるのですが、かってそこに有名な女性の武将がいたのです」
「え? どんな人?」
とタエは興味津々な顔をした。
「若くて美人の女武将です。彼女が滅亡の危機にあったフランスを救ったのです」
「名前は何という人?」
「ジャンヌ・ダルクといいます」
「ジャンヌ・ダルク?」
「そう、オルレアンの乙女と呼ばれている女性です」
「オルレアンって何?」
「町の名前です。当時その町が戦争の最前線になっていたのです」
「その町の武将だったのね、ジャンヌは」
「違います。ジャンヌは別の町で生まれた平凡な少女だったのですけど、ある日、神の声を聞いたのです。フランスを救えという神の声を。自らに課せられた使命を知ったジャンヌは、フランス国王に直談判して武将となり、兵を率いて最前線のオルレアンへやって来たというわけです」
「神の声?」
「本当に神の声を聞いたかどうかは分かりませんけど、人間の運命は突然ガラリと変わる事があります、このジャンヌのように」
「それでジャンヌは敵をやっつけたの?」
「やっつけましたよ。それまで軍事とは縁のない平凡な少女だったのが嘘のように大胆に、勇敢に、見事に、メチャクチャに」
「すごい」
「すごいんですよ、ジャンヌは」
「あたしもジャンヌのようになりたいな」
「なれますよ、タエちゃんなら」
「本当?」
「心配なら、いつその時が来ても困らないように、今からしっかり準備しておかなければなりませんね」
「準備って?」
「まずは剣術の稽古でしょうね」
さっそくタエは府内の道場に通い、剣術の稽古を始めた。もともと優れた素質があった上に、ジャンヌ・ダルクのようになりたいという明確な目標を持ったので、タエの剣の腕はメキメキと上がっていった。特に薙刀では年少の部に敵う者がいなくなり、大人と稽古するまでになった。
稽古が無い日はアナミのところへ相変わらず通っていた。タエはアナミに西洋の戦争について教えてくれるようせがんだ。アナミは「私は神に仕える修道士ですよ。その私に戦争の話をしろと言われても・・・」と最初は渋っていたが、可愛いタエの頼みは断りきれなかった。アナミは若いのに博識で、特に歴史の知識が豊富だったので、主に百年戦争を題材にして、様々な戦いのエピソードをわかりやすくタエに解説してあげた。
「つまり戦争というのは敵との騙し合い。化かし合い。いかに敵の裏をかくか。いかに敵が予想していないところから攻撃するか。偽計。ハッタリ。おとり。策略。騙し討ち・・・これらが重要になるわけです」
アナミがこう説明すると、タエは露骨に不満な顔をした。
「そんなのズルいわ。あたしは正々堂々と正面からぶつかって決着をつけるべきだと思う」
「真っ向勝負では味方の損害も大きくなりますよ。タエちゃんはそれで良いのですか?」
「それは・・・」
「タエちゃんの大切な仲間がたくさん死んでも良いのですか?」
「嫌だ」
「ダメでしょ? 味方の損害を出来るだけ少なくして勝つ方法を考えるのが、優れた武将というものです。その為には偽計でもハッタリでも大嘘でも使えるものは何でも使うのです。戦争に卑怯もヘッタクレもあるものですか。敗けたら終わり。勝たなければ意味が無いのです」
「勝たなければ意味が無い・・・」
「そうです。その為に常に自分たちに有利な状況で戦えるよう心掛けなければなりませんよ」
「有利な状況って、どうするの?」
「地形、天候、時間帯・・・あらゆる自然条件を駆使して自軍が有利になるよう工夫するのです」
「頭を使うわけね」
「その通り、戦争で大切なのは体より頭です。頭の良し悪しで勝敗が決すると言っても過言ではありません」
「でも、体の強さも重要よ。あたしの薙刀は速いけど、体の大きな大人の男を相手にすると、どうしても力で押されてしまうわ」
「つまり非力な女子は戦闘に向かないと思うわけですか?」
「不利だと思うの」
「では訊きますけど、その強い大人の男たちは素手で虎に勝てますか?」
「いいえ、勝てません」
「熊に勝てますか?」
「いいえ、無理だわ」
「でも、人間は虎や熊を退治できますよね。それはなぜですか?」
「だって人間は弓や鉄砲を使うもの」
「その通り。力が弱いのなら、その分を道具で補えば良いのです。これからは鉄砲の時代です。鉄砲が戦闘の主役になれば、男と女、大人と子供、そんな区別はもはや関係がなくなります」
「そうか、鉄砲か・・・」
「これからは鉄砲ですよ、タエちゃん」