6 探し人
翌日、フリースの村を出て3日目の朝を迎えた。陽の明かりで幌の壁が照らされているが、遠くからは区別が付かない状態に収まっていた。外から人の声が聞こえてきて、機械が動く音も聞こえてきた。どうやら今日の掘削作業が始まったようだ。
レオン達は朝食を終えると、外の様子を伺っていた。遠くの方に門があり、夜間は閉じていたが、今は開放されていて人がどんどん入ってきている。おそらくあの向こうは居住区になっているようだ。
「あの門の向こうに行ってみるか。一応見つからないように行くぞ」
「オッケー。建物を上手く利用して向かいましょう。私が先に行くから、ついてきてちょうだい」
2人は身を低くしながら居住区の方へ走った。
[ハントストン村]
ウィリアでの魔族の弾圧から逃げてきた人間が、この地域にたどり着いて住み着くようになったが、ひょんな事から油田が眠っていることを発見し村となった。
元々民家が立ち並んでいた地帯を半強制的に居住禁止エリアにし、人々は新しい居住区に移って生活している。そのためか、掘削現場には居住の名残として廃屋が点在している。
炭鉱の村タバリと違い平地にあるせいか、盗賊による石油の盗難が多発したため壁で周囲を囲った。それでも盗賊からの被害が絶えないため、時々ウィリアから魔族を招き、格安で石油を提供する代わりに検問を依頼している。
レオン達が訪れた時には運悪く魔族を検問に招いている時だった。
居住区では他の村と同じように人々が生活していた。その中にレオン達は紛れ込みながら運転手を探していた。
一通り探し回ったが結局見つけられなかった。一応村に入ってくるトラックにも注意して探したが見つからない。
気がつけば時刻は昼を回っていた。
「これだけ探しても見つからないのはおかしいわね」
「トラックが荒野に放置されたくらいだからな…やはり既に魔族に殺られてしまったのかもしれない」
「そうだとしたらめちゃくちゃヤバいんじゃない?すぐに戻って報告しなくちゃ」
「いや、戻るにしても明るいうちにここを出るのは危険だ。夜になるのを待った方がいい。闇に紛れて動いた方が安全だ」
「確かにその通りね」
しかし戻るにしても、このままでは手ぶらでの帰還となる。目的未達はレオンとしてはどうしても避けたかった。
ここにいるうちに、どうにかして手に入れる方法を探したい。まだ帰るわけにはいかなかった。
「レフラ………」
「なに?」
「戻るにしても、石油は持ち帰りたい」
ハックのため、そしてフリースの村のため、目的は必ず果たしたい。その気持ちはレフラも十分に分かっていた。
「それは私も同じよ。でも私たちの村に危険が迫っているかもしれないのよ?」
「なら、もう少しだけ探してそれでも見つからなかったら引き返そう」
「いいわよ。それまで頑張って探しましょう」
再び捜索を始める。しかし一向に見つかる気配はなかった。
空は夕日の朱い色に染まり、影がどんどん伸びていっている。建物に明かりが次々と灯りはじめてきた。
外にいた人が帰路につき、そしてこれから外出する人が家から出ていっていた。
絶えず流れる人の往来を見届けている最中、「~っす」と聞き慣れたしゃべり方をする声を、レフラがどこからか聞いた。すぐにその声のする方に走り出したが、見失ってしまった。
「レオン、運転手を見つけたかもしれない!」
「本当か!」
「でも途中で見失っちゃったの………ゴメン」
「いいさ。どの辺りだ?」
レフラは声のしたところにレオンを案内した。そこは住宅地というより飲み屋街だった。各地から運送トラックがやってくるため、飲食業や夜の店がどんどん増えてきて歓楽街が出来上がっていた。
これほど人で賑わっているのは、レオンもレフラも見たことがない。
「おーい、そこのカップルさーん。うちで一杯飲んでいかないかい?」
人混みにまみれ、にっちもさっちもいかないレオンたちは突然声をかけられた。
「か…カップル!?やだーそう見えちゃう?」
「見える見えるよー。今デート中なんでしょ?こんな人でゴミゴミしてるところにいないで、うちでゆっくり飲んでいきなよ!」
「悪いが人を探していて悠長に飲んでいる暇はない。他を当たってくれ」
客引きからカップルに間違われたレフラはまんざらでもなかったが、レオンはきっぱりと断った。迷惑そうにしていたレオンに、頬を膨らませて面白くない顔を向けるレフラだが、その視界の端にあの運転手を確認した。
尚も客引きしてくる店員から離れようとしたレオンを、咄嗟に引き留めるレフラ。
「おい、のんきに飲みに来たんじゃないんだぞ!」
苛立ちを露わにするレオンに真剣な顔で返すレフラ。
「違うのっ。運転手見つけた!」
