第13章 猛攻
「ものども、かかれ!」
天正十四(1586)年十二月十七日、野村備中守文綱の号令と共に島津軍が怒涛の勢いで襲い掛かってきた。すると柵の内側から鉄砲が一斉に発射された。撃つのは年寄りと侍女から成る鉄砲隊である。彼らが撃っては後ろに控える者に新しい銃を渡され、それを撃ってはまた新しい銃をと、次々に銃を替えながら必死の形相で連射すると、島津兵がバタバタと倒れる。その屍を乗り越えて突進してくる島津兵もまた、止むことのない射撃で同じように倒される。島津側も鉄砲で応戦したが、柵の内側には石垣が積んであり、城側はそこに身を隠して撃ってくるので損害を与えられない。島津側は騎馬隊による突撃も試みたが、これもまた激しい連射で馬もろとも倒された。
「くそ。敵は連続して撃ってくる。一体どうなってるんだ?」
タエが鉄砲隊を三人一組にして間断なく銃を撃てるように工夫したのを知らない文綱は歯を軋ませたが、このままではどうしようもないので、いったん兵を引いた。
島津兵が引くと、タエは自軍を見回して
「みんなよくやった。この調子だぞ」
と労った。最初はどうなるものかと不安と緊張でガチガチになっていた年寄りと侍女たちだったが、島津兵を押し返せたことで「これならいけるかも」と少し自信を持ち、表情を緩め始めた。弱腰だった家老の中島玄佐でさえも、手拭いで顔の汗を拭くと再び鉄砲を握り返し
「尼御前さま、やってやりますわい。わしらにお任せください」
と興奮気味に語った程だった。その玄佐に向かって「頼りにしているぞ」と微笑んだ後、タエが
「次の攻撃が始まるまで、水分を補給するなどして体を休めておけ。今度は今よりもっと激しく攻撃してくるぞ。ぬかるなよ、みんな」
そう指示すると、全員が元気よく「おー」と声を上げた。
一方、文綱は兵を引いた後、近くの民家から荷車や材木、畳などをかき集め、弾除けを幾つも急拵えさせた。
「これで大丈夫だろう」
文綱は、後方から鉄砲で援護射撃しつつ、急拵えの弾除けをえっちらおっちら押させながら、その後ろに身を隠した兵士たちをじりじりと前進させた。柵の内側から激しく射撃してくるが、弾除けのお陰で島津兵はほぼ無傷だった。すると今度は火矢が飛んできた。弾除けに火が付いたものの、すぐには炎上しないので前進は続いた。ある距離まで近づくと、柵の内側からの射撃が突然パタリと止んだ。
「それ、今だ!」
島津兵は弾除けを放り出し、大急ぎで柵に群がり、これを引き倒し始めた。そこへ鶴崎城の三の丸から猛烈な射撃が襲ってきた。それまで柵の近くで射撃していた鉄砲隊は、タエの命令により三の丸内へすみやかに後退したのである。島津兵が次々と倒れる。
「ひるむな! もう少しで柵は倒れる!」
文綱が声を枯らして叫ぶ。たくさんの死傷者を出した末に、ようやく柵が倒れた。
「ゆけー!」
この機を逃すなとばかりに島津の騎馬隊が突撃した。ところが、次々と姿が見えなくなる。タエが仕掛けた落とし穴に嵌ったのである。穴の底に刺してある竹槍で馬も人も死に、助かった者も穴の中で身動き出来ずにいると、そこへ三の丸から銃弾が雨あられと降り注いだ。もはや一方的な殺戮状態である。文綱はまたしても兵を引いた。
島津兵が撤退を始めると三の丸から歓声が上がった。タエは射撃を止めさせ、
「今のうちに銃身を冷やして、体を休めておけ。次はもっと接近してくるぞ。長槍隊の出番だ」
と指示した。長槍を担当しているのは罪人とヤクザ者である。タエにそう言われた男たちは凶暴そうな目を光らせた。