「なに!?どこだ!!」
「こっち!」
レフラは運転手に見つからないように後を追う。レオンも遠くにいる運転手を視認した。どうやらお酒をだいぶ飲んでいるのか、おぼつかない足取りをしており顔が赤く見えた。数人の仲間らしき人たちを引き連れて、とあるお店に入っていった。
レオンも後を追いかけ、少し時間を置いて店に入ろうとする。しかし入り口に立っている店員に止められてしまった。
「見ない顔だな。会員証を見せろ」
「…会員証?」
まさかそんなものを持っているわけもなく、困り果てたレオンはレフラを見る。当然ながらレフラも持っていないため、顔を横に振って否定する。
「無いのか?あんたら新規の客か。うちの店は会員証がないと入れられないんだ」
「でも、少し前に入ったお客さんはそんなもの見せていなかったわよ?」
「あの人は過去にも何度か来ていて顔なじみだから、わざわざ会員証提示されなくとも分かるのさ。けどあんたたちは顔なじみでないし、現に会員証を持っていない。うちに入りたければ会員証が必要なんだ。身分証を出して貰えればすぐ作ってやる。ほら、身分証」
「いや、身分証は………」
店員は手を出して身分証を要求した。しかし歯切れの悪そうにしているレオンを見て、店員は不審がった。
「おいおい、ここの人間や運転手なら持っているはずだぞ?まさか、無いなんて言わないよな?」
当然ながら身分証も持ち合わせていない。とても怪しまれている事に焦るレフラは、咄嗟にレオンの服を掴んで引っ張った。
「ちょっとーー!この店じゃないわよっ。やっぱりあなた酔っ払ってるんじゃないの!?迷惑かけてごめんなさいねーー」
レフラが機転を利かせて、強引にその場を去った。去り際に何か言われた気がしたが、聞いてる場合ではなかった。
店員の目の届かないところまで移動して一息つく。
どうやら誰でも入れるところとそうでないところがあるようだ。先ほど声をかけてきた客引きの店はおそらく誰でも入れる店なのだろう。
「これは出てくるまで待機するか、もしくはどこからか侵入するか………」
「侵入してもし見つかるようなことになったら、それこそ水の泡よ」
「なら待機か。ここじゃ騒がしいから、どこかいい場所はないものか…………」
レオンは周囲を見渡す。宿や空き部屋のような、どこかで腰を据えて見張ることができる場所があればりそうなのだが、こんなところでそうそう都合のいいものは見当たらない。
離れた位置に、先ほどの客引きと目が合った。いそいそとやって来るその顔はニコニコしていた。
「お探しの方があのお店に入られたのですか?」
店員は、運転手の入っていった店を指さす。
「あんたには関係ない」
「もしそうでしたら、しばらくは出てくることはないですよ?少なくとも最低1時間はいるでしょうし、常連ともなれば2時間は堅いでしょう」
「どうして分かるのよ?」
「そういう店ですからね。待ち時間があるのなら、うちで潰していって行きませんか?お安くしますよ?」
「レオン、少しの時間を潰すくらいはいいんじゃない?」
レオンはレフラを見る。こんな所で遊んでる余裕はないはずだが、肝心の運転手が出てこないことにはにっちもさっちもいかない。
「仕方ないな………案内してくれ」
「ハーイお2人様ごあんなーーい!」
レオンとレフラは店員に誘導され店内に入り、席に着いた。着くや否やお酒のボトルが運ばれてきて、2つのグラスに注がれた。酒とつまみを持ってきた店員は一礼するとどこかへ行ってしまった。
「とりあえず状況を整理しよう。あの運転手だが………」
「まさか裏切り者だったとはね」
「そう結論づけるのは時期尚早だが、その可能性は高いな。もし魔族と裏で繋がっているとしたら厄介だ」
「何言ってるのよ。私たちを裏切ったのよ?絶対魔族と繋がってるはずよ!すぐにでもとっちめてやりたいわ!!」
「声が大きいぞレフラ」
レフラは出された酒をゴクゴクと飲み、ここぞとばかりに思っていたことをぶちまけた。
「タバリの時だって、今思えば怪しかったわ!勝手に1人で行動して、絶対企んでるに決まってるわ!!」
「落ち着け!憶測だけで物を言ったところでどうしようもない。本人に接触して事実確認する必要がある。今はその機会を待つんだ」
諭されたレフラは、もどかしさを感じながら冷静さを取り戻していった。突然の大声に周りの客は驚き、視線をレオン達に向けるが、やがて普段通りの会話が再開しだした───────
「ったく、迷惑な客が来てるもんだなァ。それでよぉネエチャン、さっきの続きだけどさぁ───」
「……ぁ、ごめんなさい。私ほかの席に行かなきゃいけなくなって……別の可愛い子を呼ぶから、ね?」