島津軍の方では
「ちょこざいな仕掛けばかりしおって」
と、文綱のイライラが頂点に達していた。
「このままだと味方の損害が増えるばかりです」
部下にそう言われると、文綱は「わかっているわ!」と怒鳴り、手に持った采配を地面に投げつけて、
「どうしてやろうか」
と悔しそうに歯をギリギリと噛み締めた。
「兵たちが怯えている」
「こりゃあ大砲でもなけりゃ突破できんぞ」
「遺憾ながら本軍に助けを求めるべきでは?」
部下たちのそんな会話をぼんやり聞き流しながら黙考していた文綱は「ここは数的優位で押し切るしかない」という結論に達し、再び兵を弾除けに隠してじりじりと前進させた。すると、すぐ三の丸からの銃撃が始まった。
「落とし穴に用心しろよ」
文綱がそう注意したものの、なにしろ銃弾が飛んでくる中を進んで行くわけだから足元にばかり注意しているわけにもいかず、未だ空いていない落とし穴に落ちる兵が続出した。
「だから用心しろと言っただろうが、このバカが」と文綱が喚いた。
ようやく三の丸に近づいたかと思ったら、次は地面に撒かれた鉄菱が島津兵の前進を止めた。ダプリン戦術では防御線の両端に三角形のでっぱった陣地が作ってあるので、三の丸に近づくと今度は斜め横から島津兵に向かって銃弾が飛んできた。鉄菱で足をやられ、立ち往生していた兵士は、軒並み撃ち殺された。それでも文綱は数にモノを言わせて押し切ろうとした。
「もう少しだ。耐えろ!」
三の丸の柵の前に造られた薬研掘まで何とかたどり着いた島津兵は必死によじ登ろうとするが、上から伸びて来る長槍で次々と刺し殺された。ヤクザ者たちが容赦なく島津兵を刺し殺したのである。また島津兵の弾除けには油をまかれ、火矢が放たれた。弾除けの炎上で島津軍は大混乱に陥り、文綱は再度の撤退を余儀なくされた。島津軍が引いた後には島津兵の死体が足の踏み場もないほど転がっていた。
「落とし穴は全部空けられ、中には島津兵の死体が詰まっている。足止めするものが無くなってきたから、徐々にここまで突っ込んでくるぞ」
タエには皆にそう言った後、島津兵が突進してくる前に大急ぎで三の丸の前方にできるだけ多くの鉄菱を撒かせ、鉄砲隊や長槍隊の配置を細かく変更し、次の攻撃に備えた。文綱の方も、多大な犠牲を払ったものの、あと一息で三の丸を攻略できるところまで来たと考え、間髪を入れずに突撃を命じた。
「かかれ!」
島津兵が死に物狂いで突進してきた。それに向かって三の丸から一斉に銃弾が発射される。バタバタと倒れる島津兵。しかし、後続の兵士が味方の亡骸を踏み越えて進んでくる。鉄菱に足をやられ、立ち止まる島津兵。そこを銃で狙い撃ちされる。ところが、数に勝る島津兵は、いくら倒しても次から次へと湧き出てくる。薬研掘に殺到し、よじ登ってくる島津兵の群れ。それをヤクザ者たちが刺し殺す。だが、数が多すぎて間に合わない。遂に柵を乗り越えて三の丸内へ侵入する島津兵が現れた。すると、
「きさま、殺されにやって来たか!」
と大音声を発したタエが薙刀でサッとその男の首を刎ねた。タエは自分を含め剣の腕の立つ者を選抜し、自陣内へ侵入した敵を討伐する人員を配置していたのである。次々と柵を乗り越えてくる島津兵を、タエが鮮やかな手並みでバッサバッサと斬り倒してゆく。その摩利支天のような奮闘を見た城の兵は大いに勇気づき、島津軍を押し返し始めた。急激に劣勢に転じた島津軍を見て、
「このまま総崩れになったらまずい」
文綱はやむなく四度目の撤退をした。




